マッサ、見上げる
『いい? みんな、きいてる? ぼくのおはなし、きいてる?』
「うん!」
「ああ、もちろんだ。」
「聞いてるぜ!」
「はい、聞いていますよ。」
「私もです。」
『グオオオーン。』
塔の下に集まったマッサたちは、まるで先生のおはなしを聞く生徒たちみたいに、ちっちゃなブルーをかこんで座っていた。
ブルーは、おっほん、と咳ばらいをすると、ボルドンといっしょに考えた作戦を、いっしょうけんめい、説明しはじめた。
『あのね。まず、ボルドンが、このたてものを、ドカーンって、こわす。』
「説明が、最初から、とんでもねえな……」
「ぼくたち、ボルドンなら、できるんじゃないかって言ってたんだけど、やっぱり、できるんだね!」
「イワクイグマの力というのは、すごいものだな。」
ディールと、マッサと、ガーベラ隊長が、口々に感心する。
『それで、ボルドンは、マッサのおかあさんが、はいってるはしらを、そとに、だす。それから、ボルドンは、ひとりで、おうちに、かえる!』
「ええっ?」
驚いたみんなを代表して、タータさんが言った。
「どうして、ボルドンさんが、ひとりで、おうちに帰っちゃうんです? マッサのお母さんを、《魔女たちの城》に、運んであげるんじゃないんですか?」
『うん。』
ブルーは、落ち着いた態度で、説明を続けた。
『ボルドンは、ひとりで、おうちまで、かえる。それから、ボルドンの、おとうさんと、おかあさんと、おじいちゃんと、おばあちゃんに、いっしょにきて! って、おねがいする。それから、ボルドンは、おとうさんと、おかあさんと、おじいちゃんと、おばあちゃんといっしょに、ここに、もどってくる。』
「なるほど!」
だまって話を聞いていたフレイオが、大きくうなずいた。
「ボルドンが、いくら力が強くても、さすがに、あの柱を、ひとりで《魔女たちの城》まで運ぶことは難しい。バランスをくずして、落としてしまったりするかもしれませんからね。だから、応援を呼んでくる、ということですか。」
『そう、そう! フレイオ、かしこい!』
「たしかに、なかなか、いい作戦だ。」
と、ガーベラ隊長が、考えながら言った。
「だが、ボルドンは、ここから、自分が住んでいたところまで、ひとりで、迷わずに帰ることができるのか? 《二つ頭のヘビ》山脈から、ここまでは、かなり遠いぞ。来るのに、何日もかかったのだから。」
そんなガーベラ隊長の言葉を、ブルーが、ボルドンに通訳して、
『ガオッ、ウオーン! グロロロ……』
『いちにち!』
と、ブルーは叫んだ。
『ボルドンが、おもいっきり、はやく、はしったら、いちにちで、かえれる!』
「ええっ!?」
これには、さすがにびっくりして、みんな、ひっくり返りそうになった。
「うそっ!? ぼくたち、ここまで、あんなに苦労して、何日もかけて山道を歩いてきたのに……」
「おまえ、本気を出したら、ここまで、たった一日で走ってこられたのかよっ!?」
『ガフンガフーン、ウオーン。』
『みんな、あるくの、すっごーく、ゆっくり。だから、ぼくも、ゆっくり、あるいた。ともだちだから、いっしょに、あるこうとおもった。って、いってる!』
「なんてこった……」
ディールが空をあおぎ、みんなは、顔を見あわせた。
みんなが、あれほど苦労した山道も、じつは、ボルドンにとっては、ぜんぜん何でもない道だったんだ。
「じゃあ、ボルドン、お願いしてもいいかな? ひとりで、行ったり来たりしなくちゃいけなくて、大変な役目だけど。」
『ウオオオオーン!』
ブルーが通訳する前に、ボルドンは、まかせろ! というように、大きく吠えた。
そして、さっそく、のっしのっしと、塔の壁に向かって、歩き出した。
「えっ、もう、今から、はじめるの? せっかく、お父さんやお母さんたちを呼びにいくんだから、どうせなら、手伝ってもらえば――」
マッサが、最後まで言い終わらないうちに、
『グオォオオオオオッ!!』
ボルドンは、ものすごい雄叫びをあげて立ち上がり、大きく振り上げた片手を、塔の壁に向かって、横殴りに叩きつけた。
ドカーン!!
爆発みたいな音がして、ぶあつい塔の壁に、大穴が開いた。
吹っ飛んだ壁の石が、ドスン、ゴスン、バスーン! と、ものすごい音をたてて地面に落ちる。
あんなに重い石を、一撃で、いくつも吹っ飛ばすなんて、ボルドンの力の強さは、本当にすごい!
「おい、感心してる場合じゃねえぞ、マッサ! いったん、逃げようぜっ!」
目を丸くしてボルドンの活躍を見ていたマッサの肩を、ディールが慌ててつかんだ。
「その通りです、王子!」
ガーベラ隊長も、慌てて叫ぶ。
「ボルドンにとっては、軽い石でも、我々にとっては、とんでもない重さだ。もし、間違って、石がこちらに飛んできたら、けがどころではすみませんよ!」
「わ、わかった! ほら、ブルーも、こっちに来て!」
マッサたちが、あわてて、はなれた場所に避難するあいだにも、ボルドンは、どんどん仕事を進めていった。
『ガオガオ、ガオーン!』
ドカン、バリン、ガラガラーッ!
鋭い爪のついた巨大な手のパンチで壁をくだいたボルドンは、自分で開けた大きな穴から、のっそりと塔のなかに入っていく。
もちろん、体が大きすぎて、すぐに詰まってしまったけど、
『グオオオーッ、ガオーッ!』
ガラガラガラガラガラ……
ボルドンが、頭で、ぐいーっと二階の床を押し上げると、まるで、ブロックでできたおもちゃみたいに、石の床が崩れ落ちた。
人間の頭の上に落ちてきたら、たんこぶどころじゃすまないような大きさの石が、どんどん落ちてきて、体にぶつかっても、ボルドンは、平気な顔をしている。
じょうぶな毛皮と、ぶあつい筋肉が、ボルドンの体を守っているんだ。
『グオオーン、グオオーン!』
ガラガラ、ガラガラと石を崩しながら、ボルドンは、どんどん、塔の上のほうへと、らせん階段をはいのぼっていった。
「おおーっ……」
かなり遠くまで離れたところで、その様子をながめながら、タータさんが、感心して言った。
「ボルドンさん、本当に、すごいですねえ! 力が強いことは、知っていましたけど、まさか、あそこまでの力持ちだったなんて!」
「あいつ、あんなに強えなら、最初から、あいつに頼んで、魔法使いの塔とか、壁とかを、全部、ぶっ壊してもらえばよかったなあ。」
ディールがそう言うと、ブルーが、
『ボルドン、さいしょは、こわすの、だめだとおもった、って、いってた。』
と、説明した。
『にんげんの、すんでるところ、こわしたら、にんげん、すごくおこる。だから、だめだとおもったんだって! でも、いまは、マッサのおかあさん、たすけてあげるから、こわしてもいい。』
「はあ、なるほどな。そういうことかよ。」
「しかし……大丈夫なんでしょうか?」
その隣から、心配そうに呟いたのは、フレイオだ。
『だいじょうぶ! ボルドン、つよい。いし、ぶつかっても、へいき。』
「いや、私が言ってるのは、そのことではなく。」
ブルーの言葉に、首を振って、フレイオは言った。
「大丈夫か、というのは、アイナファール姫のことです。ボルドンが、あの調子で、どんどん壁や床を崩していったのでは、そのうち、塔自体が、崩れ落ちるかもしれません。」
「えっ!」
フレイオの言葉に、マッサは、ぎくっとした。
「もし、塔が、丸ごとくずれたら……お母さんも、柱ごと、一緒に落っこちて、石に埋まっちゃう!」
「まあ、たんに埋まっただけなら、ボルドンに掘り出してもらえばいいのですが……問題は、柱にひびが入ったときです。」
フレイオは、深刻そうな顔で続けた。
「大魔王がかけたという魔法の柱ですから、ちょっとやそっとのことでは、割れることはないと思いますが……もし、塔が崩れて、あの高さから地面に落ちたら、欠けたり、ひびが入ったりするかもしれません。そうなったら、中にとじこめられているアイナファール姫に、どんな影響があるか……」
「大変だ!」
フレイオが言い終わらないうちに、マッサは、真っ青になって、塔に駆け寄ろうとした。
「お、おい、マッサ! 危ねえぞ!?」
「王子、お待ちを!」
ディールとガーベラ隊長の声が聞こえたけど、マッサは、立ち止まらなかった。
「ボルドン! ボルドン、お願い、ちょっと待って! ちょっと、ストーップ! もうちょっと、ゆっくりしないと、塔が――」
くずれる。
マッサが、そう言おうとした瞬間、ふうっと、急にあたりが暗くなった。
いや、違う。
急に、マッサの上に、影が落ちたんだ。
マッサは、立ち止まって、上を見た。
石でできた、巨大な塔の全体が、ぐらあっと、大きく傾いて、こっちに倒れかかってくるところだった。