ふたり、友達になる
* * *
「マッサ。……マッサ!」
遠くから、だれかの声が、呼んでいる。
(うーん……)
マッサは、目を閉じたまま、ぎゅうっと顔をしかめた。
(まだ眠い……もうちょっと、寝かせてよ……今日は、学校は、お休みなんだから……)
「マッサ、マッサ! マッサ! ――おい! 起きろ!」
(えっ!?)
マッサは、どきっとした。
(おじいちゃん!? えっ、今日は、学校がある日だったっけ!?)
大変だ。
学校に、遅刻する!
「……いま何時!?」
そう叫んで、飛び起きると同時に、
ガッツーン!
「痛ったあああああぁ!」
マッサは、何か、かたいものに、おでこを思いっきりぶつけて、目から火花が出そうになった。
「うおおおっ!? 痛ってえええぇ!」
何だか、聞いたことのある声が聞こえた。
あれっ? 今のは、おじいちゃんの声じゃないぞ。
だれか、もっと若い、男の人の声――
『マッサ、おきた! マッサ、おきた! ホッホホホホーゥ!』
ものすごく嬉しそうな声が聞こえて、あったかくて、ふわふわしたものが、ぼふっ! と、マッサの顔にぶつかってきた。
ああ、そうか、ぼくは――
ぱちっと目を開けたマッサの目の前に、まず見えたのは、ふかふかの真っ白な毛だった。
「ぷはあっ!」
顔にくっついていたブルーを両手で持ち上げて、マッサは、深呼吸をした。
あぶない、あぶない。
ブルーに、ぎゅーっとくっつかれすぎて、もうちょっとで、息ができなくなるところだった。
「王子!」
「マッサ!」
マッサの右側と、左側から、同時に叫んだのは、ガーベラ隊長とタータさんだ。
「あの難しい魔法を成功させ、ご無事でお戻りになりましたね! さすがは王子です!」
「顔色も、いいみたいですね。ああ、よかった、よかった! ……ところで、おでこは、大丈夫ですか?」
「えっ、おでこって……あ、痛い! いたたたた……」
そういえば、さっき、何かかたいものに、思いっきりぶつかったんだった。
「おい、ディール! おまえ、ひっくり返っている場合か。王子がお目覚めになったぞ!」
「いてててて……」
と言いながら、ディールが、おでこを押さえて、のっそりと起き上がってきた。
さっき、ディールが、マッサの顔を上からのぞきこんでいるときに、マッサがいきなり起き上がったものだから、二人のおでこが、思いきりぶつかったんだ。
「あっ!」
小さなたんこぶができたおでこを、さすっていたマッサは、重要なことを思い出して、かっと目を開いた。
「そうだ、フレイオは!?」
みんなが、いっせいにそっちを見た。
フレイオは、マッサが魔法をかけ始めたときとまったく同じ姿勢で、目を閉じたまま、床に横になっている。
でも……気のせいだろうか?
その顔に、前と同じ、きらきらした輝きが戻ってきたような――その胸が、深い呼吸で、ゆっくりと、上がったり下がったりしているような――
「フレイオ?」
マッサは、おそるおそる手を伸ばし、ぽんぽんとフレイオの肩を叩いて、そう呼びかけた。
フレイオのまぶたが、ぱちっと開いて、真っ赤なルビーのような目がマッサを見た。
「おや――」
と、フレイオが、何かを言おうとした瞬間、
「うおおおおおっ!」
と、すごい勢いでディールが走ってきて、がしいっ! と、フレイオに抱きついた。
「うわあっ!? な、な、何をするんです!?」
「フレイオーッ!」
ディールは、涙を流して、ライオンが吠えるみたいな声で叫んだ。
「よかったぁっ! 俺のせいで、おまえが死んじまったら、俺は、俺は……! うおおおおお!」
「ちょっとっ……!? 落ち着きなさい! こら、やめなさいってば!」
ディールに思いっきり抱き着かれて、フレイオは、目をぱちぱちさせている。
けがは大丈夫なのか、とマッサは一瞬あせったけれど、マッサの魔法の効き目で、フレイオの傷は、すっかり治っているみたいだ。
「おいっ、フレイオ! 俺はこれまで、おまえのこと、偉そうだし、冷たいし、最低最悪なやつだと思ってたけどよお!」
「あなた、私のことを、そんなふうに思っていたんですか!? ……いや、まあ、そうだろうとは思っていましたけど、それを、私に言いますか!?」
「いや、今は、もう、そう思ってねえ! おまえは、命をかけてマッサを守った。俺が、とんでもねえことをしちまったのに、マッサが助かったのは、おまえのおかげだ。ありがとう!」
「えっ……いえ、そんな、別に……」
「俺は、これまでずっと、おまえのことをけなしたり、文句言ったりして、本当に、悪かった! すまねえ、許してくれ! この通りだ!」
「えっ……ああ、はあ……まあ……」
フレイオは、しばらく、口の中でごにょごにょ言っていたけれど、
「いいですよ。」
と、すぐに、ちょっとだけ笑って、言った。
「まあ、これからは……なかよく、やりましょう。」
「おお、もちろんだぜ! 今このときから、俺たちは親友! 心の友だ! なっ!」
「えっ……ああ……えっ? はあ……」
ディールに、がしっと肩を組まれて、フレイオは、ものすごく戸惑った顔をしている。
でも、嫌そうな表情ではなかった。
『マッサ、おきた! フレイオ、おきた! ディールとフレイオ、ともだち! ホッホホホホーゥ!』
「うん。ほんとに、よかった!」
マッサは、ブルーを抱いて立ち上がり、フレイオのところに行った。
「フレイオ、本当にありがとう。ぼくを助けてくれて。」
「いいえ、こちらこそ。マッサ、私を助けてくれて、ありがとうございました。」
フレイオは、ちょっとためらってから、自分の胸にかかっていた《守り石》を、えいと外した。
「……ああ、大丈夫でした。さあ、これは、あなたに返します。」
「うん。」
マッサは、フレイオから《守り石》を受け取り、元通りに首にかけて、しっかりとシャツの下にしまった。
「お母さん、聞こえてる?」
『ええ、もちろんよ。あなたが無事に戻って、本当によかったわ。そして、あなたのお友達もね。』
「うん、お母さんが手伝ってくれたおかげだよ。……そうだ、次は、お母さんをそこから助けてあげる! ……まだ、どうやったらいいかは、考えてるとちゅうだけど……」
『はいっ!』
マッサのことばのとちゅうで、急に、ブルーが、ぴっ! と、ちっちゃな手をあげた。
『ぼくたち、かんがえたこと、ある!』
「えっ?」
『ぼくと、ボルドン。したで、みんなのこと、まってるあいだ、そのはなし、した!』
「えっ? そのはなし、って……」
『フレイオと、マッサのおかあさん、たすけるはなし。いま、フレイオ、たすかった。マッサのおかあさん、まだ、たすかってない。』
ブルーは、ぴょーんとマッサの腕からとびおりると、ちっちゃな手で、ぴっぴっぴっ! と、みんなを手招きした。
『だから、みんな、きて! ボルドンのところ。ぼくたち、かんがえたこと、ある!』