マッサとフレイオ、飛ぶ
『さあ……おまえたちも、はやく、こっちへ来い……!』
マッサとフレイオは、はじかれたように同時に、声が聞こえてきたほうを振りむいた。
その声は、うわんうわんと不気味に響きながら、一番暗いほうから聞こえてきたのだ。
真っ暗で、なにも見えない。
いや……
よくよく目をこらしてみると、まるで、黒い絵の具を流したみたいに、暗闇が、どろどろと渦を巻いている。
その中から、真っ黒な手が、ぬうううーっと何本も伸びてきた。
『王子よ……おまえを、許さんぞぉぉぉぉ』
『あんたも、あたしたちのところへ、来るのよぉぉぉ……』
『よくも、おれを、切ってくれたなああぁぁ……!』
「うわああああああ!?」
マッサは、思わず悲鳴をあげた。
暗闇のなかから、ぬうううーっと現れてきたのは、ゲブルト、リアンナ、ドリアスの幽霊たちだ。
げっそりと肉の落ちた顔だけが、白く、ぼうっと光って、骸骨みたいに見える。
三人は、暗闇の中から、ずおおおおおーっと這い出して、マッサのほうに手を伸ばしてきた。
あの手につかまれたら、「あの世」に引きずりこまれて、二度と戻れなくなる!
「マッサ、下がって!」
フレイオが、すばやくマッサの前に出て、
「炎よ!」
と、両腕を突き出した。
ゴオオオオオオオッ!!!
金色の炎が、花火のようにフレイオの手から噴き出して、迫ってくるゲブルトたちに襲いかかる。
『ウオオオオオッ……!?』
まばゆい輝きに、ゲブルトたちがひるんだすきに、
「マッサ! 逃げましょう!」
「う、うん!」
マッサは、フレイオとしっかり手をつなぎ、ゲブルトたちと反対のほうに向かって、全速力で飛び始めた。
『逃がさんぞおおぉぉぉ……!』
後ろから、不気味な声が聞こえてくる。
同時に、マッサたちの真正面から、ゴオオオオッと強い風が吹いてきて、マッサたちを、ゲブルトたちが待ち構える真っ暗なほうへと、押し戻してきた。
「ぐぐぐぐぐーっ……!」
必死に前に進もうとしているのに、だんだん、だんだん、体が後ろへ下がっていく。
フレイオを引っ張って飛ぼうとしているから、よけいに、スピードがあがらない。
歯をくいしばりながら、ちらっと振り向くと、真っ暗な「あの世」の入り口全体が、ごおおおおおーっと、渦を巻いて、マッサたちを吸い込もうとしているのが見えた。
フレイオとつないでいる手が、ぐうっと引っ張られて離れそうになり、マッサは、あわてて、ぎゅうっと握り直した。
この手だけは、何があっても、放しちゃいけない。
でも、体は、少しずつ後ろへ下がっていくばかりだ。
(だめだっ……このままじゃ、ぼくも、フレイオも、吸い込まれる……!)
マッサが、思わず、弱気になりそうになったときだ。
「マッサ。」
と、フレイオがささやいた。
「わたしの……」
「いや、それは、だめだよ!」
フレイオが続きを言う前に、マッサは叫んだ。
フレイオが「わたしの手を放して、マッサだけ、逃げてください」と言うんじゃないかと思ったからだ。
でも、
「えっ!?」
と、フレイオは不思議そうな顔をした。
「だめでしょうか? ……わたしと、マッサの魔法を合わせれば、何とかなるかもしれませんよ!」
「えっ!?」
と、今度は、マッサのほうが驚いた。
手を放して、っていう話じゃなかったんだ。
「魔法を、合わせるって……どうするの!?」
「マッサ、まだ、魔法の力は残っていますか。」
「う、うーん……多分! まだ、いけるよ! そんなに長くは、無理かもしれないけど……」
「それでは、残った力を、全部出し切るつもりで、一気に、スピードを上げてください! わたしが、それに合わせて、後ろから押します。」
「ええっ? でも、フレイオは、飛ぶ魔法は、使えないんじゃ……」
「確かに、そうです。でも、炎の魔法なら使えます。さっき使って気づいたんですが、ここでは、威力も増すようだ。炎を、後ろ向きにゴーッと噴射すれば、前に進む力になりますよ!」
「なるほど!」
それなら、自分たちを吸い込もうとする、この力を、振り切ることができるかもしれない!
『さあ、おまえたちも、あの世に来るのだあぁぁぁ……!』
もうこっちのものだという、勝ち誇った声で、ゲブルトが叫んでいる。
マッサは、すうっと息を吸い込み、声高らかに叫んだ。
「タカよりも、速く!
ヒバリよりも、高く!
竜よりも、強く!
飛っべぇ――――っ!!!」
「炎よ――――っ!!!」
マッサの声と、フレイオの声が重なる。
二人の魔法の力がひとつになり、マッサたちは、大爆発が起きたみたいなスピードで、すっ飛びはじめた。
マッサの魔法の、一直線に前に向かって突き進む力を、後ろ向きにゴオオオオオーッと噴き出すフレイオの炎が、さらに後押しする。
後ろから、ゲブルトたちの悔しそうな声が聞こえてきたが、それも、あっという間に遠ざかっていった。
やがて、あたりが、少しずつ、明るくなりはじめる。
遠くに、キラッと、星のような光が見えた。
そのたったひとつの光は、だんだん、近く、大きくなってくるようだった。
マッサは、お母さんの言葉を思い出した。
《友達を見つけたら、その手をつかまえて、絶対に放さないで。そして、光に向かって、飛びなさい!》
フレイオの手を、ぎゅっと握りしめる。
闇の彼方から、光が、あふれて――