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マッサ、みつける

     *     *     *



 ごうごうと、両耳のそばで、風がうなりをあげている。

 閉じていた目を、ぱちっと開いた瞬間、マッサは思わず、


「うわあっ!?」


 と叫んだ。

 そこは、まわり全部、見わたすかぎり、ぼんやりとした影のような灰色の世界だった。

 上に、青空はなく、足元に、地面もない。

 ただ、ごうごうと、強い風が吹いている。


(お、落ちる!)


 と、マッサはあわてたけれど、まるで深いプールの中にいるみたいに、体は、その場に浮かんだままだ。


(ここは……いったい、どこなんだ!?)


 マッサは、必死にあたりを見回しながら、考えた。

 自分は、フレイオを助けるために『あの世に行きかけている人の魂を引き戻す魔法』を使ったはずだ。

 その魔法は、眠っているあいだに、心の中で使うものだと、お母さんは言っていた。


(じゃあ……ぼくは、今、心の中で「この世」と「あの世」のあいだに来ちゃってる、ってこと!?)


 マッサは、ものすごく怖くなってきた。

 見わたすかぎり無限に広がる、灰色の世界のなかに、生きて動いているものは、マッサ一人しかいないように思えた。

 もしも、魔法が失敗して、このまま、戻れなくなって、ずっと、この灰色の世界に一人ぼっちでいなくちゃならなくなったら、どうしよう――!?

 と、そのときだ。


《マッサ、そんなふうに考えてはいけないわ。》


 と、お母さんが言っていたことばが、胸の中によみがえった。


《魔法は、信じなければ、決して働かないの。「できないかもしれない」とか「失敗するかもしれない」と、あなた自身が思っていれば、その魔法を使うことはできないのよ。》


(そうだった……)


 マッサは、ぐっと、両方のこぶしを握りしめた。


(ぼくは、フレイオを助けにきたんだ。そのぼくが、「できないかもしれない」とか「失敗するかもしれない」とか思ってたら、それが、本当になっちゃうかもしれない!)


 マッサは、おなかに、ぐうっと力を入れて、すうううっ、と息を吸うと、


「フレイオー!!」


 と、灰色の世界じゅうに響きわたるんじゃないかと思うくらい大きな声で、フレイオを呼んだ。


「おおおおおーい! フレイオー!! 返事をしてー!! ぼく、迎えにきたよーっ!!!」


 叫んでから、マッサは、両耳に全神経を集中した。

 もしかしたら、この灰色の世界のどこかから、フレイオが、返事をしてくれるかもしれない。

 でも、いくら待っても、耳を澄ましても、返事は、どこからも聞こえてこなかった。


(どうしよう……)


 また、心細い気持ちが、心のなかにわきあがってきた……そのときだ。


「あっ!」


 マッサは、ふと、あるもの・・のことを思い出した。


(夢のなかでも、ちゃんとあるのかな?)


 と心配しながら、おそるおそる、胸ポケットに手を入れてみると、


「あった!」


 そこには、《魔女たちの城》でおばあちゃんがくれた魔法の押し葉が、ちゃんと入っていた。

 見わたすかぎり灰色の世界のなかでも、すこしも輝きを失わず、きらきらと光っている。

 マッサは、また、道を教えてもらおうと、指先で押し葉をつまんで、ぱっとはなした。

 その瞬間、


 ゴウッ!!


 と、すさまじい風がマッサの後ろから吹いてきて、あっという間に、魔法の押し葉を吹き飛ばしてしまった!


「ああっ!?」


 と叫ぶよりもはやく、マッサは、びゅーん! と飛び出していた。

 吹き飛ばされていく押し葉を、猛スピードで飛んで、追いかける。

 どうやら、この世界では、ふつうの世界よりも、ずっと速く飛べるみたいだ。


 きらきら光る魔法の落ち葉は、くるっくるっと風にひるがえりながら、どんどん先へと吹き飛ばされていく。

 必死にそれを追いかけているうちに、マッサは、ふと、妙なことに気がついた。

 何だか、だんだん、まわりが暗くなってきているような気がする。

 いや……確かに、そうだ。間違いない。


 マッサは、いやな予感がした。

 まさか……ひょっとすると……もしかして……

 このまま、ずっと進んでいくと、その先は「あの世」なんじゃないのか?

 これ以上、進みすぎたら、帰れなくなってしまうかもしれない。

 さすがに怖くなってきて、マッサは、空中で急ブレーキをかけた。

 すると、


「うわっ!?」


 止まったマッサの、すぐ右がわを、何か灰色のものが、すごい速さですり抜け、追いこしていった。

 いや、右がわだけじゃない。


「わっ、わっ……うわわわっ!?」


 左、下、ななめ上、また右――

 数えきれないほどたくさんの、灰色の影たちが、びゅんびゅんとマッサを追いこしていく。

 これまでは、マッサ自身がすごい速さで飛んでいたのと、魔法の押し葉を追いかけることに夢中になっていたせいで、ぜんぜん気がつかなかったんだ。

 その影たちは、何十、いや、何百……いや、もっと、数えきれないくらいいた。


 まわりの景色も灰色で、影たちも灰色だから、見えにくかったけれど、目をこらしてよくよく見ると、飛んでいく影たちはぜんぶ、人間や、生き物のすがたをしていた。

 ものすごく速く飛んでいくせいで、姿がぼやけて見える。

 まるで、幽霊みたいだ。

 いや――もしかすると、これは、今にも「あの世」に行こうとしている人たちの、魂の行列なんじゃないのか?

 だとすると、この、何十、何百もの灰色の影のなかのどこかに、フレイオがまじっているんじゃないのか!?


「フレイオー!!!」


 マッサは、お腹の底から、力をふりしぼって呼んだ。

 ほかの影たちは、まるでマッサの声なんかまったく聞こえていないように、まっすぐ前だけを見て飛んでいく。

 マッサが、そこにいるということにさえ、だれも気づいていないみたいだ。


「フレイオー!!! どこにいるの!? ぼくは、ここだよ! 迎えにきたよーっ!!!」


 すると、


「んっ!?」


 ずっと遠く――マッサがいる場所よりも、もっとずっと暗いほうで、気のせいか、赤い光のようなものが、ちらっと光ったように見えた。

 まるで、フレイオの目のような光だ。

 でも、本当にそうだろうか?

 見間違いかもしれない。

 赤い光の正体をたしかめるために、このまま暗いほうに突っ込んでいったら、ぼくは、もう、戻れなくなってしまうかもしれない――


「うおおおおおおおっ!」


 マッサはお腹の底から叫び声をあげると、赤い光が見えたあたりに向かって、ロケットみたいに飛び出していった。

 もし、あっちが本当に「あの世」なんだとしたら、フレイオが完全に「あの世」に行ってしまう前に、つかまえて、呼び戻してあげないと、手遅れになってしまう!


 マッサは飛んだ。

 タカよりも速く、竜よりも力強く――

 あたりの影たちも、吹く風も、ぜんぶ追い抜くほどのスピードで。


「フレイオー!!!」


 マッサの叫び声が聞こえたのか、先の方で、ひとつの影が、急にスピードをゆるめた。

 何か、かすかな音でも聞こえたように、ゆっくりと左右を見まわしている。

 マッサは、あっというまに追いついた。

 そこに、フレイオがいた。


「フレイオ!」


 手を握ろうとすると、その手は、まるで煙でもつかんだみたいにすり抜けてしまった。

 肩に手を置こうとすると、マッサの両手は、フレイオの肩を通り抜けてしまった。

 そこにいるのは、たしかにフレイオなのに、きらきら光っていた肌も、髪も、灰色にぼやけてしまっている。

 真っ赤に燃えていた目は、電池が切れかけの懐中電灯みたいに弱々しくちらついて、今、すぐ目の前にいるマッサのことも、全然見えてないようだった。


「フレイオ! ぼくだよ、マッサだよ! きみを、迎えに来たよ!!」


 こんなに近くでマッサが必死に呼びかけているのに、その声も聞こえていないみたいだ。

 フレイオは、ふいっと顔をそむけると、また、暗いほうに向かって飛んでいこうとした。

 あたりは、もう、ほとんど真っ暗になりかけている。

 これ以上、進んだら、戻れなくなるぞ!


「フレイオッ!!!!」


 マッサは、フレイオの目の前に立ちはだかり、思いっきり叫んだ。


「行っちゃだめだ! 聞いて! ねえ、ぼくの声、聞いてよっ! 一緒に帰ろう! ぼくたちの旅、まだ、終わってないでしょ!? ねえ!」


 なんにも見ていないような目をしたフレイオが、マッサに向かって進んでくる。

 フレイオの体は、そのまま、煙のように、マッサの体を通り抜けた。


「行かないで!」


 マッサはフレイオの透き通った肩を、何度もつかもうとして、できなかった。


「フレイオ、行かないで! 君がいなくなったら、嫌だ! ぼくは、友達がいなくなるなんて、そんなの、絶対、嫌だよっ!!!」


 その、瞬間だ。

 急に、フレイオの目に、ちかっと赤い光が瞬いた。


「……マッサ?」


 振り向いたフレイオの口から、小さなつぶやきが漏れる。

 驚いたような顔のなかで、真っ赤な目が、まっすぐにマッサを見た。


「おや? ……マッサじゃないですか。こんなところで何を…………って、ここ、どこですかっ!?」


「フレイオー!!」


 マッサは、フレイオの体に飛びついて、がしっと抱きしめた。

 フレイオの体は、もう、透き通っていなかった。


「よかった、気がついたんだね! さあ、帰ろう!」


「帰るって……そもそも、ここは一体、どこなんです!? 私は、たしか……あなたを、助けて……」


「あのね、ここはたぶん、この世と、あの世のあいだだよ。でも、かなり、あの世に近いと思う! あっちの真っ暗なほうが、きっと、あの世なんだ。はやく帰らないと、戻れなく――」


 と、そのときだ。


『お前たち、こっちに来ぉぉぉぉぉい……』


 暗闇のなかから、地を這うような、おそろしい呼び声が響いてきた。


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