マッサ、ゆく
「急げ、時間との勝負だ!」
隊長のことばが、まだ終わらないうちから、ディールとタータさんが、まるで競走みたいに、部屋を飛び出していく。
「王子は、ここで待っていてください。すぐに戻ります!」
と言って、隊長も飛び出していった。
そして三人は、約束どおり、すぐに戻ってきた。
「俺が見つけたのは、これだけですぜ!」
ディールが、いろんな種類の薬草の束を、床に並べる。
でも、ガーベラ隊長は、首を振った。
「どれも、葉の形が違うな。『クラヤミノトキノクサ』じゃない。」
「わたしが見つけたのは、これです!」
タータさんは、たくさんの袋を持ってきていた。
なかには、乾かされて、かさかさになった薬草の葉や茎が、いっぱいに入っている。
でも、隊長は、全部の袋をあけてみた後、首を振った。
「残念だが、どれも、特徴が違う。『クラヤミノトキノクサ』じゃない。」
「そっ、それじゃあ、隊長は、どうだった!?」
勢いこんで、マッサがたずねると、
「それなのですが……」
ガーベラ隊長は、困った顔をして、持ってきていた木の箱を、ぱかっと開けた。
その中には、小さなガラスのびんが、いっぱいに詰まっていて、それぞれの中に、うすい緑色の、粉のようなものが詰まっていた。
「においをかいでみたところ、これらは、おそらく、薬草の葉を乾かして、粉にしたものです。それぞれのびんに、ラベルが貼ってあって、名前らしき言葉が書いてあるのですが……」
「『ですが』……なに? もしかして……『クラヤミノトキノクサ』は、その中には、なかったの……?」
「いえ、それが、」
はらはらしながらたずねたマッサに、ガーベラ隊長は、心の底から申し訳なさそうな顔をした。
「ラベルに書いてある文字が、私には読めなくて……どれが、何の葉なのか、まったく分からないのです。この文字は、大昔に使われていたもので、今でも、魔法使いたちのあいだでは、使われることがあります。私も《魔女たちの城》で、習ったことはあるのですが、そのとき、あまりしっかり勉強していなかったので、全然、覚えていなくて……」
そこまで言って、ガーベラ隊長は、悔しそうに、ばん! と床を叩いた。
「くそっ! こんなことになるのなら、あのとき、もっとしっかり勉強して、頭に叩き込んでおくのだった!」
「そんな……」
マッサは、また、泣きそうになってきた。
この中のどれかが『クラヤミノトキノクサ』かもしれないのに、誰もラベルの文字が読めないために、このまま、フレイオの魂が、あの世に行ってしまうことになるなんて――
「ああ、なんてことでしょう!」
タータさんが、四本の手で頭を抱えて叫んだ。
「フレイオさんが元気だったら、こんなの、すらすら読んでくれたはずなのに。だって、フレイオさんは、とても研究熱心ですから、きっと、古い文字のことだって、しっかり、勉強していたでしょうからねえ。でも、そのフレイオさんが、こうなってしまっては……ああ、もう、おしまいです!」
「……んっ!?」
タータさんがなげく声を、同じように悔しく悲しい気持ちで聞いていたマッサは、その瞬間、がばっ! と顔を上げた。
「タータさん、今、なんて言ったの!?」
「えっ!?」
マッサの、あまりの勢いに、タータさんは、目を白黒させた。
「フレイオさんが、元気だったら……」
「ちがう、ちがう! その、もうちょっと後!」
「ええっ? ……ええと……フレイオさんは、とても研究熱心だから……古い文字のことも、しっかり勉強――」
「それだ!!」
マッサは叫んで、飛び上がった。
「ねえ、フレイオの荷物は!? フレイオがいつも持ってた荷物、今、どこにある!?」
「ここです、王子!」
ガーベラ隊長が、何が何だかわからない、という顔をしながらも、慌てて、大きな荷物を持ち上げた。
「とりあえず、私がここに運んできたのですが、これが何か――」
「貸して!」
マッサは、隊長をはね飛ばしそうな勢いで突進すると、フレイオの荷物の中身を、床の上に出した。
フレイオが食事に使う、香りのいい燃える油、火打石、金属のお皿、長いスプーン……何本かのペンに、しっかり蓋のしまるインク壺――
そういう、いろんなものにまじって、ぬれたり、汚れたりしないように、厳重につつまれた、何冊もの本が出てきた。
「これだ!」
包みをほどいて、マッサは、何冊ものぶあつい本を、宝物のようにかかげた。
「これは、フレイオが、勉強のためにいつも読んでた本だよ! この中に、古い文字で書かれたことばの意味がわかるような辞書とかが、あるかもしれない!」
「……おおっ!」
今度は、ガーベラ隊長が、マッサをはね飛ばしそうな勢いで突進し、一冊の本をつかんだ。
「あった、あったぞ! ありました! これは、古いことばの意味を、今のことばで説明した辞書です。これがあれば、びんのラベルに書かれた名前を、読むことができます!」
ガーベラ隊長は、さっそく床に座りこむと、すごい勢いで辞書のページをめくり、ラベルに書かれたことばの意味を調べはじめた。
「『カエル・トリ・グサ』……違う。『アヤツリ・ソウ』……違う。ク、ク、クラ……これか!? 『クラガリ・ヤマ・ノ・キ』、違う! こっちは? ク、ラ、ヤ……『クラヤミ・ノ・トキ・ノ・クサ』!」
ガーベラ隊長は目を輝かせ、さっきのマッサとまったく同じように、小さなびんを、宝物でもかかげるように持ち上げた。
「間違いない、これです! これが『クラヤミノトキノクサ』の葉を粉にしたものです!」
「隊長っ! ここに、葉を燃やすための皿を用意しましたぜっ!」
「火をつけて、煙を出す、って言ってましたよね? いつでも、いけますよ!」
隊長が、必死に辞書をめくっているあいだに、ディールとタータさんは、少しでも時間を節約しようと、準備万端ととのえていた。
そのお皿と、火打石は、フレイオがいつも食事に使っていたものだったけど、このさい、細かいことは言っていられない。
ディールが床に置いたお皿に、隊長が『クラヤミノトキノクサ』の粉をぜんぶ出し、タータさんが、カチカチと火打石を打って、火の粉を落とす。
『クラヤミノトキノクサ』の粉に、小さな火がついて、ふしぎな香りのする煙が、ほそく立ちのぼりはじめた。
「お母さん! 『クラヤミノトキノクサ』に火をつけて、香りのする煙を出したよ。次は、どうすればいいの?」
《みんなで力を合わせて、用意をしたのね。すばらしいわ。でも、ここから先は、マッサ、あなた一人で、やらなくてはならないわ。》
「うん。」
マッサは、決意をこめてうなずいた。
「ぼくは、絶対に、フレイオを助ける! さあ、どうすればいいか、教えて。」
《まずは、ほかのお友達に、部屋の外に出てもらいなさい。煙を吸い込まないようにね。『クラヤミノトキノクサ』を燃やした煙を吸った人は、眠ってしまうの。》
「ええっ? じゃあ、ぼくも寝ちゃうの?」
《眠っているあいだに、心の中で、魔法を使うのよ。これが『あの世に行きかけている人の魂を引き戻す魔法』の、一番難しいところなの。でも、私が導いてあげるから、心配しないで。……さあ、急ぎなさい、マッサ。時間がない!》
「みんな、この煙を吸い込まないように、部屋の外に出て、待ってて! この煙を吸うと、眠っちゃうんだって。ぼく、これから、眠りながら魔法を使うんだ。」
マッサは、驚いているみんなに、そう伝えた。
「王子、がんばってください。わたしたちは、部屋の外から、見守っています。扉は、あけておきますからね。」
「マッサ……頼んだぜ。どうか、フレイオを、助けてやってくれ。頼む!」
「でも、無理をしては、だめですよ。マッサ、気を付けて!」
「うん、分かった! ……さあ、お母さん、みんなは、部屋の外に出たよ。ぼくは、どうする?」
《床の上に、いつも寝るときみたいに、横になって、しずかに息をしなさい。》
「分かった。」
マッサは、フレイオのとなりに、ごろんと寝転がって、目を閉じて、深呼吸をした。
《では、マッサ。今から、私が、呪文をとなえるから、あなたは、しずかに息をしながら、それを聞いていなさい。そして、心の中で、強く願うのよ。フレイオさんを、助けたい! って。》
「うん、分かった……」
マッサは、目を閉じたまま、返事をした。
すると、すぐに、お母さんの声が響きはじめた。
きっと、これも、古いことばだ。
意味はぜんぜん分からないけれど、まるで優しく歌っているような、きれいなことばだった。
マッサは、最初のうちは、隊長たちがじーっと自分を見守っているし、これからフレイオを助けなくちゃいけないしで、かなり緊張していたけど、お母さんの歌を聴いているうちに、だんだん、だんだん、手足から力がぬけて、眠くなってきた。
《さあ、マッサ、行きなさい。》
遠のいていく意識の中で、お母さんが、そう言っているのだけが、はっきりと聞こえた。
《友達を見つけたら、その手をつかまえて、絶対に放さないで。そして――光に向かって、飛びなさい!》