マッサと、なぞの植物
* * *
「……みんな、悪いんだけど、ちょっと、てつだって!」
「おお、王子!」
屋上に駆け戻ってきたマッサの声をきいて、ガーベラ隊長が振り返った。
「お待ちしていました。これから、ボルドンが待っている塔の下まで、フレイオを運びおろすのですね?」
「いや、そうじゃないんだ。」
マッサはそう言うと、驚いているみんなに、お母さんから聞いた話を伝えはじめた。
もうすぐ、フレイオの魂が、あの世に行ってしまうこと。
そうなったら、体の傷は治っても、二度と、目が覚めないこと。
《魔女たちの城》へフレイオを連れて戻るには、時間がない。
フレイオを助けるためには、今すぐに、誰かが魔法を使わなくてはいけないこと――
「しかし……」
ガーベラ隊長が、困った顔をして、言った。
「魔法を使わなくてはいけない、といっても……魔法使いのフレイオ本人が、倒れていますし、アイナファール姫さまは、柱に閉じ込められていらっしゃいますし……王子は、空を飛ぶ魔法だけしか、使えないでしょう?」
「うん、確かに、そうなんだけど――どうしても、今、何とかしなきゃ、フレイオが助からないんだ。だから、ぼくが、やってみる!」
「しかし、やってみる、と言っても……」
ガーベラ隊長は、どうしても、納得できない様子だ。
「たぶん、今、必要なのは『あの世に行きかけている人の魂を引き戻す魔法』です。しかし、それは、たくさんある魔法のなかでも、最高に難しいもののなかのひとつなのですよ。もしも失敗すれば、王子、あなたもフレイオと一緒に、あの世に行ってしまうことになる。」
それを聞いて、マッサは一瞬、ひるみそうになった。
でも、いくら、その魔法が難しくて、危険でも……だからって、命がけで自分を助けてくれたフレイオを、このまま見捨てるのか?
いや、そんなことは、絶対にできない。
「ぼく、やってみるよ。」
マッサは、断固として言った。
「お母さんも、ぼくを助けてくれるって。フレイオは、命がけで、ぼくのことを守ってくれたんだ。だから、今度は、ぼくがフレイオを助けてあげなきゃ。」
「……分かりました。王子が、そこまで覚悟を決めておられるのなら。」
ガーベラ隊長は、大きくうなずいた。
「我々も、役に立つかは分かりませんが、王子を手伝います。」
「もちろん!」
タータさんも、大きな声で言った。
「マッサ、その魔法というのは、この屋上で使うんですか?」
「いや、お母さんがいる部屋まで、フレイオを運んであげたいんだ。そのほうが、お母さんの声もよく聞こえるし、ここだと、もしも、空を飛んでくる敵がいたときに、丸見えになっちゃうからね。」
「なるほど。じゃあ、わたしが、フレイオさんを、おんぶして運びましょう!」
「いや、それは、俺がやる。」
と、それまで黙っていたディールが、すすんで手をあげた。
「俺に、やらせてくれ。フレイオが、こんなことになっちまったのは、俺のせいなんだからな。……いや、もちろん、わざとやったんじゃねえが、俺がやっちまったことに変わりはねえ。だから、俺は、こいつに対して、責任があるんだ。」
「じゃあ、ディールさん、お願いします!」
マッサは、そう言った。
本当は、タータさんのほうが力持ちなんだけど、ディールが、どうしてもフレイオのために何かしたい! と思っていることが伝わってきたからだ。
だいたい、ここで、どっちがフレイオを運ぶか、なんてことで、もめているうちに、肝心のフレイオの魂があの世に行ってしまったら、どうしようもない。
『みんな、おそい! ぼくと、ボルドン、ずーっと、まってる。なのに、みんな、こない! ディール、だいじょうぶ? ……あれ!』
ぷんぷん怒りながら階段を駆けのぼってきたブルーが、ディールに背負われているフレイオの姿を見て、青い目をまん丸くした。
『ディール、なおった! でも、フレイオ、ねてる。』
「いや、ブルー、フレイオは、寝てるんじゃないんだ。」
マッサは、これまでに起きたことを、みじかくまとめて、ブルーに説明した。
ブルーは、ふんふん、と真剣に話を聞いて、
『たいへん! ぼく、ボルドンに、おしえる!』
と、あわてて、階段を駆けおりていった。
みんなが、魔法の柱のある部屋に入っていくと、マッサの心に、お母さんの声が響いた。
《マッサ、フレイオさんを、連れてきたのね。》
「うん!」
《それでは、私が、あなたに『あの世に行きかけている人の魂を引き戻す魔法』の使い方を教えます。私のことばを、よく聞いて、その通りにするのですよ。》
「うん、分かった。……でも、正直に言うと、ぼく、ちょっと心配なんだ。前に、いろんな魔法を、何度、練習しても、空を飛ぶ魔法しか使えなかったから……」
《マッサ、そんなふうに考えてはいけないわ。魔法は、信じなければ、働かないの。「できないかもしれない」とか「失敗するかもしれない」と、あなた自身が思っていれば、その魔法を使うことは、決してできないのよ。》
「う……うん、分かった!」
マッサは、《魔女たちの城》で、初めて空を飛んだ時のことを思い出した。
あのときは、ガーベラ隊長が教えてくれたことばを、心の底から信じたから、飛べたんだ。
《マッサ、あなたにも、おばあちゃんや、私と同じ、魔法使いの血が流れている。いろいろな魔法を練習したときに、うまくいかなかったのは、きっと、練習の仕方が、あっていなかったからよ。今は、私がついているから、大丈夫。自分を信じなさい。》
「うん、ぼく、何だか、自信がでてきた。よし! やってみるよ。まず、どうすればいいの?」
《では、教えるわ。『あの世に行きかけている人の魂を引き戻す魔法』を使うためには、まず、部屋の中で『クラヤミノトキノクサ』の葉を乾かしたものを燃やして、香りのついた煙を立たせるのよ。》
「……えっ?」
どんなことをすればいいのかと、気合いをいれて待ちかまえていたマッサは、思わず、気合いが空回りして、倒れそうになった。
「ちょっと、待って! 今の、クラヤミノ……なんとかかんとかって、何!?」
《えっ?》
お母さんの声が、戸惑ったようになる。
《ここは、魔法使いの塔でしょう? 近くに、ないかしら? 魔法使いが住んでいるところになら、たいていは、あると思うのだけれど。》
「いや、ぼく、そのクラヤミノなんとかっていうのが、何で、どういう形をしてるのかが、ちっとも分からないんだけど……」
《『クラヤミノトキノクサ』は、植物よ。細長い葉をした草で、乾かして、砕いて使うことが多いわ。》
「そんなこと、言われても……」
マッサは、せっかくやる気になっていたのに、一歩目からつまずいてしまって、焦りのあまり、泣きそうになってきた。
こうしているあいだにも、フレイオの魂は、あの世に行ってしまうかもしれないのに――
「どうしました、王子!?」
マッサのようすを見たガーベラ隊長が、心配して、声をかけてくれた。
「いや、あの……お母さんが、この魔法を使うためには、クラヤミノ……『クラヤミノトキノクサ』っていう植物の葉を燃やして、煙を出さなくちゃいけないって言ってるんだけど……」
「ああ、『クラヤミノトキノクサ』ですか?」
「えっ!? 隊長、その植物のこと、知ってるの!?」
「ええ、昔、《魔女たちの城》で修業をしていたときに、習いました。魔法使いのあいだでは、よく使われる薬草です。私も、葉の形を見れば分か……待てよ。」
隊長が、ぽん! と手を打ち、タータさんとディールの顔を見た。
「あの有名な薬草なら、ゲブルトたちも、絶対に使っていたはずだ。きっと、この塔のどこかにある! 今から、すべての部屋を、手分けして探そう。そして、少しでも薬草っぽいものがあったら、全部持ってくるんだ!」