絶望と希望
「フレイオ! フレイオ!」
マッサは、叫びながら、動かないフレイオの体を何度も揺さぶった。
どさっ、という音がした。
それまで、震えながら立っていたディールが、屋上の床にひざをついて、頭を抱えこんでいる。
「嘘だろ……俺……なんてことをしちまったんだ、俺はぁっ!」
ガーベラ隊長も、タータさんも、何も言うことができずに、ただ立ち尽くしている。
魔法であやつられていたのなら、ディールが悪かったわけではないが、それでも、ディールが、その手でフレイオを傷つけたことに変わりはないのだ。
「フレイオ……」
マッサは、フレイオの体にしがみつき、その胸に顔をうずめて泣いた。
せっかく、仲間になってくれたのに。
いろいろ、おしゃべりをして、友達になる約束もできたのに。
これから、もっともっと、なかよくなれるはずだったのに――
と、そのときだ。
「……んっ!?」
マッサは、あることに気づいて、涙にぬれた目を、ぱちっと見開いた。
「うおおおっ! 俺は、世界一の、大ばか男だ! 仲間を殺しちまうなんて、最低だ! 責任をとって、俺も死ぬ!」
「ばか者っ! 死ぬなどと、軽々しく言うな! おまえが死んでも、フレイオは、生き返らないんだぞっ!」
「……みんな、ちょっと、待って!」
マッサは、はじかれるように体を起こすと、ディールとガーベラ隊長のほうに、片手を強く突き出して会話をとめた。
「ちょっと、ごめん、静かにして! みんな、口を閉じて、しばらく、何もしゃべらないで!」
「えっ……?」
いったいどうしたんだろう、と、戸惑うみんなは放っておいて、マッサは、もう一度、フレイオの胸に、片方の耳をぴったりとつけた。
トッ……トッ……トッ……トッ……
マッサの耳に、ほんのかすかな、でも、聞き間違いようのない、規則正しい音が伝わってきた。
心臓の音だ。
フレイオの心臓は、まだ、動いていた!
「生きてる!」
「――えっ?」
がばっ! と起き上がって叫んだマッサの顔を、みんなは、ぽかんとして見つめた。
「生きてる! 生きてるっ! 心臓の音がきこえるんだ! フレイオは、まだ、生きてるよっ!」
一瞬、しいん……とした。
一瞬だけ。
「ほ、ほ、ほ、本当ですかっ!?」
「うん!」
驚きすぎて言葉に詰まりながらも、ガーベラ隊長が駆け寄ってきて、マッサといれかわりに、フレイオの胸に耳を押し当てる。
「……おおっ! 本当だ、確かに、心臓の音がきこえます!」
「ああ、もう、ああ、もう……本当に、本当に、よかったですねえ!」
タータさんが、四つの手でかわるがわる目をこすりながら、お腹の底から押し出すような声で、言った。
「おい、ディール! 生きている、フレイオは生きているぞ! まだ、希望は消えていない!」
駆け寄ったガーベラ隊長に、ばんばん肩を叩かれたディールは、
「は……へ……」
巨大なショックと、大きな安心が、交互に押し寄せてきたので、混乱してしまって、それだけ言うのが精一杯だ。
「でも、待って、みんな。喜ぶのは、まだ、早いよ。」
一番はじめに冷静さをとりもどして、マッサは言った。
「さっき、タータさんが言ってたことが、まったく、その通りになってる……」
「えっ? わたしが言ったこと、ですか? ……えっ? 何が、です?」
「《守り石》をつけている人は、絶対に死なないけど、だからって、けがが、治るわけじゃないってことだよ。」
マッサは、すっくと立ちあがりながら言った。
「だから――今は、ディールさんじゃなくて、フレイオのほうを、《魔女たちの都》に連れていってあげなくちゃ! そうするしか、フレイオを治してあげられる方法がないもん。」
「おお……本当に、その通りですね。」
ガーベラ隊長が、大きくうなずいた。
「うん。フレイオを運ぶのは、やっぱり、ボルドンにお願いするしかない。でも、全員が、フレイオとボルドンについていくわけにはいかないよね。だって、そうしたら、お母さんが、ここに一人ぼっちになっちゃうもん。そこに敵が来て、お母さんがどこかに連れていかれちゃったら、一大事だから。
……あっ、そうだ。このことを、お母さんに、知らせておかなきゃ! みんな、悪いけど、ここで、ちょっと待ってて。フレイオのこと、みておいてあげてね!」
マッサは、そう言い残すと、いそいで塔の階段をおりて、お母さんが魔法の柱に閉じ込められている部屋まで戻った。
「お母さん! お母さん、きこえる?」
《ええ、はっきり、きこえているわ。……さっきは、いったい、何があったの? 今のわたしには、周りのようすが、ぼんやりとしか分からないの。ただ、あなたが戦っていることと、とても悲しんでいたことと、それから、驚いて、喜んでいたことが伝わってきたわ。》
「うん、そうなんだ。実はね……」
マッサは、この部屋を出てから起こった出来事を、かいつまんで、お母さんに報告した。
屋上に出たところで、ゲブルトが襲ってきたこと。
空中で急に止まる作戦で、ゲブルトを倒したけれど、ディールが魔法であやつられ、マッサに襲いかかってきたこと。
そのマッサを守ろうとして、フレイオが、ディールに短剣で刺されてしまったこと――
「でも、ぼくの《守り石》を貸してあげたから、フレイオは、ぎりぎり、死なずにすんだんだよ! これから、ボルドン――ぼくの友達のイワクイグマに、《魔女たちの城》まで、連れていってもらって、おばあちゃんたちに、治してもらうことになってるんだ。
本当は、お母さんを、すぐに《魔女たちの城》に連れていってあげたかったんだけど……お母さんには、もうちょっと、このまま待っててもらわなきゃいけなくなっちゃった。ごめん。でも、ぼくたちがここに残って、お母さんを守るからね!」
《それでは、だめよ。》
「……えっ?」
急に、厳しい声でそう言われて、マッサは、どきっとした。
お母さんに、こんなふうに叱られるようなことは、生まれて初めてだった。
もしかして、お母さんは、はやく柱の中から出たいから、自分のほうを先に《魔女たちの城》に連れていってほしいと思っているのかな……?
「あのう……ごめんね、お母さん。もしかして、お母さんのことを、友達よりも、後回しにしちゃったから、怒ってるの……?」
《えっ? 何を言っているの、マッサ。今、死にそうになっているお友達を、助けてあげるほうが先でいいに決まっているわ。……でも、あなたが今、考えている方法では、手遅れになってしまうかもしれない。》
「えっ!?」
マッサは、さっきよりも、もっと、どきっとした。
「手遅れになるって……どういうこと!?」
《あなたのお友達の、フレイオさんは、今にも死にそうになっているのよね? それを《守り石》の力で、何とか、食い止めているのでしょう?》
「うん、そうだよ。」
《それなら、急がなくてはいけない。今すぐに、手を打たなければ、フレイオさんの魂は、このまま、あの世に行ってしまう。後になってから、魔法や薬で治療をしても、体だけは治るけれど、フレイオさんが目覚めることはないわ。生きてはいるけれど、ずっと眠り続けることになってしまうの。》
「ええーっ!? そんな……」
マッサは、目の前が真っ暗になって、がっくりとその場にしゃがみこんだ。
せっかく、フレイオの命を助けられたと思ったのに。
もう二度と、フレイオとしゃべったり、一緒に旅をしたりすることができないなんて――
《どうしたの、マッサ? 泣いているの?》
「うん……」
《どうして?》
「だって、フレイオを、助けてあげられないから……!」
《どうして?》
その言葉が心の中に響いたとき、マッサは、まるで、お母さんの両手が、肩にしっかりと置かれたような気がした。
《マッサ、あなたが、友達を助けるのよ。もう死んでしまった人は、助けられないけれど、死にそうな人なら、助けることができる。わたしが手助けをしてあげるから、あなたが、魔法を使いなさい!》