マッサ、飛び降りる
「むっ!?」
と、その影に、一番はやく反応したのは、ガーベラ隊長だった。
ディールも、ほとんど同時に気づいていたが、彼には今、武器がない。
ガーベラ隊長は、すばやく剣を引き抜いて――
バリバリバリバリバリーッ!
「うおおおおっ!?」
「ぐわぁああっ!?」
いきなり、真っ白な稲妻があたり一面を荒れ狂い、それを受けたガーベラ隊長とディールは、体がしびれて、ばったり倒れこんでしまった!
「うわああああっ!?」
と、マッサも叫んだけど、体のどこも、まったく痛くない。
首からさげて、シャツの下に隠している《守り石》が、マッサを守ってくれたんだ。
でも、そのことを、よかった、なんて思っている余裕はなかった。
「おのれ、王子と、その仲間ども……!」
怒り狂った声が、頭の上から聞こえてきたからだ。
「わしの塔に、こそこそと入りこみ、息子と娘に、手を出しおったなああああっ!」
バサバサバサアッ! と、マッサの前に舞い降りてきたのは、真っ黒な衣をひるがえし、怒りで顔色を真っ蒼にした魔法使い、ゲブルトだった。
「目覚めよ、幽霊マントたち、動く鎧たちよ!」
ゲブルトが叫ぶと、塔のはるか下の方で、バァン! という音が聞こえた。
マッサが、はっとして目を向けると、がらんとした広場の隅に建てられた、たくさんの倉庫の扉が開いたところだった。
そこから、大量の幽霊マントや、動く鎧たちが、大波のようにあふれ出してくる!
『グオオオオーッ!?』
ちょうど、分厚い塀を飛び越えて入ってきたところだったボルドンが、大量の幽霊マントに襲われて、叫び声をあげる。
ボルドンの背中に乗っていたみんなも同じだ。
「ボルドン! みんなっ!」
思わず叫んだマッサに、
「ふんっ!」
バリバリバリバリーッ!
よける間もなく、ゲブルトの稲妻が襲いかかった!
でも、強烈な魔法の稲妻は全部、マッサの体に当たることなく、すり抜けてしまった。
「なにっ……!?」
一瞬、目を見開いたゲブルトの視線が、マッサの胸のあたりで、ぴたっと止まる。
マッサは、はっとして、胸の真ん中をおさえた。
そこにある《守り石》が放つ、強い緑色の輝きが、シャツの上からでも分かるほど、はっきりと浮かび上がっている。
「なるほど……そういうことか。おまえは、そこに、《守り石》を隠しておるのだな?」
にやにや笑いながら、ゲブルトは、ゆっくりと近づいてくる。
そして、不気味に爪を伸ばした手を、マッサのほうに伸ばしてきた。
まずい! こいつ、ぼくから《守り石》を奪う気だ!
《守り石》は、魔法や、矢や剣の攻撃からは守ってくれるけど、けがをするようなことじゃなければ、守ってはくれない。
このまま、ゲブルトに捕まえられて、《守り石》をむしり取られてしまったら、ぼくを守る力がなくなってしまう。
いや、それより、《守り石》を奪われて、ゲブルトに使われてしまったら、もう、何の攻撃も通用しなくなる。
そうなったら、どうしようもない!
その瞬間、あまりにも怖すぎて、凍りついたみたいになっていた体が、急に動くようになった。
「うおおおおおおっ!」
マッサは、片手に握りしめたままだった剣を、思いきり振り回して、目の前のゲブルトに叩きつけた。
(当たった!?)
と、思った、その瞬間!
ビシャアアアアン!
「うわああぁっ!?」
ものすごく固いものを殴りつけたみたいな衝撃が腕に伝わって、マッサは吹っ飛ばされ、屋上の床に転がった。
必死に起き上がって、見ると、
「ふっふっふ……」
と、まったくの無傷で、ゲブルトが笑っている。
その体の前には、薄い灰色の盾のようなものが浮かんでいた。
しまった、あれは、魔法の盾だ。
マッサのことを《守り石》の魔法の光が守ってくれるように、ゲブルトは、自分で魔法の盾を生み出して、マッサの一撃を防いだんだ!
「マ、マ、マッサ……! に、逃げろ!」
体がしびれて、床に倒れたままのディールが、必死に叫んでいる。
そんなディールを、ゲブルトが、うるさそうに、ちらっと見た。
まずい。
体を動かせない今、魔法で撃たれたら、ディールも隊長も、簡単にやられてしまう!
「うわあああああああーっ!」
マッサは、お腹の底から叫びながら、だだだっと走って、いきなり、塔の屋上から飛び降りた!
「なにっ!?」
いきなりのマッサの行動に、さすがのゲブルトも目を丸くして、屋上の手すりに駆け寄った。
そのゲブルトの目の前を、
ビューン!
と、ものすごい速さで、下から上へと、飛びすぎていったものがある。
マッサだ。
マッサは、塔から飛び降りた瞬間に、空を飛ぶ魔法を使っていた!
「おのれ、王子め……逃がさん!」
ゲブルトは、黒い衣をまとった両腕を、ばさりと広げると、
「むんっ!」
と気合いをこめ、ビューン! と空中に飛び上がり、マッサを追いかけてきた。
「待てえええええぇい!」
「うわー、うわ、うわー!」
マッサは、大声で叫びながら、空に向かってフルスピードで飛び続けた。
ゲブルトは、黒い衣をばたばたとはためかせがら、ものすごい速さで追ってくる。
その姿は、まるで化け物鳥が迫ってくるように不気味で、恐ろしい。
叫んでいるのは、もちろん、怖いからだ。
でも、心の中には、別の狙いもあった。
こうやって、自分が注意を引きつけておけば、他のみんながゲブルトに攻撃される心配はない。
でも、敵はゲブルトだけじゃなく、幽霊マントや、動く鎧もいる。
こうしているあいだに、みんなが、そいつらにやられてしまったら――?
「ぐっぐぐぐぐぐぐーっ!」
「ぬっぬぬぬぬぬぬぬうーっ!」
マッサとゲブルトは、どんどんスピードをあげながら、空高く飛び上がっていった。
ときどき、マッサが、ぎゅんぎゅんぎゅーん! と方向を変えて振り切ろうとするけど、ゲブルトも、ぎゅんぎゅんぎゅーん! と同じように曲がって、どこまでもついてくる。
(このままじゃ、まずい!)
マッサは、《二つ頭のヘビ》山脈で、川に落ちたブルーを助けようとしたときのことを思い出した。
足を動かして走るのと同じで、魔法で飛ぶときも、速く飛べば飛ぶほど、どんどん疲れてくる。
今も、少しずつ、飛ぶスピードが落ちてきているのが分かった。
このままでは、魔法の力を使い切って墜落してしまうのも、時間の問題だ。
今、落ちたら、下に集まっている幽霊マントたちに巻き付かれて、たちまち捕まってしまう!
「王子よ、どうした、どうした! さっきまでの勢いが、なくなってきたようだぞ!」
後ろから聞こえるゲブルトの声が、だんだん近づいてくる。
まずい、まずい、本当に、このままでは――
そのときだ。
マッサは、思いついた。