マッサたち、困る
マッサ、ガーベラ隊長、そしてディールは、あたりを警戒しながら、階段をのぼっていった。
なにしろ、塔にいるはずの三人の魔法使いのうち、ドリアスとリアンナは倒したが、まだ、父親のゲブルトが残っているはずだ。
「つうか、息子がコウモリで、娘がクモって、どういう家族なんだよっ!?」
「普通の家族ではなく、魔法を使って、怪物を育てていたのかもしれんな。……それにしても、たった一人でドリアスと対決し、倒すとは! 王子は、すでに一人前の戦士ですね。」
「うん、ありがとう……でも、父親が、一番強いはずだし、油断しないようにしないと……」
隠し部屋に入る前に、マッサたちは念のため、塔の一番上の階まで上がって、ゲブルトがいないかを探した。
油断しているところを、突然襲われたら困るからだ。
でも、一番上の部屋には、様々な魔法の道具が置かれていただけで、ゲブルトの姿は、どこにも見当たらなかった。
マッサとディールが、きょろきょろしていると、
「あっ。」
と、何かを思い出したように、ガーベラ隊長が声をあげた。
「えっ、何?」
「いえ、今、思い出したのですが。王子が《死の谷》に落ちて、ブルーとボルドンが救出に向かっているとき、この塔から、コウモリに似た巨大な影が、北の方に向かって飛び立つのが見えたんです。
もしかしたら、あれが、ゲブルトだったのかもしれません。奴は、王子を《死の谷》に落としたことを、大魔王に報告しに行ったのかもしれない。」
「なんだ、それなら、ちょうどいいじゃねえですか!」
手足のしびれも取れて、すっかり元気を取り戻したディールが、大きな声で言った。
「そいつが戻ってこねえうちに、はやいとこ仕事をすませて、ずらかることにしましょうぜ。俺は、もう、こんな塔に長くいるのはごめんだ。」
「確かに、そうだね……はやく、お母さんを助けて、ここから出よう! こっち、こっち!」
マッサに案内され、隠し部屋に踏みこんだガーベラ隊長とディールは、
「おお……」
と、透明な柱に閉じ込められたマッサのお母さんの姿を見て、しばらく、言葉を失っていた。
「これは……間違いない。昔、お顔を拝見したことがあります。この方こそ、王子の母上であり、この国の若き女王陛下であらせられた、アイナファール姫に違いありません。」
「アイナファール……」
マッサは、その名前を、大事に口の中で言った。
「そうか。お母さんの名前、アイナファールっていうんだね。」
『ええ、そうよ。マッサファール、今、一緒にいるのが、あなたのお友達なのね。』
お母さんの声が響いて、マッサは、誇らしい気持ちで、うんうんと頷いた。
「だが……」
と、ディールが、ものすごく複雑な顔で、口を開いた。
「いや、あのよ。……マッサの前で、こんなこと、本当は、言いたくねえけどよ。これ……姫さん、生きてるか……? こんな、かっちかちで、冷たくなっちゃってよ。しかも、十年間も……」
「えっ、ディールさん、何言ってるの?」
マッサは、びっくりして言った。
「お母さんは、生きてるよ! だって、ほら、声が聞こえるでしょ?」
「えっ?」
「はあ?」
ディールも、ガーベラ隊長も、何を言ってるんだ、という顔をして、マッサを見た。
「えっ……」
マッサは、二人のほうこそ、何を言ってるんだろう、という気持ちで、見返した。
そして、はっと気づいた。
もしかして、今、お母さんの声が聞こえているのは、ぼくだけなんじゃないか?
「お母さん、ねえ、聞こえる?」
『ええ、聞こえているわ。』
「お母さんの声、ぼくだけじゃなくて、他のみんなにも、聞こえてるのかな?」
『と、いうことは、私の声は、あなたの友達には、聞こえていないのね。』
「うん、そうみたい。」
『ここに閉じ込められているせいで、私の魔法は、今、とても弱くなってしまっている。私の血を引いている、同じ魔法の力を受け継いだあなたにしか、心の声が届いていないのかもしれない。』
「そうか……」
マッサは、残念そうに呟いてから、ガーベラ隊長たちを見た。
隊長たちは、何だか、ちょっと心配そうな顔でマッサを見ていた。
それも、無理はない。
隊長たちには、マッサのお母さんの声はまったく聞こえていないから、さっきから、ずっと、マッサがひとりごとを言い続けているようにしか見えないんだ。
「えーと……なあ、大丈夫か、マッサ?」
「うん、大丈夫だよ! 心配しないで。これは、魔法なんだ。お母さんは、魔法を使って、心の声で、ぼくに話しかけてるんだ。」
「心の声、ですか。」
ガーベラ隊長が、疑わしそうに言った。
「しかし……アイナファール姫の魔法の力は、とても強いもののはずです。その気になれば、私やディールにも聞こえるように、お話しになることもできるはずですが……」
「この柱は、大魔王が、魔法で《死の谷》の霧を固めて作ったんだって。」
マッサは、何とか二人に分かってもらおうと、いっしょうけんめい説明した。
「あの霧には、魔法を弱くしちゃう力があるんだ。ぼくも、そのせいで、谷底では飛べなかった。お母さんは、この柱に閉じ込められてるせいで、今は、魔法の力が思い通りに使えないんだ! この魔法を解くことができるのは、大魔王本人か、ぼくのおばあちゃんか、《東の賢者》ベルンデールさんだけなんだって。」
「なるほど。」
ようやく納得がいった、という様子で、ガーベラ隊長が大きく頷いた。
「王子は、アイナファール姫の息子で、同じ魔法の力を受け継いでいるから、王子にだけは、かろうじて、姫の心の声が聞こえているのですね。」
「そう、そう、そういうこと!」
やっと分かってもらえて、マッサは、ほっとした。
ガーベラ隊長は、小さいころに《魔女たちの城》で魔法の勉強をしたことがあるから、さすがに、こういうことの飲み込みがはやい。
「俺には、何が、何だか、さっぱり分かりませんが……とにかく、姫さんは、生きてらっしゃるってことですね?」
「そういうことだ、ディール。まさか、こんなところで、再びアイナファール姫にお目にかかることができるとは! 本当に、すばらしい知らせだ! 《魔女たちの城》の者たちが、このことを聞いたら、どれほど喜ぶことだろう。」
ガーベラ隊長が言い、マッサも、うんうんと頷く。
「そりゃあ、良かった。……しかし……」
ディールは、難しい顔をして言った。
「ここから、どうやって姫さんを助け出すか、それが問題ですぜ。剣や斧で、この柱を叩き割りゃあいい……なんて、簡単には、いかねえだろうし。」
「うん……ぼく、一度、この剣でやってみたけど、無理だった。」
「なにっ!? もう、試してたのかよ。」
「うん。お母さんを助け出すには、とにかく、この柱の魔法を解くしかないんだって。」
「魔法を解く、って言ったってなあ……それができる奴が、ここには、いねえじゃねえか。」
ディールがそう言い、ガーベラ隊長も、難しい顔で言った。
「魔法を解く力を持った人を、ここに呼ぶか……それとも、この柱自体を、そういう人がいる場所に運ぶか、どちらかしかないな。」
「しかし、隊長。大魔王に頼むなんてのは、話にならねえし、《東の賢者》ベルンデールだって、今は、ぎっくり腰で、動けねえって話じゃねえですか。となると、要するに、今の女王陛下に頼むしか、方法はねえってことになる。」
「ぼくの、おばあちゃんに、ってことだよね。」
「ああ。でも、女王陛下にここに来てもらう、なんてのは、無理だろ? 女王陛下は、《魔女たちの都》にいて、そこを守らなきゃならねえんだからな。と、なると、この柱を《魔女たちの都》まで運ぶしかねえ、ってことになるが……こんな、でかい、重そうな柱、いったいどうやって、運びゃあいいんだよ?」