マッサたち、合流する
マッサがらせん階段を駆けおりはじめるよりも、ほんの少し前――
「動くなよ。」
そう言いながら、ディールに向けて剣を振りかぶったガーベラ隊長は、
「ふんっ!」
と鋭い気合いをこめて、振りかぶった剣を、思いっきり投げつけた!
鋭い剣は、ブウウウン! と激しく回転しながら飛び、思わず目を閉じたディールの頭の上――彼を天井からぶら下げていた、魔法のクモの糸を、ぶちん! と一撃で断ち切った。
ガキィィィン! ガランガラン!
剣が向こう側の壁にぶつかり、床の石の上に落ちて、大きな音を立てる。
同時に、縛られたままのディールの体が、どすん! と床に落っこちた。
「痛ってええ!」
何とか、両足から着地し、膝のばねで衝撃をやわらげたディールだったが、全身をぐるぐる巻きにされているせいで、それ以上バランスがとれずに、床に転がり、悲鳴をあげる。
「よし!」
ガーベラ隊長は、笑顔で言った。
「見ろ。ふつうのロープといっしょで、魔法のクモの糸も、引っ張る力には強いが、切る力には弱かったようだな。だから、あきらめることはないと言っただろう?」
「うう……できれば、もうちょっと優しく助けてくださいや……」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、別に……」
ディールがぶつぶつ言っているあいだに、隊長は、投げた剣をすばやく拾いにいった。
そして、ぐるぐる巻きで床に倒れているディールのそばに立ち、改めて剣を構えると、もう一度、
「動くなよ。」
と言い、
「ハッ!」
と、剣を振り下ろした。
その一撃は、ディールの腕や胸を縛り上げていた魔法のクモの糸を、みごとに断ち切った。
残るは、足を縛る糸だけだ。
と、そのとき!
「……ちょっと!? 今の、何の音!? 何事なのっ!?」
らせん階段の上から、鋭く叫ぶ声が聞こえた。
「こら、動く鎧! おまえ、あたしについておいで!」
あの声は、リアンナだ!
「まずい! 隊長!」
「おう!」
押し殺した声でディールが叫び、ガーベラ隊長は、ぱっと壁際に下がると、脱ぎ捨てていた幽霊マントの布を引っかぶり、ふわふわ、ふわふわと、何事もないように漂う真似をしはじめた。
そこへ、素早い足音を立てて、リアンナがらせん階段を駆け下りてくる。
彼女は、ちょうど今、倉庫にある実験室で、ディールに飲ませるための薬を作り終わったところだった。
それを、塔まで運んできたところで、地下から、すごい音が聞こえて、駆けつけてきたというわけだ。
リアンナのあとからは、ガシャン、ガシャンと、重い金属の足音を立てて、動く鎧もついてきた。
「……あらぁ?」
あやしいどろどろの液体が入った鍋を持ったリアンナは、足だけを縛られて床に倒れているディールの姿を見て、すうっと目を細くした。
「あなた、やるじゃないの。あたしの魔法の糸を切るなんて。ますます、気に入ったわ。さあ、これを飲んで、あたしと――」
そう言いながら、鍋を持ってディールに近づこうとしたリアンナは、
「んっ!?」
と、険しい目つきになって、壁際にいた幽霊マントをにらんだ。
「おまえ、こんなところで、何をしてるの? お兄さんに命令されたの?」
幽霊マントは、何も答えない。
その様子をじっと見ていたリアンナの顔色が、はっと変わった。
「おまえ、幽霊マントじゃないね!? 何者――!」
と、その瞬間!
「えええええぇーいっ!」
と、ものすごい声が響くと同時、らせん階段の入り口に立っていた動く鎧が、いきなり真っ二つになって、ガランガランガラーン! と転がった!
「なっ!?」
突然のことに、リアンナが思わずそっちを見た、その一瞬に、
「ハァッ!」
幽霊マントの布を脱ぎ捨てたガーベラ隊長が飛び掛かり、剣をふるって、バサアッ! とリアンナに切りつけた!
「ギャアアアアアッ!」
すさまじい悲鳴をあげて、リアンナは、黒い煙を噴き出しながら、へたへたと床の上に崩れおちていった。
「……むっ!? これは!」
油断なく剣を構えたままのガーベラ隊長が、驚きの声をあげた。
リアンナが立っていた場所には、あやしい薬がこぼれて飛び散り、そこに、彼女の服と、八本足の巨大なクモの死骸が落ちていた。
「こいつの正体は、クモの化け物だったのか。」
「げえっ! じゃあ、俺は、もうちょっとで、クモと結婚させられるところだったんですかい!?」
危ねえところだった、と、ディールが冷や汗をかいて呟いたところに、
「隊長、ディールさん、無事ですか!?」
という声が聞こえて、
「おおっ、王子!」
「マッサかっ!?」
ガーベラ隊長とディールは、目を見張った。
なんと、動く鎧を真っ二つにして、らせん階段から姿を現したのは、剣を手にしたマッサだったのだ。
「あの鎧を一撃で倒すとは、見事なお手並み! それに、王子がご無事で、本当によかった! どうして、急に姿を消してしまわれたのです? 私は、てっきり――」
と、そこまで笑顔で叫んだガーベラ隊長だが、急に、ふっと笑顔を消すと、
「王子。」
と、真剣な顔で言った。
「私の質問に答えてください。あなたの友達、白いふさふさの生き物の名前は?」
「えっ?」
マッサは、急な質問に、目をぱちぱちさせて答えた。
「白いふさふさ……って、ブルーのこと? えっ? ブルーの名前……って、本名の、ブループルルプシュプルーのこと……? どうしたの、急に?」
その答えを聞いた瞬間、ガーベラ隊長の顔が、元通りの笑顔になった。
「よかった……本物の王子ですね。ほっとしました。
何しろ、クモが人間に変身していたくらいですから、私と離れていたあいだに、王子が、変身したにせものと入れ替わっているおそれもある。だから、王子だけが知っているはずのことを質問して、確かめたのですよ。」
「あ……ああ! なるほど、そういうこと!」
マッサも、ほっとして、笑顔になった。
こんなときにも、用心を忘れないなんて、さすがはガーベラ隊長だ。
隊長が、ディールの足を縛っている最後の糸を、ぶつりと断ち切る。
ようやく自由になったディールは、よろよろと立ち上がった。
そんなディールに肩を貸しながら、隊長が叫ぶ。
「さあ、脱出です! 急ぎましょう。」
「待って! まだ、ここを出るわけにはいかないんだ。」
叫んだマッサを、ガーベラ隊長とディールは、不思議そうに見た。
「出るわけにはいかない……って、なぜです、王子?」
「上に、あと一人、どうしても助けなきゃいけない人がいるんだ。」
マッサは、二人の腕をつかみながら、叫んだ。
「上の部屋に、ぼくのお母さんがいるんだ。大魔王に、魔法をかけられて、柱の中に閉じ込められてる。お母さんは、十年間、ずっと、ぼくたちの助けを待ってたんだ!」