マッサ、発見する
一方、その頃、マッサは――
『こっちよ。』
と呼びかける、ふしぎな声のするほうに向かって、らせん階段をのぼり続けていた。
幽霊マントの布の下で、さっきからずっと、片手で《守り石》を、もう片方の手では、剣のつかを握りしめている。
ガーベラ隊長から離れてしまった今、もしも、魔法使いと鉢合わせして、攻撃されたら、自分で何とかするしかない。
『こっちよ!』
急に、呼び声が大きく聞こえたような気がして、マッサは、ぎょっとして立ち止まった。
そこは、らせん階段の途中の、何もない場所だった。
窓もないし、扉もない。
でも、間違いなく、これまでよりも大きく、はっきりした呼び声が聞こえた。
(何だ……?)
ここには、絶対に、何かがある。
そう思ったマッサは、壁を、くわしく調べてみることにした。
石の壁に目を近づけて観察すると、壁の一か所に、目立たない切れ目が入っていることに気づいた。
その切れ目を、ずっとたどっていくと、壁に、大きな四角をえがいている。
これは、きっと、隠し扉だ!
『こっちよ。』
しかも、呼び声は、まさにその隠し扉の中から聞こえてくるらしい。
でも、隠し扉には、ドアノブはもちろん、手をかけられそうなくぼみも、鍵穴さえも見当たらなかった。
もしかしたら、呪文を唱えて開ける、魔法の扉なのかもしれない。
(どうしよう……!?)
マッサは、一瞬、あきらめようかと思った。
こんなところで時間をとっていたら、いつ、魔法使いが階段を上がってきたり、降りてきたりするか分からない。
でも、
『こっちよ。』
と自分を呼ぶ、その声が気になって、どうしても扉の前を離れることができなかった。
(そうだ。)
マッサは、ふと、さっきからずっと握りしめている剣のことを思い出した。
これは、まだ《魔女たちの都》にたどり着く前に、地面の下で、巨大なドラゴンの喉の奥に刺さっていたのを、抜いてあげた剣だ。
『この剣は、ちょっと当たっただけで、何でもスパスパ切れてしまうほど、すばらしい切れ味を持っていますからね。ふつうのさやでは、剣をおさめただけで、パカンと割れてしまう。』
『そうそう! だから、魔法を使う必要がありました。このさやは、私たちが、職人の手の技と、魔法の技を合わせて作り上げた、この世にふたつとない、特別なできばえの品です。どうぞ、大切にしてください。』
《魔女たちの城》の職人さんたちが、そう言って、この剣とさやを、マッサに渡してくれた。
ここまで旅をしてくるあいだは、ずっと背中にかついで運んでいたけど、この塔に潜入すると決まったとき、いつでも抜けるように、腰にさげ直していた。
この剣でなら、もしかしたら――
(石でできている扉だって、切ることができるかもしれない!)
マッサは、幽霊マントの布をいったん脱いで、邪魔にならないように、ベルトにはさんだ。
そして、ぐっと力を入れて、さやから、剣を引き抜いた。
長い刃が、きらりと光る。
剣の重みが、手に伝わってきた。
つかを握りしめている手が、緊張のあまり、汗で滑りそうになる。
マッサは、片方ずつ、手をごしごしと服にこすりつけて拭いてから、隠し扉に向かって立ち、まっすぐに剣を構えた。
ガーベラ隊長やディールの訓練の様子を思い描きながら、ゆっくりと、剣を振り上げる。
一瞬、バランスを崩しそうになったけど、何とか踏ん張ってこらえ、
「やあっ!」
と、気合いとともに、剣を振り下ろした!
カッ! と、思っていたより軽い手ごたえとともに食い込んだ剣は、石でできた隠し扉を、嘘みたいに真っ二つに切り割った。
「わっ!?」
あまりの切れ味に、やったマッサ本人が、びっくりしたほどだ。
そういえば、
『人間タチノ アイダデハ 貴重ナ 武器ダト イワレル モノダロウ。ナニシロ、俺ノ 体ニ 刺サルホド 鋭ク、唾デモ 溶ケナイホド 強イ 武器ダ。』
と、ドラゴンも言っていた。
あの言葉は、本当だったんだ。
まさか、こんなふうに、この剣が役立つときが来るなんて。
あのとき、すすめられた通り、もらっておいて、本当によかった。
割れた隠し扉を、ちょっと押してみると、ガタガタッと動いて、簡単に開きそうだ。
マッサは、慎重に剣をさやにおさめると、なるべく大きな音を立てないように、ゴゴゴゴゴッ……と隠し扉を押し開き、すばやく、中にすべり込んだ。
そこは、明かりも窓も、ひとつもない、がらんとした部屋だった。
でも、明かりがないのに、暗くはない。
部屋の奥にある、巨大な、不思議なものが、あたりに、ぼうっとした光を投げかけていたからだ。
『こっちよ。』
マッサは、目を見開き、吸い寄せられるように、そっちに近寄っていった。
そこにあったのは、大人が三人、手をつないで、やっと抱えられるほどの太さの、透明な、丸い柱だった。
高さが、床から天井まである。
柱自体が、ぼうっと光っていることも不思議だったが、もっともっと、不思議なことがあった。
その透明な柱のなかに、一人の女の人が、眠っているように目を閉じて、閉じ込められていたんだ。
『こっちよ。』
声が聞こえる。
マッサを、ずっと呼んでいたのは、この女の人なのか?
すごくきれいで、優しそうな人だ。
でも、目を閉じた、その表情は、すごく悲しそうだった。
この人は、どうして、こんな部屋で、柱の中なんかに閉じ込められているんだろう。
ディールと同じで、この塔の魔法使いたちに、さらわれてきたんだろうか。
この人は、いったい、誰なんだろう――
透明な柱の目の前まで来たマッサは、そうっと、手を伸ばして、柱の表面に触ってみた。
ガラスのかたまりを触ったみたいに、ひんやりと冷たい。
と、その時だ。
『あなたなの?』
と、これまでになくはっきりした声が聞こえた。
マッサは、柱に触った手の表面から、足の先まで、体中がびりびりっと震えたような気がした。
間違いない。これは、目の前の女の人の声だ。
耳に聞こえる、本当の声じゃなくて、心の声。
この人は、魔法使いだ。
魔法を使って、心の声で、ずっと、ぼくに呼びかけていたんだ。
「ぼくです。」
と、マッサは、小さな声で言った。
「あなたは、いったい、誰ですか?」