マッサ、決断する
魔法使いの塔を、お菓子のバウムクーヘンにたとえるなら、マッサたちが入り込んだらせん階段は、バウムクーヘンの真ん中の穴の中を、ぐるぐる回りながら上り下りする階段だ。
らせん階段のまわりは、石の壁で囲まれている。
門番の、鎧の戦士の目が届かなくなったことを確かめてから、マッサは、
「隊長……」
と、限界までおさえた声で呼びかけた。
でも、ガーベラ隊長は、ちゃんと聞き取ってくれたみたいだ。
「何です、王子?」
「いや、さっきの、鎧を着た戦士! どうするの? あいつが、あそこに立ってちゃ、ディールさんを連れて出られないよ!」
マッサは、聞きつけられないように、ひそひそ声で言った。
今、この瞬間を、他の人から見たら、二体の幽霊マントが、階段の途中に止まって、ふわふわしているようにしか見えないだろう。
「あれは、人間ではありませんよ。」
「えっ?」
「通り過ぎるときに、ちらっと見て、確かめたんです。鎧の中身は、空っぽでした。」
「空っぽ?」
「ええ。多分、この幽霊マントと同じようなしかけで、鎧が、魔法であやつられて動いているだけですね。」
そういうことだったのか。
マッサは、納得して、大きくうなずいた。
あんな目の前を通ったのに、よく、この変装がばれなかったな、と思っていたけど、中身は、人間じゃなかったんだ。
「動く鎧は、それほど、頭がよくないようです。ディールを連れ出すときは、逆に、堂々として、捕虜をよそへ移動させている途中のようなふりをすれば、前を通り抜けることも、不可能ではないと思います。」
「そうか……じゃあ、急いで、ディールさんを探そう!」
マッサは、そう言ったものの、これからどっちへ行けばいいのか、まったく分かっていなかった。
上か、それとも、下か?
「隊長。ディールさんは、どこに捕まってるんだろう?」
「私は、地下だと思います。」
ガーベラ隊長が、まったく迷わず、はっきりと言ったので、マッサは驚いた。
「どうして、地下だって分かるの?」
「確かに、塔の牢屋といえば、一番上の階にあることも多いです。しかし、外から見た塔の最上階には、大きな窓がありました。鉄格子もはまっていない、開けっ放しの窓です。
魔法使いなら、当然、敵が空を飛んで逃げたり、入り込んできたりすることも考えているはず。それなのに、そんな開けっ放しの場所を、牢屋にしているとは思えません。そうとなれば、残るは、地下でしょう。」
「なるほど……!」
ガーベラ隊長の観察力と、説得力のある説明に、マッサは感心した。
「それじゃあ、きっと地下だね。さっそく、降りていこう!」
「ええ。下には、敵もいるかもしれません。戦いになる可能性があります。気を引き締めていきましょう。」
「うん。」
マッサは緊張した声で返事をして、階段をゆっくりと降り始めたガーベラ隊長のあとに続こうとした。
――と、そのときだ。
『こっちよ。』
「えっ?」
マッサは、思わず足を止めて、振り返った。
誰もいない。
暗い、らせん階段が、上へ上へと続いているだけだ。
緊張しすぎて、何かの物音を、声と聞き間違えてしまったのかな?
マッサは、気を取り直して、階段をおりていく方向に向き直り、ガーベラ隊長のあとに続こうとした。
でも、
『こっちよ。』
と、後ろから、また、あの呼び声が聞こえた。
今度は、確かに、本当に、はっきりと聞こえた!
《死の谷》の霧の中をさまよっていたときに聞いたのと、まったく同じ声だ。
ただし、今度の方が、もっとはっきり、近くから聞こえたような気がした。
マッサは、思わず立ち止まり、振り返って、らせん階段の上を見上げた。
『こっちよ。』
その不思議な声は、明らかに、階段の上から聞こえている。
とても優しくて、懐かしいような、その響きに、どうしようもなく引きつけられる。
(誰ですか、ぼくを呼ぶのは!?)
と、できることなら、大声でききたかった。
でも、今、そんなことをしたら、いくら何でも、門番の「動く鎧」に気づかれてしまうだろう。
マッサは、とにかく、隊長にこのことを知らせようと思ったけど、
(あっ、しまった!)
ガーベラ隊長は、後ろでマッサが立ち止まっていることには気づかなかったようで、もう、らせん階段をぐるっと回って、降りていってしまった後だった。
『こっちよ。』
マッサは、迷った。
この不思議な呼び声を無視して、急いで、ガーベラ隊長を追いかけるか。
それとも、呼び声の正体を確かめるために、一人で、らせん階段を上がっていくか?
どう考えても、隊長についていくほうが、安全に決まっている。
でも、マッサは、もう、無視することなんてできないくらい、不思議な声の正体が気になっていた。
いや、でも、待てよ。
もしも、これが、敵の罠だったら?
敵が、魔法の声でマッサをおびきよせて、ガーベラ隊長から引き離し、一人ずつやっつけようとしているんだったら……?
(そうだ!)
マッサは、幽霊マントの布をかぶったまま、大急ぎで胸ポケットに手を突っ込んだ。
そして、おばあちゃんがくれた、きらきら光る魔法の押し葉を取り出した。
この葉がさし示すとおりに進んでいったら、ブルーとボルドンに会えて、《死の谷》から抜け出すことができたんだ。
今回も、きっと、マッサを正しい道へと導いてくれるに違いない――
マッサは、幽霊マントの布をかぶったまま、軽く手を突き出して、さっと押し葉を地面に落とした。
魔法の押し葉は、くるくるくるっと回転しながら、らせん階段の石の上に落ちて、ぴたりと止まった。
その葉の先は、階段を、上がっていく方向をさし示していた。
(よし。)
マッサは、心を決めた。
押し葉を拾い上げて、胸ポケットにしまい、ガーベラ隊長が降りていったほうに背を向けて、一歩ずつ、らせん階段をのぼりはじめた。