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タータさん、作戦を実行する


     *     *     *


 さて、そのころ、魔法使いの塔の中では――


「おい、何だ、このにおいは!?」


 ドリアスが鼻をつまみ、マントをばさばさとはためかせて風を起こしながら、怒鳴っていた。

 そこは、リアンナの実験室だった。

 リアンナが、ごうごうと火をおこしたかまどの前に立ち、真っ赤な顔をして、沼の水みたいな怪しい色をした液体の入った鍋を、ぐるぐるとかき混ぜている。


「くさい! いったい、何の薬を作っているんだ?」


「うふふふふ。秘密よ!」


「何だと?」


 ドリアスは眉をひそめて、そばにある机の上を見た。


「ムラサキイモリの干物に、マキツキグサの実、カラマリソウの茎と葉……おい、これは、惚れ薬の材料じゃないか?」


「ふふーん。」


 リアンナは、そう言っただけで、はっきり返事をしなかった。

 ドリアスは、ひそめていた眉を、ますますひそめて、


「おい。」


 と言った。


「惚れ薬なんか作って、どうする気だ? まさか、地下に捕らえている、あの騎士に飲ませるんじゃないだろうな? お前、どういうつもりなんだ?」


「うふふ……教えなーい。」


「リアンナ!」


「何よ。そんなの、お兄さんには、関係ないじゃなーい!」


 ドリアスを、きっとにらんで、リアンナは言い返した。

 だが、ドリアスも、負けてはいない。


「関係なく、ない! 父上は、あの騎士を殺せとおっしゃったんだぞ。」


「ふん! お父さんにだって、関係ないわ! あたしには、あたしの、考えってもんがあるんだもーん!」


「馬鹿か、お前は! 父上が激怒して、お前をこの塔から追い出すとおっしゃっても、俺は、かばってやらんからな!」


「ええ、かばっていただかなくて、けっこうですよーだ! いいから、さっさと、どっか行ってちょうだい。この薬を完成させるには、まだ時間がかかるし、火加減から、少しも目が離せないんですからね。」


「ええい、馬鹿め、もう、知らん!」


 ドリアスは、バン! と激しい音を立ててリアンナの実験室の扉を閉めると、荒々しい足音を響かせながら、遠ざかっていった。


「ふふーんだ。」


 汗を流して鍋をかき混ぜながら、リアンナは、きらきらと炎の映る目を光らせて呟いた。


「お父さんも、お兄さんも、なーんにも、分かってないわねーっ。あの男が、この薬を飲んで、あたしのことを好きになれば、あたしの言うことは、何でもきくようになるんだから! そしたら、あの男に命令して、王子のところに戻らせて、隙をねらって、王子を殺させちゃえばいいじゃないの! お父さんやお兄さんは、びっくりして、あたしのこと、天才だって言うに違いないわねーっ! うふふふーっ、楽しみ、楽しみ!」



     *     *     *



 それから、しばらくたった頃――


「あっ、見て、タータさん! 出てきた、出てきた!」


 おいしげった葉のすき間から、目だけ出してのぞいて、マッサはささやいた。


『ブルルルルッ! ゆうれいマント、こわい!』


「大丈夫だよ、ブルー。あいつらは、今、こっちには気がついてないから。」


「一、二、三、……三体だな。」


 やっぱり茂みのすき間から、鋭い目であたりを見回し、数えて、ガーベラ隊長も言った。


「どうだ、タータさん。ここからで、やれそうか?」


「ええ。」


 タータさんの声は、マッサたちの、ずっと上のほうから聞こえた。

 タータさんは、木に登り、屋根のように張り出した枝のひとつに、身を隠している。


 ここは、みんなで作戦会議をしていたところよりも、ずっと塔に近い場所だ。

 ついさっき、タータさんとガーベラ隊長、そしてマッサとブルーだけが、茂みに身を隠しながら、ここまで移動してきた。

 隠れて動くには、体が大きすぎるボルドンと、体がきらきら光って見つかりやすいフレイオは、元の場所に残って、マッサたちを待っている。


「では、これから、作戦を、開始します。たぶん、うまくいくとは、思うのですが、もし、うまくいかなかったら、そのときは、力を貸してください。」


「ああ、もちろんだ。」


「ぼくも、戦うよ!」


『ぼく、かむ! ひっかく!』


 作戦というのは、こうだ。

 まず、タータさんが、わざと幽霊マントの注意をひきつけて、近くまでおびき寄せる。

 そして、幽霊マントが近くまできたら、タータさんが、四本の手で、一気に幽霊マントをひっ捕まえ、全速力で走って、塔から離れる。


 この場所は、ガーベラ隊長とフレイオが、ああでもない、こうでもないと話し合って、ようやく決まった、「塔から、ものをあやつる魔法の効き目が届く、ぎりぎりの場所」だ。

 だから、ここから、ちょっと走るだけで、幽霊マントにかかっている魔法が解けて、ただのマントになる……はずだ。


「それでは。」


 タータさんは、まるで綱渡りの名人みたいに、張り出した枝の上にすっくと立ちあがると、手に持っていた、どんぐりみたいな小さくて固い木の実を、ぽーんと空高く投げ上げた。

 投げ上げられた木の実は、暗い空に、虹みたいなカーブを描いて、


 カツーン!


 と、ふわふわ進んでいた幽霊マントたちの、すぐそばに落っこちた。

 幽霊マントたちは、一瞬、人間がびくっとしたときみたいに動きを止めて、それからすぐに、ふわふわ、ふわふわと、あたりを探し回るような動きをし始めた。


「よし、よし。」


 タータさんは満足そうにつぶやいて、もう一つ、木の実を投げた。

 続けて、もう一つ。

 わざと、だんだん、こっちに近づいてくるように、落ちる場所を調整して投げている。


 カツーン! カッツーン!


 幽霊マントたちは、タータさんの思い通りに、木の実が落ちるほうへ――マッサたちが隠れているほう、タータさんが潜んでいる枝のほうへと、近づいてきた。


『ブルルルルッ……』


「しいーっ……」


 茂みの中で、マッサは、ブルーをぎゅっと抱きしめ、もう片方の手では、シャツの下の《守り石》を、しっかりと握っていた。

 となりでは、ガーベラ隊長が、穂先の輝きが目立たないように低く構えた槍を、ぐっと握りしめている。


 カツーン! カツーン!


 幽霊マントは、どんどん近づいてきた。

 そして、とうとう、タータさんが隠れている枝の真下に――


「とうっ!」


 その瞬間、巨大な鳥のように四本の腕を広げたタータさんが、幽霊マントたちの真上に飛び降りた!


 ドスンッ!


 タータさんは、両足で真ん中の幽霊マントを思いっきり踏みつぶし、左右それぞれ二本の腕で、前と後ろにいた二体の幽霊マントを、一気にひっ捕まえて、ぎゅーっと締め付けた。

 捕まえられた幽霊マントたちは、バサバサバサッ! と暴れようとしたけど、タータさんの力が強くて、簡単には抜け出せない。

 でも、


「おっとっ……とっとっ!?」


 踏まれた幽霊マントが、タータさんの足に絡みついて、転ばせようとしている!


「させるかっ!」


 素早く飛び出したガーベラ隊長が、タータさんの足元の幽霊マントにつかみかかり、脱いだ服を乱暴に丸めるみたいに、ぐしゃぐしゃにして、ぎゅーっと胸に抱えた。


「さあっ!」


 タータさんの合図で、ガーベラ隊長も、茂みから飛び出したマッサとブルーも、塔に背を向け、全速力で走った。

 すると、すぐに、


「おっ!?」


 と、ガーベラ隊長が叫んだ。

 それまで、ばたばたと暴れていた幽霊マントが、急に、くたくたっと、力をなくしたんだ。


「魔法が解けたぞ! やはり、あの場所で、ちょうどよかったな。」


「うまく、いきましたねえ!」


 タータさんも、走りながら、ほっとしたように言った。


『うまくいった! タータさん、うまくいった! これで、ディール、たすかる?』


「うん、ブルー、うまくいったよ! でも、ディールさんを助けるためには、ここからが、めちゃくちゃ大変なんだ。」


『めちゃくちゃ!』


「うん。」


 マッサは、走りながら、うなずいた。


「これから、僕たちの中の誰かが、このマントをかぶって、魔法使いの塔に、こっそり、忍び込むんだ。それから、ディールさんの居場所を見つけて……それから、ディールさんを助け出して、それから、無事に、脱出しなくちゃならない!」



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