タータさん、思いつく
* * *
「どうしたの、タータさん?」
急に声を上げたタータさんに、マッサがたずねると、
「隠れて!」
と、タータさんは四本の腕で、マッサと、ガーベラ隊長と、フレイオと、ブルーの頭をいっぺんに押さえつけ、茂みの中に引っ込ませた。
みんなの後ろにいたボルドンは、言葉は分からないけど、その様子を見て、あわてて自分でぐうっと頭を下げ、できるだけ小さくなって、姿を見えにくくした。
タータさんに頭を押さえられながらも、何とか顔を上げて、茂みの葉のあいだから外の様子を見たマッサは、思わず、あっと言いそうになったけれど、何とか我慢した。
「……あいつらだ。」
「ええ。」
小さくひそめた声で言ったマッサに、タータさんがうなずく。
今まさに、塔の方から、三体の幽霊マントが、ふわふわと出てきたところだ。
『ブルルルルッ! なに、あれ? あれ、なに? こわい!』
『ガオッ、グオグオーン……』
幽霊マントを、今初めて見たブルーに、ボルドンが、低く声をかけた。
たぶん、あれが幽霊マントだよ、って、教えてあげているんだ。
「周りの様子を、探っているみたいですね。」
と、タータさんがささやき、
「私たちが、塔に近づいてきていないか、警戒しているんだろう。」
と、ガーベラ隊長が言った。
「敵は、今、ディールの身柄を握っているからな。私たちが、いつ、あいつを助け出しに来るかと、待ち構えているわけだ。」
幽霊マントたちが、こっちまで来たらどうしようかと、全員が緊張したが、三体の幽霊マントたちは、マッサたちが隠れているほうにまでは、近づいてくることはなかった。
そいつらは、塔のまわりをぐるっと回るように、列を作って、ふわふわと漂っていった。
ようやく、幽霊マントたちの姿が見えなくなると、マッサたちは、はあーっ、と長い息をついて、全身の力を抜いた。
「よかった……こっちには来なかったね。やっぱり、幽霊マントは、あの塔から、あんまり遠くまで離れることはできないみたいだ。」
「本当に、どきどきしましたねえ! あっ、思わず、強く押さえちゃって、どうも、すみませんでした。」
タータさんも、みんなを押さえつけていた手をどけて、そう言った。
「やれやれ。」
と、ガーベラ隊長は、腕組みをして唸った。
「敵の守りは固い、警戒も強い。いったいどうやって、ディールを助け出してやればいいのか……」
と、そのときだ。
「あっ。」
「どうしたの、タータさん?」
マッサは、さっきとまったく同じ言葉を、もう一度言った。
タータさんは、あっ! と言った後、塔のほうを見たまま、じっと動きを止めている。
「えっ、何、何? もしかして、ディールさんを助け出す方法を、何か、思いついたの? ねえ、タータさんってば!」
「いや、そういうわけでは、ないんですけど。」
マッサに何度も呼ばれて、タータさんは、ようやくみんなのほうに向きなおった。
「ディールさんを、助け出す方法じゃなくて……ディールさんを助け出すために、あの塔に忍び込む方法を、ひとつ、思いついたんです。」
「えっ!? ……いや、それも、凄いよ!?」
「いったい、どういう方法なんだ?」
ガーベラ隊長も、思わず身を乗り出している。
「ええと、ですね。さっきの戦いで、私たちは、大量の幽霊マントに、もう少しで、やられるところでした。その、大量の幽霊マントを、逆に、利用するというのは、どうでしょう。」
「何だって? どういうことだ?」
「つまりですね。」
タータさんは、長い人差し指を立てて、説明した。
「幽霊マントは、あれだけ、たくさんいるんですから、そこに、ひとつふたつ、偽者が紛れ込んでいても、気づかれにくいと思いませんか?」
「えっ?」
「わたしが考えた方法というのは、要するに、幽霊マントのふりをして、塔に忍び込むことができないか、ということなんです。」
「あっ、つまり……僕たちの中の誰かが、幽霊マントに変装して、塔の中に入り込む、っていうこと!?」
「ちょっと、待ってください。」
と、片手をあげながら割って入ったのは、フレイオだ。
「幽霊マントに変装する、と言ったって、どうやって、変装するんです? あんな色や大きさの布なんて、私たちの誰も、持っていないのに。」
「だいじょうぶ。」
フレイオの、もっともな意見にも、タータさんは、全然あわてなかった。
「布は、にせものじゃなくて、本物を使えばいいじゃありませんか。」
「えっ?」
「あの幽霊マントを、捕まえて、それをかぶって、変装するんです。そうすれば、まさに、本物そっくりに見えるじゃありませんか!」
「なるほど!」
マッサは、思わず叫んだ。
幽霊マントのにせものになるために、本物の幽霊マントを使う、というわけだ。
確かに、それなら、敵にも見破られにくいだろう。
「しかし……」
と、今度は、ガーベラ隊長が、難しい顔をして言った。
「奴らは、ものすごくしぶといぞ。現に、タータさんが連続パンチをくらわせても、私やディールが、槍で真っ二つにしても、ボルドンの爪でばらばらに切り裂いても、奴らは襲いかかってきた。そんな奴らを、捕まえて、かぶるなんていうことが、できるとは思えないのだが……」
「そうですよ! あんなものを、自分からすすんでかぶるなんて、とんでもない。上から締め付けられて、どうにもならなくなるのが、おちですよ。」
「あっ、そうか……」
ガーベラ隊長とフレイオの意見を聞いて、マッサは、がっかりした。
せっかく、いい考えだと思ったのに、言われてみれば、確かにその通りだ。
でも、
「いや。方法は、あると思います。」
と、タータさんは、にこにこしながら言った。
「だって、さっき、ガーベラさんが、はっきり言っていたじゃないですか!」
「なに? ……私が?」
急に言われて、ガーベラ隊長は、目を丸くした。
「私が……ん? 私が、何を、言ったって?」
「『ものをあやつる魔法は、自分との距離があまりにも遠くなれば、効かなくなる。』……ガーベラさんは、さっき、そう言っていました。――と、いうことはですよ。暴れる幽霊マントを、ひっ捕まえて、こっちまで引っ張ってくれば、魔法がとけて、ただの布に戻るんじゃないでしょうか?」
「……おお、なるほど!」
そこには気づかなかった、というような表情で、ガーベラ隊長は、ぽんと手を叩いた。
「確かに……魔法をかけた者からの距離が開きすぎて、操り人形の術が効かなくなれば、その品物は、もとの、何の変哲もない品物に戻るはずだ。」
「おおーっ!」
と、マッサは一瞬、笑顔になってから、
「いや、ちょっと、待って!」
と、すぐに気がついて、言った。
「そのあと、誰かが、その布をかぶって、塔に忍び込むわけでしょ? 塔に近づいていったら、もう一度、魔法の効き目がよみがえる……なんてことに、なったりしない?」
「……いや。」
昔、魔女たちの城で習ったことの記憶を必死に思い返しながら、ガーベラ隊長は、大きく首を横に振った。
「そういうことは、ないはずです。一度、魔法が解けた品物は、もう一度、魔法をかけ直さないかぎりは、ただの品物のままだ。……そうだな、フレイオ?」
ガーベラ隊長に、確認を求められたフレイオも、しばらく考えてから、
「ええ、確かに、その通りです。一度、解けた魔法は、もう一度かけ直すまで、元に戻ることはありません。」
と、重々しくうなずいた。
「やった!」
マッサは、思わず、タータさんの背中をぽーんと叩いた。
「タータさん、すごいアイデアだよ! この方法でなら、ディールさんを助けてあげられるかもしれない!」
「いやあ、そう、褒められると、照れますねえ。」
タータさんは、少し顔を赤くして、四つの手で、ぽりぽりと頭をかいた。
「照れている場合ではないぞ。」
もう、次のことを考え始めているガーベラ隊長が、きびきびと言った。
「こうと決まれば、具体的な作戦を立てなくては。我々のなかの誰が、どうやって、敵に気づかれずに、幽霊マントを捕まえるか。それが問題だ。」
「大丈夫。」
と、またしても、自信ありげに言ったのは、タータさんだった。
「それは、わたしがやります。そのための方法も、もう、思いついてるんです!」
驚くみんなを、いたずらっぽく見返して、タータさんは、にっこり笑った。
「まあ、ここは、わたしに、任せてくださいよ。さっそく、行動開始です!」