ディール、とらわれる
その頃。
「ちっくしょう、この、このこのこのーっ! 放せ、おろせ、ほどきやがれーっ!」
タータさんが想像したとおり、捕まったディールは、魔法使いの塔の中で、わあわあ言っていた。
ここは、魔法使いの塔の地下だ。
長いらせん階段を、ぐるぐる降りた一番下が牢屋になっていて、ディールは、そこに囚われていた。
囚われている、といっても、ふつうの牢屋のように、鍵のついた鉄格子に閉じ込められているわけではない。
リアンナが生み出した魔法のクモの糸で、首から下をぐるぐる巻きにされて、天井から、ぶらんと空中にぶら下げられている。
背の高い大人――たとえばタータさんが、床に立って思いっきり手を伸ばしたら、やっとつま先に指がかするかどうか、という高さだ。
ディールは、さっきから必死に体をよじったり、足の先をばたばたさせたりしているが、魔法のクモの糸は、まったくゆるむ気配がない。
「おい、おまえ! 聞いてるのかよっ!? さっさと、俺を、地面におろせっ!」
「いーやーよーっ!」
ディールの怒鳴り声に、まるで馬鹿にするような調子で答えたのは、リアンナだった。
彼女は、捕まえたディールの様子を見るために、らせん階段を降りてきたところだ。
「だって、地面におろしたら、あなた、ここから逃げていっちゃうでしょーっ?」
「当ったり前だろうがっ! いや、その前に、おまえをぶっ倒す! 大嘘をついて、俺たちをだましやがって!」
「あっははははーっ! 何、言ってるのーっ? そんなの、だまされるほうが、悪いに決まってるじゃないのーっ!」
「ぬぐぐぐぐーっ!」
ディールはかんかんになって、じたばたと暴れたが、クモの糸でぐるぐる巻きに縛られているので、空中で、むなしくもごもご動いて、回転するだけだった。
「だいたいねえ。あなた、さっきから、あたしに腹を立ててるみたいだけど、それって、大間違いよ。反対に、感謝してもいいくらいなのよーっ?」
「はあ!? 意味がわからねえ! なんで、俺が、おまえなんかに感謝しなきゃならねえんだ!」
「だって、お父さんは、あたしに、あなたをさっさと殺しちゃいなさい、って言ったのよーっ? でも、あたしは、うまくごまかして、あなたをかばってあげたの。つ・ま・り、あなたが今、こうして生きていられるのは、全部、あたしのお・か・げ、っていうことじゃなーい!」
「ばっかやろーっ! そっちが勝手に捕まえておいて、何を、恩着せがましいことを言ってやがる!? 俺はなあ、おまえなんかに命を助けられるくらいなら、死んだほうがましだっつうの!」
「あらあ?」
ディールを見つめるリアンナの目が、ぎらりっ、と光った。
「そうなの? ……あなた、本当に、死んだほうがましだって、そう思っているの?」
ディールは、「当たり前だろうがっ!」と怒鳴り返そうとして、ぐっと、言葉に詰まった。
さっきまでの、ふざけたような態度のときとは違って、リアンナの目つきには、危険な迫力があったからだ。
今、ディールは、武器も持っていないし、ぐるぐる巻きにされているせいで、身動きひとつとれない。
もしも、リアンナを本気で怒らせたら、本当に殺されてしまうかもしれない――
ディールが黙り込んだのを見て、リアンナは、うふふふふ、と笑った。
「そう、そう。あたしと話をするときには、よーく考えて、ものを言ったほうがいいわよ。だって、あなたの命は、今、このあたしが握っちゃってるんですからねーっ!」
「……何が、狙いだ。」
怒鳴りたくなるのを、ぐっとこらえて、ディールは静かに言った。
「おまえの親父は、俺を殺せって言ったんだろう。それなのに、おまえは、わざわざ、俺をこんなところにぶら下げて、一体、何がしてえんだ?」
そう尋ねながらも、ディールは、だいたい、相手の答えそうなことが分かっていた。
敵が、自分を生かして捕まえた理由なんて、ひとつしか考えられない。
つまり、自分を人質にして、残った仲間たちを、ここにおびき寄せるためだ。
(くそーっ、俺としたことが、隊長やマッサたちに、とんでもねえ迷惑をかけることになっちまったぜっ!)
ディールは、両手さえ動かせれば、自分で自分に連続パンチを入れたい気分だった。
《死の谷》に墜落したマッサが、今、どうしているのかは分からない。
だが、マッサは絶対に生きているはずだ、と、ディールは確信していた。
《守り石》の力が、マッサの命を守ってくれたはずだからだ。
それに、助けにきたボルドンの背中に乗って、タータさんとガーベラ隊長は、何とか脱出できただろう。
隊長たちは、知恵と力を合わせて、何とか、マッサを助け出すに違いない。
(まったく……それなのに、よりにもよって、この俺が、こんなところで、ふん捕まっちまってるとはな……)
ディールが苦い顔をしていると、
「あたしのねらいが、何なのか、知りたいっていうの?」
リアンナが、妙に優しげな顔でにっこりしながら、言った。
「そんなに、知りたい? それなら、教えてあげるわ! あのねえ、あたしは、あなたが気に入ったの。だから、さらってきたのよ!」
「……はあ?」
予想と全然違うことを言われて、ディールは、思わず目を丸くした。
「だって、初めて会った時から、あたし、あなたのことが気に入っちゃったんだもの! 顔もいいし、力も強そうだし。ほんと、あたしの結婚相手に、ぴったりじゃなーい!」
「……はあああああーっ!?」
ディールは、相手を怒らせたら自分の命がなくなるかもしれないということを、思わず忘れて、腹の底からの大声で怒鳴った。
「ばっ、ばっ、ばっかやろーっ! だーれが、おまえみたいな根性の悪い魔女と、結婚なんかするかってんだ!」
「あらーっ? 嫌なの?」
「当ったり前だろうがっ!」
「そう? ざーんねん。それじゃ、しかたないわね。あなたに魔法の薬を飲ませて、心を操って、あたしのことが好きになるようにしちゃおーっと。」
「何いっ!? おい、こら! そういう、きたねえやり方をするなってんだよ!」
「えーっ? じゃあ、あなた、あたしと結婚する気があるの?」
「あるか、そんなもん! 嫌に決まってるだろっ!」
「じゃあ、やっぱり、魔法の薬で心を操って、あたしのことを無理やり好きになってもらうしか、ないわねーっ!」
ディールの話をまったく聞かず、リアンナはにこにこしながら言った。
「あたし、今から、その薬を作ってくるわ。できあがったら、飲ませてあげるわね! 楽しみに、待っててちょうだい!」
「おいっ!? 待て、こら! そんなことしたって、無駄だぞ! そんな薬、俺は絶対に、絶対に、絶対に、飲まねえからなーっ!」
声を限りに叫び、宙づりでぶらぶら揺れているディールを振り返りもせず、リアンナは軽やかにらせん階段を駆け上がっていった。
薄暗い牢屋に、ひとり取り残されて、
(こいつは……まずいぜ。)
ディールは、さすがに、顔を青ざめさせた。
(そんなおかしな薬を飲まされちまったら、俺は、もう、隊長やマッサたちと旅ができなくなっちまうかもしれねえ! うおおおお! 許すか、そんなことっ!)
ディールは、魔法の糸でぶら下げられた体を、思いっきり前後に揺らし、ぶらんこを漕ぐようにして、どんどん、揺れの幅を大きくしていった。
(絶対、リアンナが薬を作って戻ってくる前に、脱出してやるぜっ! あんな娘と、無理やり結婚なんか、させられてたまるかーっ!)