マッサ、気持ちを伝える
「ええーっ!?」
マッサは、またまた気絶しちゃうんじゃないかというくらい、びっくりした。
まさか、あのディールが、敵に捕まってしまうなんて!
「大変だ。じゃあ、すぐに、助けにいかないと!」
「もちろん、そうしたいところですが。」
と、ガーベラ隊長が、難しい顔で言った。
「しかし、このまま突っ込んでいっても、また、同じことになるのは目に見えています。なにしろ、相手は、大量の幽霊マントを一度に操って、攻撃してくるのですからね。さっきのように、一気にかかってこられて、顔を何重にも覆われてしまったら、もう、どうしようもない。」
「それに、マッサを撃ち落とした、あの魔法使いだっていますよ。」
タータさんも、難しい顔で言った。
「それに、ディールさんを捕まえた、リアンナもいますからね。これは、強敵ですよ。」
「ううーん……」
マッサは、唸った。
さっきは、だまされて、不意打ちを受けたけれど、今回は、全員、心の準備がしっかりできている。
でも、だからといって、勝てそうか、と言われると、まったく自信はなかった。
まず、あの大量の幽霊マントを相手に、どうやって戦ったらいいのか分からない。
それに、二人のてごわい魔法使い、ドリアスとリアンナが待ち受けている。
いや、待てよ。
敵の魔法使いは、二人だけじゃない。
リアンナの話に出てきた「お父さん」というのも、いるはずだ。
さっきは姿を見せなかったけれど、ドリアスとリアンナの父親だというからには、そいつも、大魔王の手下のはずだし、たぶん、ドリアスやリアンナよりも強いはずだ。
「えーっ……どうしたらいいんだろう!?」
マッサが唸っていると、
「あのう。」
と、フレイオが、横から手を挙げて、言った。
「どうしても、助けにいかなくては、いけませんか?」
マッサのとなりで、ガーベラ隊長が「何だって!?」と、目を大きくしたけど、マッサは、隊長がそれ以上何か言う前に、さっと片手をあげて、おさえた。
「じゃあ、フレイオは……ディールを助けに行きたい、とは、思わないっていうこと?」
「ええ、まあ、行きたいか、行きたくないか、で言えば、私は、行きたくないです。」
「はっきり言いますねえ……」
と、横から、タータさんが、もはや感心するというような調子で呟く。
「しかしですね。」
と、フレイオは平然と続けた。
「そういう、私の個人的な気持ちの問題は、わきに置いておくとしても……やはり、私は、助けに行かないほうがいい、と思います。
そもそも、敵はなぜ、ディールを殺さず、生かしたまま捕まえたのか? これは、どう考えても、人質として利用するために違いありません。奴らは、こちらがディールを取り返すために戻ってくるのを待っているんです。それが分かっているのに、敵が待ち構えているところへ、わざわざ飛び込んでいくのは、愚の骨頂です。」
『グノコッチョーって、なに? おいしいの!?』
久しぶりに出たブルーの「おいしいの!?」に、マッサは、少し、ずっこけそうになりながら、
「これ以上ないほど、ばかなこと、っていう意味だよ。」
と、教えてあげた。
たぶん、ブルーは、スープなんかに入っている「具」のことと勘違いしているんだ。
「フレイオ。あなたの言いたいことも、分かる。しかし――」
「いえ、それだけではないんです。」
フレイオの言葉をさえぎって話し始めようとしたガーベラ隊長を、さらにさえぎって、フレイオは続けた。
「今、言ったのは、理由のひとつめです。ふたつめの理由もあるんです。
そもそも、魔女たちの予言は、どういうものだったか、思い出してみてください。こうではありませんか? 『王子と七人の仲間が、大魔王を倒して、世界を救う』――」
「そう、その通りだ。間違いない。」
ガーベラ隊長がうなずくと、フレイオも、大きくうなずいた。
「そうでしょう? では、ここで、考えてみてください。
『王子』と『七人の仲間』です。この『王子』というのが、マッサであることは、誰がどう考えても、間違いありませんね。」
「そりゃ、そうですよ。」
うんうん、とうなずきながら、タータさんが言った。
「女王陛下だって、そう認めています。だって、マッサは《守り石》も持っているし、空を飛ぶ魔法だって、使えるんですから!」
「そうですね。……さて、ここで、もう一度、よく考えてみてください。『七人の仲間』のほうは?」
しばらくのあいだ、その場は、しーんとした。
みんな、フレイオが、いったい何を言おうとしているのか、すぐには分からなかったからだ。
「『王子』は、この世に、ただ一人しかいない。それがマッサだということは、疑いようがありません。
しかし『七人の仲間』は? それがいったい、誰のことなのか、はっきりしたことは、分からないじゃありませんか。
分かっているのは、人数だけです。つまり、マッサと大魔王が対決するときに、ほかに七人、そろっていれば、問題はないわけです。
ということは、別に、それがディールじゃなくても、いいんじゃありませんかね?」
「何を言う、フレイオ! 私は――」
さすがに怒鳴りかけたガーベラ隊長を、もう一度、手の動きで「落ち着いて。」と止めながら、マッサは、フレイオの顔を、じっと見つめた。
フレイオの顔は、真剣で、まじめそのものだ。
たぶん、フレイオは、今の言葉を、完全に本気で言っている。
「フレイオ。」
マッサは、そんなフレイオの目をまっすぐに見て、静かに言った。
「仲間っていうのは……友達っていうのは、いなくなったから、その人の代わりに、もう一人いれて、はいオーケー、っていうものじゃ、ないんだ。
友達っていうのは、その人じゃないとだめなんだ。その人がいないと、さびしいんだ。
ぼくは、ディールさんがいなくなったら、さびしい。だから、絶対、助けるよ。
みんなが、ぼくを助けてくれたみたいに、ぼくは、ディールさんを助けてあげたい!」
「よくぞ、言ってくださいました。」
となりで大きくうなずいて、ガーベラ隊長が言った。
「私も、同じ気持ちです。
フレイオが言うとおり、たしかに『七人の仲間』という人数も、大切であることは間違いない。
だが、それ以前に、私にとって、あいつは『銀のタカ』隊でずっと一緒に戦ってきた、大切な仲間だ。そんな仲間を、敵の手に渡したまま見捨てるなど、隊長として――いや、私という、一人の人間として、そんなことは、絶対にできない。」
「ディールさん、絶対、今ごろ、牢屋の中で、わあわあ言ってますよ。」
そのとなりから、タータさんも言った。
「でも、わたしたちが、助けに行ってあげなかったら、がっかりして、わあわあ言う元気もなくなっちゃいますよねえ。そんなの、気の毒じゃないですか! 私は、わあわあ言ってるディールさんが好きですよ。なんだか、にぎやかで。」
「それは、単に、うるさいだけなのでは……」
フレイオが、思わず、ぼそっと言う。
『ぼくたち、マッサ、たすけた!』
その足元で、ブルーが叫んだ。
『だから、ディールも、たすける! フンムッ!』
ブルーが、ちっちゃな力こぶを作ると、それに合わせて、
『グオオオオーン!』
と、ボルドンも、ブルーの千倍くらいありそうな力こぶを作って吠えた。
「フレイオ。」
あらためて、マッサは言った。
「フレイオが、ディールとあんまり仲がよくないことは、分かってる。助けにいくのが、どうしても嫌だったら、ここで待っててくれてもいい。でも、ぼくは、どうしても、ディールさんを助けにいく。その気持ちは、分かってほしいんだ。」
フレイオは、しばらくのあいだ、黙ったまま、マッサの顔をじっと見つめていた。
やがて、彼は、ぷいっとマッサから顔をそむけた。
「……仕方がありませんね。」
フレイオは、魔法使いの塔のほうを向いていた。
そして、大きなため息をつきながら言った。
「いったい、どうするつもりなんです? あいつを助け出すために、何か、いい方法でもあるんですか?」
「いや、全然。それが、問題なんだよなあ……」
と、マッサが情けなさそうに唸った、その瞬間だ。
「あっ。」
と、何かに気づいたように、小さく声をあげた人がいる。
それは、タータさんだった。