マッサと空笛のひみつ
「あ、あ、あ、あの。」
そいつが、だまって目の前に立ったので、マッサは、とにかく何か言ったほうがいいと思って、ふるえ声であいさつをした。
「こんにちは。あの……ぼくたちのこと、たすけてくださって、ありがとうございました。」
すると、そいつは、銀色のかぶとをかぶった顔を、マッサのほうに、ぐっと近づけてきた。
「うわっ。」
かみつかれるかもしれない、と思って、マッサは、ぎゅっと体をちぢめた。
そいつは、槍を持っているのと反対側の手を上げて、自分のかぶとに当てた。
すると、かぶとの、目をかくしていた部分が、シャッと上にあがった。
かぶとの中に見えたのは、マッサと同じ、人間の目だった。
ものすごくきれいな、空の色をした目だった。
「お前は、何者だ。」
そいつは、低い声で言った。
そして、体を起こすと、マッサのほうに、槍の先を向けてきた。
「なぜ、こんなところに、子供が、ひとりでいる? お前は何者で、どこから来た? 答えろ! 十かぞえるうちに、正直に答えなければ、おまえを、この槍でくしざしにしてやる。」
「ええっ!?」
マッサは、刃物を向けられたことなんて、これまでの人生で一回もなかったので、こわすぎて、おしっこがもれそうになった。
「やめてください! ひとごろしは、犯罪ですよ!」
「私がきいているのは、お前が、何者で、どこから来たかということだ。無駄なことを喋らず、質問に答えろ。あと五秒。」
そいつの喋り方は、すごく厳しく、冷たくて、ちゃんと答えなかったら、ほんとうに、化け物鳥と同じようにくしざしにされてしまいそうだった。
「ぼ、ぼ、ぼくの名前は、マッサです。」
マッサは、泣きそうになって言いながら、必死に考えた。
名前は、いいけど、自分が、どこから来たかを、どうやって説明したらいいんだろう。
自分は、あの、ふしぎな「穴」を通って、こっちの世界に来たけど、そんなことを言って、信じてもらえるんだろうか。
それに、もう、あの「穴」は、なくなってしまった。
化け物鳥の体当たりのせいで、木が折れて、穴は、消えてしまったんだ。
証拠を見せろ、といわれても、みせる証拠がない。
マッサが、家に帰る方法も、なくなってしまった。
そのことを考えると、本当に、ぼろぼろ、涙が出てきた。
「あの……ぼくは……この森の中を、こっちに歩いてきたら、ここで、あの化け物鳥におそわれて……家に帰れなくて……それで、食べられそうになってるところに、あなたが来たんです。」
「ほう。」
マッサが、いっしょうけんめい説明すると、翼を持ったふしぎな騎士は、槍をひっこめた。
「森の中で、迷っていたのか?」
「はい……あの……ぼくの帰る家は、この、森の中に、あったんですけど……化け物鳥に、壊されちゃって、帰れなくなって……」
マッサは、嘘はついていないけど、「穴」のことは言わずに、ちょっと話をごまかした。
「家族は?」
きびきびとたずねられて、マッサは、あいまいに首をふった。
もう、家に帰ることができなくて、おじいちゃんに会うこともできないと思ったら、また、涙が出てきた。
おじいちゃんに腹を立てたことがきっかけで、ここに来ることになったけど、もう、二度と会えないようになると知っていたら、あんなに怒らなかったのに、と、後悔する気持ちで、胸がいっぱいになった。
「そうか。おまえは、化け物鳥に、家を壊されて、家族を食べられてしまったんだな。かわいそうに。」
マッサの説明を聞いて、マッサが泣いている様子を見た騎士は、そう言って、かってに納得した。
ちょっと違う、と思ったけど、マッサは、あえて、何も言わなかった。
本当のことを、ぜんぶ説明しようと思ったら、「穴」のことや、元の世界のことも言わないといけなくなって、話がややこしくなると思ったからだ。
そのときになって、ブルーが、やっと、気絶から目を覚まして、はっ! と、起き上がって、きょろきょろ、あたりを見回した。
騎士が、ふしぎそうに言った。
「そういえば、おまえがつれている、その、白いもじゃもじゃは、いったい何の生き物だ?」
『もじゃもじゃじゃない! ブルー!』
ブルーが、かんかんに怒って叫ぶと、騎士はおどろいて、目を丸くした。
「うわっ。もじゃもじゃが喋った。」
『もじゃもじゃじゃない! ブルー!』
「あの、これは、ブルーです。何の生き物かは、ぼくにも、分からないんですけど……森の中で会ったんです。ぼくの友達です。」
『ともだち!』
ブルーは、じまんそうに言って、マッサのリュックサックの上に乗った。
「そうか。」
騎士は、別にどうでもよさそうにそう言うと、急に、空を見上げた。
ヒュウウウウウゥゥ――
また、あのふしぎな物音が聞こえた。
かん高い、風の音のような、口笛のような音だ。
その音は、騎士の顔のあたりで、鳴っているように聞こえた。
「あのう、その音は、なんですか?」
「空笛だ。」
騎士は、またどうでもよさそうに言って、ヒュウウウウウゥゥ――という音を出し続けた。
よく聞くと、微妙に、音が上がったり下がったり、速さがかわったりして、まるで、喋っているみたいに聞こえた。
「その、空笛は、何のために吹いているんですか?」
「ああ、もう、うるさい。よく喋る子供だな。話がとぎれるじゃないか。」
騎士は、そう言って怒ったけど、ちゃんと説明はしてくれた。
「私たち、翼の騎士は、空で戦うのだ。空の上は、風の音がうるさくて、ふつうの声では話ができない。だから、兜の内側につけた空笛の音で、仲間と話をするのだ。この音ならば、離れていても、お互いに、よく聞こえるからな。」
「えっ、じゃあ、今も、仲間と話をしていたんですか?」
「そうだ。私の部下たちを呼んでいたのだ。さっき、返事が聞こえた。彼らは、もうすぐ、ここに到着するだろう。」
『あっ!』
何でもすぐに見つけるブルーが、叫んで、空を指さした。
まるで鳥のむれのように、青い空に、点々と、いくつもの影が見えだした。
翼の騎士たちが、こちらに向かって飛んできたのだ。