仲間たち、逃げる
* * *
「ああっ!?」
顔をねらって巻き付いてこようとする幽霊マントを、必死に払いのけながら、ディールは悲鳴のような声をあげた。
空中で黒マントの魔法使いと戦っていたマッサが、大爆発に巻き込まれて、ひゅうーんと、流れ星みたいに落っこちていくのが見えたからだ。
あの方向だと――
まずい、マッサが落ちていったのは、《死の谷》のほうだ!
「マッサ、マッサー! ちくしょう、こら、おまえら、どきやがれーっ!」
ディールは、必死に幽霊マントをかき分けて、マッサが落ちていったほうに向かおうとしたが、高い塀のせいで、マッサがどうなってしまったのかは、まったく見えなかった。
「むぐっ! むぐーっ!」
と、後ろから、苦しそうに唸る声が聞こえて、ディールは、はっと振り返った。
大変だ。
隊長と、タータさんが、完全に顔まで巻き付かれて、灰色のかたまりから、手足の先だけがちょっと出ているような状態になっている!
鼻と口をふさがれて、息ができなくなったら、窒息して死んでしまうのは、時間の問題だ!
「やめろ、おらああああ! てめぇら、どけえええ!」
ディールは、渾身の力で槍を振り回そうとしたが、
ババババババッ!
と、何枚もの幽霊マントが、四方八方から襲いかかってきて、ディールもたちまち、頭からつま先まで、完全に幽霊マントに巻き付かれてしまった。
「ううっ!」
苦しい! 息ができない!
もがいているうちに、どんどん息苦しくなってきて、意識が、ふうっと遠くなりかけた――
その瞬間だ!
『グオオオオオオオオッ!』
何重にも巻き付いた幽霊マントの外からでも聞こえるくらい、ものすごい吠え声が、ディールの耳に届いた!
(……ボルドンかっ!?)
そのとおり、ボルドンだ。
ボルドンが、みんなを助けにやってきたんだ!
『ウオオオオオーッ!』
と叫んで、しげみを飛び出したボルドンは、ドドドドドドーッと突っ走り、そのままの勢いで、ダァーン! と、高い塀を、あっという間に飛び越えた。
ドシーン! と着地したボルドンは、みんなが幽霊マントに巻き付かれて、やられそうになっているのを見ると、かんかんに怒って、グオオオオオーッと吠えた。
そして、一撃で岩をも砕く爪を振り回し、バサバサバサァーッ! と、飛びかかってくる幽霊マントたちを、右に左になぎ払った。
『ウオン、ウオーン! ガオーン!』
助けにきたよ! と叫んで、ボルドンは、まず、巻き付かれすぎて灰色のかたまりみたいになっている隊長を、幽霊マントごと、がしっとつかんだ。
そして、中にいるガーベラ隊長を、真っ二つにしてしまわないように気をつけながら、巻き付いている幽霊マントを、鋭い爪を使って、バリバリバリーッ! とはがした。
「ぷはあっ……!」
窒息しかけていたせいで、真っ赤な顔をしてふらふらしている隊長を、ひょいっと背中に乗せたボルドンは、同じように、タータさんも、バリバリバリーッ! と助け出して、
「ふはあああぁ……」
と、よろよろしているタータさんも、背中に乗せた。
そして、最後に、ディールも、バリバリバリーッ! と助け出して、
「ぐえええぇ……」
と、うなっているディールも、軽々と、背中に乗せた。
『ウオ、ウオーンッ!』
さあ、逃げるぞ!
ボルドンは勢いよく走り出そうとしたが、幽霊マントたちはしつこかった。
真っ二つになったものや、ぼろぼろの切れ端になったものまで、地面から舞い上がって、再び飛びかかってくる。
『ガオガオ、グオーッ!』
目や鼻をねらってふさごうとしてくる幽霊マントを、大きな腕で、ババババ! と振り払って、ボルドンは、もう一度走り出した。
と、そのときだ!
ビシュウーン!
と、何かが飛んでくるような音がして、ボルドンの背中にしがみついていたディールの体を、白い何かが直撃した!
「うおおおおおっ!?」
「ああっ、ディール!?」
ディールの体が、空中に浮かび上がる。
ガーベラ隊長が、とっさに手を伸ばしてディールの足をつかもうとしたが、その指先は、飛んでいくディールのブーツの裏をかすっただけだった。
「ああっ、あれは!」
タータさんが叫んだ。
「もーうっ、兄さん、何よ、しっかりしなさいよーっ! 起きて起きて、王子の仲間が、逃げちゃうじゃないのーっ!」
何もない空中に浮かんで、大声で文句を言っているのは、リアンナだった。
リアンナは、ぐったりと気絶した黒マントの男を、片手で何とか抱きかかえている。
どうやら、マッサと対決し、爆発に巻き込まれて落ちてきたところを、彼女が受け止めたらしい。
そしてリアンナは、もう片方の手を突き出し、そこから、クモの糸のようにねばねばした魔法の糸を出して、ディールの体をからめとり、空中にぶら下げていた。
「おのれ、あの娘も、魔法使いだったのかっ!」
ガーベラ隊長は、悔しそうに言ったが、今は、どうすることもできない。
ここでぐずぐずしていては、今度はボルドンまでいっしょに、幽霊マントたちに巻き付かれてしまうだろう。
「うおおおっ! てめえ、リアンナ! よくも、俺をだましやがったな、嘘つきめ! このこのこのーっ! ほどけ、はなせ、下ろしやがれーっ!」
魔法の糸にぐるぐる巻きにされ、両足をばたばたさせて暴れるディールの声が、あっという間に遠ざかる。
ガーベラ隊長とタータさんだけを背中に乗せたボルドンは、しつこい幽霊マントを振り払い、ダァーン! と高い塀を飛び越えて、魔法使いの塔から逃げ出した。