マッサ、激突する
* * *
『ガウガウ、ガーウ?』
『すきな、たべものは? って、きいてる!』
「はあ……まあ、青色の炎とか、紫色の炎とかですね。」
『わかった。ボルドンに、おしえる! ゴルルッ、ガーウ、グルルル、ガーウ。』
『ウオーッ、グオングオン、ガオーン。』
『いわも、おいしいよ! って、いってる!』
「はあ……」
茂みの中に残ったボルドン、ブルー、フレイオたちは、さっきから、いろんなことをお喋りしていた。
お喋りといっても、楽しそうに質問したり、話したりしているのはだいたいボルドンで、フレイオは、ちょっと面倒くさそうに返事をしているだけだったが、とにかく、会話は続いている。
いや……フレイオは、面倒くさそうというよりも、どこか『心ここにあらず』という感じだった。
さっきから、口では、
「はあ……」
と返事をするけど、その目は、ボルドンやブルーのほうを見ていない。
ずっと、塔のほうばかり見ている。
『フレイオ、ほんとは、いきたかった?』
「えっ?」
ブルーに言われて、フレイオは、赤く輝く目をぱちぱちさせた。
「いいえ。……別に。……さっきも言ったでしょう? 私は、魔法使いですから、私が行くと、話がややこしくなるかもしれない。」
『そう?』
ブルーは、青い目をぱちぱちさせてから、いきなり、
『じゃあ、つぎは、フレイオが、ボルドンに、しつもん!』
と言った。
「ええ?」
フレイオは、困ったような顔をして、しばらく黙っていたが、だいぶ経ってから、ようやく口を開いた。
「あー……まあ、それじゃあ……あー……あなたが、一日のうちで、いちばん――」
と、そのときだ。
嬉しそうにフレイオの言葉を聞いていたブルーが、急に、はっとして、顔を塔のほうへ向けた。
ブルーだけじゃない。
ボルドンも、「グオッ?」と唸って、塔のほうに顔を向けた。
「えっ? 何ですか? 急に、どうしたんですか?」
『いま、こえがした!』
『ガオッ!』
フレイオが戸惑っているあいだに、ブルーとボルドンは、耳をぴんと立てて、塔のほうをじっと見つめた。
フレイオの耳には、何も聞こえてこなかったが、ボルドンとブルーの鋭い耳には、かすかにだが、はっきりと、みんなの声が聞こえてきた。
『ほら、また!』
『ガルルルーッ!』
『たいへん! みんな、うわーって、さけんでる! マッサが、たすけてーって、いってる!』
「ええっ? ……いや、何も聞こえませんよ。空耳じゃないんですか?」
『ちがう、ちがう! きこえる! たいへん!』
と、そのときだ。
『グオッ!?』
ボルドンが叫んで、みんなは、いっせいに空を見上げた。
塀の内側から、何か、大きな灰色のかたまりみたいなものが、びゅーん! と空に向かって飛び上がっていくのが見えたからだ。
その灰色のかたまりから、何か、布のようなものが、ばらばらとはがれ落ちていく。
みんなには、最初、それが何なのか分からなかったが、
『ガオーン!』
『ああっ、マッサ!』
豆粒くらいの大きさになったところで、それが、灰色の布に巻き付かれていたマッサだということが分かり、ボルドンとブルーは飛び上がって叫んだ。
しかも、塔から、真っ黒なマントを着た何者かが飛び立って、空中のマッサめがけて、飛んでいこうとしている!
『ウオオオオオッ!』
ボルドンは、立ち上がって一声叫ぶと、ばーん! としげみを飛び出し、塔に向かって走り出した。
ブルーやフレイオが止める暇は、まったくなかった。
『ボルドン! ぼくも、いく!』
「待ちなさい!」
走り出そうとしたブルーを、フレイオが、慌てて抱き上げる。
『はなして、はなして! ぼく、マッサたすける! みんな、たすける!』
「無理ですよ! あなたみたいな、小さい生き物が飛び出していったって、やられてしまうだけだ!」
『いやだいやだ、はなして! ぼく、マッサをたすける! マッサー!!』
* * *
ブルーがフレイオに抱きかかえられて、ばたばた暴れていた、そのころだ。
「くらえっ! はああーっ!」
ビシューン! バシュンバシューン!
「うわうわ、うわわわーっ!?」
空の上では、マッサとドリアスが、激しい戦いを繰り広げていた。
いや、戦いというよりも、ドリアスがマッサめがけて魔法の火の玉を撃ちまくり、マッサは、ひたすら、びゅんびゅん飛び回って、飛んでくる火の玉をよけまくっている、という状態だ。
「おのれ、さっきから、ちょろちょろちょろちょろと! 王子なら、逃げずに、魔法で勝負しろ!」
「そ、そ、そ、そんなこと、言われてもーっ!」
なにしろ、マッサは、空を飛ぶ以外の魔法を知らないんだから、勝負しろと言われても困る。
(いったい、どうしたらいいんだ!)
マッサは、必死に飛び回りながら、焦っていた。
はやく、隊長やディールやタータさんを助けに行かなくちゃならないのに、ドリアスがしつこく攻撃してくるのをかわすのに精一杯で、みんなが今どうしているのかさえ、確かめることができない。
(このままじゃ、ぼくがこうしているあいだに、みんながやられちゃうかもしれない! ……あっ、そうだ!)
マッサは、ふと、いい方法を思いついた。
怖いから、つい反射的によけてしまっていたけど、マッサは『守り石』を持っているんだから、魔法の火の玉が直撃したって大丈夫なんだ。
幽霊マントの布とは違って、魔法の火の玉がぶつかったりしたら、ふつうなら絶対に死んでしまうんだから、『守り石』は、必ず守ってくれるはずだ――
バシューン! と飛んできた火の玉を、ぎゅーん! と空中で急カーブしてかわしたマッサは、
「ぬうっ!? 貴様、どういう――」
と、驚いているドリアスに向かって、
「うおおおおおおおおっ!」
と、空中を、真正面から、突っ込んでいった!
攻撃の魔法なんか使えないから、もう、体当たりで、相手を吹っ飛ばすしかない!
「おのれっ!」
ドリアスが突き出してきた両手の前に、ボウッと、巨大な火の玉が生まれる。
これまでで一番、大きな火の玉だ!
「うおおおおおおおおおっ!」
「おおおおおおおおっ!」
ドバァアアァァァァン!
火の玉を構えたドリアスに、マッサが一直線に突っ込み、大爆発が起こった。
そして、
「うわあああぁぁぁーっ!」
「うおおおおおおーっ!?」
マッサとドリアスは、両方とも、爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされ、まるで石ころのように、ひゅーんと地上に落ちていった――