マッサと、魔法使いの息子
バサバサバサバサァッ!!!
と、ものすごい音を立てながらマッサたちに襲いかかってきたのは、まるで幽霊みたいな灰色のマントを着た奴らだった。
全員が、フードを深くかぶっていて、まったく顔が見えない。
全速力のバイクが突っ込んでくるような、ものすごいスピードで、しかも、その数がとんでもなかった。
二十、三十、四十……
いや、もっと、数え切れないくらいいる!
「わあああああーっ!?」
マッサは、思わず叫んで、両手で自分の体をかばった。
一応、剣は持っているし、空を飛ぶ魔法だって使える。
でも、あまりにも驚きすぎて、怖すぎて、とてもそれどころじゃなかった。
「何だっ……!?」
と、ガーベラ隊長も呻いたけれど、さすがは隊長だ。
驚きながらも、ぶうん! と槍を振るって、飛びかかってきた最初のマントを、バサアッ! となぎ払った。
その一撃は見事に決まり、鋭い槍の穂先で、マントが真っ二つになる。
でも、
「何だとっ!?」
と、ガーベラ隊長も、見ていたみんなも、目を見開くことになった。
襲いかかってきたマントの中には……
誰も、いなかった。
まったくの、空っぽだ。
中身のない、ただのマントだけが、空中に浮かんで、マッサたちに襲いかかってきたんだ!
「ちっくしょう! 何だ、こりゃあ!」
「これは、敵の罠だった、ということだなっ!」
「何ですってえ!? くっそー! リアンナのやつ、俺をだましやがったな!? どこ行きやがった、出てこい! ぶっ飛ばしてやる!」
「ディール! 今は文句を言うより、戦うほうが先だっ! 王子、私の後ろに!」
ディールとガーベラ隊長が、竜巻のような勢いで槍を振り回し、襲いかかってくるマントを、次々と真っ二つに切り裂いていく。
だが……
「ああっ!?」
マッサは、とんでもないものを見てしまって、悲鳴のような声をあげた。
ガーベラ隊長やディールが真っ二つにしたマントは、一度は、へろへろへろーっと地面に落ちていく。
でも、しばらくすると、地面の上で、そいつが、ぴくっぴくっと動き出すんだ。
そして、十数える暇もないうちに、また、バサバサバサァッ! と空中に浮かんで、飛びかかってくる。
きっと、これも魔法だ。
生きている敵と違って、魔法であやつられているものだから、けがをしたり、死んだりということがない。
ということは、隊長たちが、いくら必死に戦っても、相手はちっとも減らず、少しも楽にならない、ということだ!
「えいえいえーいっ! このこのこのこの!」
と、タータさんが、必殺の百連続パンチを出しても、相手は布でできているから、
ボスボスボスボスッ!
と、ふとんにパンチしたみたいな音が出るだけで、全然、効いていない。
逆に、
「うわあーっ!?」
バフバフバフッ! と、四本の腕に、四枚の「幽霊マント」が一気にからみついてきたせいで、タータさんは、ほとんど身動きができなくなってしまった。
「うおおおおおっ!?」
「ちくしょう! 放せ、放しやがれっ!」
隊長やディールも、大量の幽霊マントに巻き付かれて、もう少しで地面に引きずり倒されてしまいそうだ。
そして、とうとうマッサにも、
バサバサバサバサーッ!
と、幽霊マントが襲いかかってきた。
「うわーっ!?」
と、叫びながらも、マッサは、心の中で、
(ぼくには『守り石』があるんだ。今回も、絶対に『守り石』の力が、ぼくたちを守ってくれる!)
と、かたく信じていた。
でも……
バフバフバフバフーッ!!
「うわああああああっ!?」
どうしてなのか、『守り石』の力はまったく働かず、マッサは、幽霊マントにぐるぐる巻きにされてしまった!
「ああっ! 王子!」
離れたところで、ガーベラ隊長が必死に叫んでいる。
「嘘っ! なんで……!?」
思わず叫んでから、マッサは、はっと、あることを思い出した。
たしか、あれは、ロックウォール砦の《翼の騎士団》の本部で、はじめて、自分が王子だと聞かされた夜のことだ。
『それは、死ぬようなことではなかったからでしょう。その石は、本当に命の危険が迫ったときにしか働かないと、言い伝えられています。』
と、ガーベラ隊長は言っていた。
つまり、巨大な岩が頭の上に落ちてくるとか、飛んできた矢が突き刺さりそうになるとか、そういうときにしか、『守り石』の力は働かない。
マントでぐるぐる巻きになっても、別に、それで死んじゃうわけじゃないから、『守り石』は働かないんだ!
「嘘でしょ!? 危ないんだから、助けてよ! お願い、助けてーっ!」
マッサが必死に叫んでも、シャツの下にさげている『守り石』は、何も反応しない。
そうしているあいだに、
「うぐぐぐ……苦しい!」
「おのれっ……!」
「くそーっ!」
と、タータさんやガーベラ隊長、ディールが、幽霊マントにぎゅうぎゅうに巻きつかれて、息をするのも苦しそうな様子になっている。
このままだと、本当に、息ができなくなって、みんな死んじゃうかもしれない!
(ぼくが……ぼくが、何とかするしかない! 自分の力で!)
決心したマッサは、かっと目を見開くと、幽霊マントに巻きつかれながら、出せるかぎりの大声で呪文を唱えた。
「タカのように速く
ヒバリのように高く
竜のように強く
飛べええええええっ!!」
ビュウウウウウゥン!
マッサの体はたちまち、打ち上げられたロケットみたいな勢いで飛び上がっていった。
あっという間に、塔の高さを越え、その二倍、三倍……と、どんどん上昇する。
マッサに巻きついていた幽霊マントたちは、どんどん上がっていくスピードに耐え切れず、
バサッ バサッ バサーッ!
と、外側のものから順に、次々とはがれて落ちていく。
(やったぞ!)
最後までからみついてきた、しつこい一枚を思いきり振りはらって、とうとう自由になったマッサは、空中で、キキキーッと音がしそうなくらいの急ブレーキをかけた。
見下ろすと、あんなに巨大だった塔が、筆箱くらいの大きさに見える。
幽霊マントを振り払いたい一心で、いつのまにか、こんな高さまで来てしまったんだ。
地面の上の隊長や、ディールや、タータさんがどうしているのかは、大量に集まっている幽霊マントにまぎれてしまって、ここからでは、よく分からなかった。
今すぐに、びゅーんと急降下していって、みんなを助けなくては!
マッサが、空中で体勢を変えようとした、そのときだ。
「貴様が、王子だなっ!?」
と、聞いたことのない声が、いきなり怒鳴りつけてきた。
マッサは一瞬、その声が、どこから聞こえてきたのか分からなかった。
ここは、地面から遥かに高い空中なのに、こんなにはっきり、声が聞こえてくるなんて――!?
「そこを動くな!」
バサバサバサバサッ!
声といっしょに、幽霊マントみたいな音が聞こえて、とっさに身をかわしたマッサのすぐ側を、真っ黒な何かが、下から上へと通り過ぎていった。
慌てて見上げると、そいつは、幽霊マントじゃなかった。
真っ黒なマントをはおった、若い男だ。
何もない空中にぴたりと止まって、上から、マッサをにらみつけている。
魔法使いだ!
「俺は、ゲブルトの息子、ドリアス! 俺たちは、大魔王さまから《死の谷》の塔の守りを任されている。王子よ、ここが貴様の旅の終わりだ。覚悟するがいい!」