マッサと、行くひと、残るひと
* * *
そのころ、ディールは、茂みに隠れて待っていた仲間たちのところにたどり着いていた。
「どうだった? ディールさん。なにか分かった?」
「おう。」
ディールは、あの塔に住んでいるリアンナという娘と出会ったことや、塔にはリアンナの父親も住んでいて、その人は魔法使いであること、そして、リアンナが家に招待してくれたことなど、偵察で手に入った情報を全部、みんなに説明した。
「それは、すごいですねえ!」
タータさんが、四本の手で拍手をしながら、笑顔で言った。
「ここに住みついて、研究をしている魔法使いなら、《死の谷》の向こう側に渡る方法を、何か、知っているかもしれません。さっそく、行って、聞いてみましょう!」
「そうだね!」
マッサも、ほっとした気持ちになって、うなずいた。
「あそこに住んでたのが、親切な人で、ほんとによかった! もしも、大魔王の手下の猿とかが、いっぱい住みついてたら、どうしようかと思ったよ。」
「まったくです。」
と、ガーベラ隊長も頷いた。
「ところで、ディール。その、リアンナという娘さんの父上は、なんという名前なんだ?」
「えっ? 名前って……いや、すみません。それは、聞いてねえです。」
「そうか……」
「どうして、名前が気になるんですかい?」
「いや、もしかしたら、同じ魔法使いどうし、フレイオが知り合いかもしれないと思ってな。先に、どんな人物なのかが分かっていれば、話もしやすいだろう?」
「なるほど。……おい、おまえ! このへんに住んでる魔法使いに、心当たりはねえのかよ?」
「知りませんね。」
ディールに言われて、フレイオは、呆れたように答えた。
「魔法使いどうしだからといって、全員が、知り合いというわけではない。だいたい、相手の名前も分からないのに、自分の知り合いか、そうじゃないかなんて、分かるはずがないでしょう?」
「何だよ、いろいろ、ヒントがあるだろうが! 《死の谷》の側に住んでて、娘の名前がリアンナだよ。あと、確か、息子も一人いるってよ。」
「知りませんよ、そんなこと。」
「はあ? ったく、役に立たねえ野郎だなあ。」
「誰が、役に立たないですって!? そもそも、あなたが、ちゃんと相手の名前まで調べてこないのが悪いんじゃないですか。」
「何だと、この野郎!」
「まあ、まあ!」
と、マッサが叫んで、タータさんが、今にもつかみ合いそうになったディールとフレイオを、べりっと、力ずくで引き離した。
「ここでけんかしてても、意味ないよ。せっかく招待してもらったんだから、さっそく、みんなで、あの塔に行こう!」
「王子のおっしゃる通りだ。」
と、ガーベラ隊長も言った。
「今夜は久しぶりに、建物の中で、ゆっくり眠れるな。ありがたいことだ。」
「それに、あったかいお風呂にも入れるかも!」
マッサも、にこにこして言った。
これまでの旅のあいだじゅう、体をきれいにするときは、冷たい川で水浴びをするか、濡らした布で顔や体をふくか、くらいしか、方法がなかったんだ。
「やわらかいベッドで、見張りのことを気にせずに、ゆっくり眠れますねえ!」
と、タータさんも言った。
『おいしいもの、ある!?』
と、ブルーも言った。
でも、
『ガルルーン……』
と、ボルドンだけは、ちょっと沈んだ感じで唸った。
「えっ、どうしたの、ボルドン?」
『ゴフーン、ゴフーン、ガルルーン……』
『ボルドンは、たてものの、なか、いや! って、いってる。』
ブルーが、すかさず通訳した。
『からだが、おっきいから、いろんなところに、ひっかかる、つっかえる、ぞりぞりぞりーって、なる! どーんって、ぶつかって、こわしちゃう。そしたら、めいわく! だから、たてもののなか、いや。ひろい、そとが、すき!』
「あーっ、そうかあ……」
マッサは、思わず腕組みをしてうなった。
確かに、マッサたちからすれば巨大な建物も、ボルドンくらい大きいと、狭苦しく感じるかもしれない。
「じゃあ……ボルドンが、ほんとに、そのほうがいいんだったら……悪いけど、ボルドンだけ、外にいることにする?」
『ウオオオーッ!』
ボルドンは、両手を振り上げて叫んだ。
マッサは一瞬、怒っちゃったのかな!? と思ったけど、
『それがいい! って、いってる。』
と、ブルーが、すぐに言った。
「あっ、ほんと? でも、ひとりで残って、ほんとに大丈夫? さびしくない?」
「……それなら、私も、ボルドンといっしょに、残りましょうか?」
と、手を挙げたのは、フレイオだった。
「えっ?」
と、マッサは、びっくりした。
フレイオにしてみれば、自分と同じ魔法使いと話す、貴重なチャンスだ。
だから、フレイオは、絶対、行きたがると思っていた。
「フレイオ、残ってくれるの? ……そりゃあ、ボルドンだけ一人ぼっちで残るより、いいと思うけど……フレイオは、ほんとにそれでいいの?」
「ええ。」
フレイオは、あっさりした調子で言った。
「さっきの話を聞くと、塔にいる魔法使いは、研究が盗まれることを警戒して、こんなところに住んでいる、ということでしたね。」
「お? ……おう。そういうことだ。」
ディールは、自分の話を、フレイオが細かいところまでしっかり聞いていたことに、すこし驚いたみたいだった。
「そういう事情でしたら、私は、最初は、あの塔の敷地には、入らないほうがいいと思うんです。同じ魔法使いどうしですから、よけいに、私が魔法の研究を盗みにきたのかもしれないと、うたがわれる可能性があります。そうなったら、王子たちの話も聞いてもらえず、塔から追い出されてしまうかもしれない。」
「そういうことか……」
ガーベラ隊長が、大きくうなずいた。
マッサも、なるほどな、と思った。
同じ魔法使いどうしだから、すぐ仲良くなれるんじゃないかと思っていたけど、同じ魔法使いどうしだからこそ、それが難しい場合もあるということだ。
「じゃあ、悪いけど、ボルドンと、フレイオは、ひとまず、ここに残っててくれる? 中で、何か決まったら、すぐに二人にも知らせにくるから。」
「ええ、それでかまいません。」
『グオーン、グオーン!』
「じゃあ、残りのみんなで、出発しようか!」
マッサが元気よく言った、そのときだ。
『……ぼくも、のこる!』
ぴっ! とまっすぐ片手をあげて、急にそう言ったのは、ブルーだった。
「えっ?」
と、マッサは、びっくりした。
これまで、ブルーが、マッサから離れて残ろうとしたことなんて、なかったからだ。
「どうして、いっしょに行かないの、ブルー?」
『フーン……ぼく、いきたい。マッサといっしょ! でも、ぼくがいったら、ボルドンと、フレイオ、こまる!』
ブルーは、ちっちゃな手で、ボルドンとフレイオをかわるがわる指さしながら言った。
『ボルドン、フレイオのことば、わからない。フレイオ、ボルドンのことば、わからない。こまる! でも、ぼく、ボルドンのことば、フレイオのことば、わかる。ぼくがいると、ふたり、こまらない! いっぱい、しゃべって、ともだち!』
「えっ……」
と、もう、かばんから半分、本を引っぱり出しかけていたフレイオが、一瞬、困ったような顔をしたけど、
『ガウッガウッ、ウオーン!』
ボルドンが嬉しそうに吠えて、のっしのっしとフレイオのそばに寄り、曲がった剣みたいに長く鋭い爪の先で、つん、つんと、優しくフレイオの肩をつついた。
『たくさん、しゃべる! ともだちに、なる! って、いってる!』
「えっ。あの……いや……はあ……」
「ありがとう、ブルー。」
フレイオは、やっぱり困ったような顔をしていたけど、マッサは、あえてそのことは言わずに、元気よく言った。
「二人の通訳、お願いするね。……じゃあ、ガーベラ隊長、ディールさん、タータさん。ぼくたちは、出発しましょう!」