ディール、偵察する
「ディールさん、気をつけてね!」
『こわいこと、あったら、ぼくたちが、たすける!』
「おう、頼んだぜ。……隊長、こいつは、ちょっと預かっといてくださいや。」
ディールはそう言って、ガーベラ隊長に、自分の槍を預けた。
ただの旅人が、こんな武器を持って歩いているのは、おかしいからだ。
ディールは、いつも持っている短剣と、長い剣を一振りずつ腰にさして、荷物を背負っていた。
ここまで、本当に長い旅をしてきているから、服も、荷物もくたびれていて、「ただの旅人」という話にも、けっこう説得力がある姿だ。
ディールは、隠れていた茂みから踏み出すと、ゆっくりと、塀に囲まれた謎の塔に向かって歩きはじめた。
後ろを振り返ったりすると、そこに仲間がいることが分かってしまうかもしれないので、あえて前だけを見て、ゆっくりと歩く。
ときどき、立ち止まっては、塔のほうを見上げた。
この塔が何なのかわからない「ただの旅人」なら、きっと、そうするはずだからだ。
(おっ……今も、明かりがついてるのか?)
朝で、外も明るいから、はっきりとは分からないが、どうも、塔の中に、明かりがついているような気がする。
ということは、あそこには、やっぱり、誰かがいるのだ。
(いったい、どういうやつが住んでるんだ……敵か、味方か……?)
ディールは、どんどん建物に近づき、とうとう、高い塀の横にさしかかった。
ぶあつそうな塀は、茶色い石をすきまひとつなく積みあげて作られている。
これだけ守りを固めているということは、住んでいる者の身分がとても高いか、それとも、戦争のために作られた建物か、どっちかだ。
塀の真ん中には、すべてが金属でできた、巨大な門がついていた。
これも、すきまひとつなく閉まっていて、様子をうかがっても、中の景色は少しも見えなかった。
(ちっ、用心深えな。……それにしても、静かだ。まったく、何の音も聞こえてこねえ。中に、たとえば猿どもなんかがいやがるとしたら、もっと、ギャアギャア、うるさくてもよさそうなもんだが――?)
「あらーっ? あなた、だーれ?」
巨大な門を見上げていたディールは、急に、そんな声が聞こえたので、もうちょっとで剣を抜きそうになった。
「きゃっ! やーだ、何よ、こわーい!」
そう叫んだのは、そまつな服を着た、若い娘だった。
黒い長い髪を、二本のみつあみに編んで、背中に垂らしている。
片腕に、つるで編んだかごをさげていて、その中には、今つんだばかりのようなみずみずしい植物が、いっぱい入っていた。
「おお……悪かったな、おじょうさん。」
ディールは、できるだけ優しそうな作り笑いを浮かべながら、剣のつかにかけていた手をはなした。
「このへんには、誰もいねえのかと思ってたら、急にあんたが話しかけてきたんで、びっくりしちゃったんだ。……あんた、今、どこから来たんだい?」
「あたし? そっちからよ。」
若い娘は、ディールが来たのとは反対側の、塀の角を指さした。
「そっち側に、あたしの畑があるの。これ、つんでたのよ。朝につむのが、一番いいの。」
言って、腕にさげていたかごいっぱいの植物を、ぽんぽんと叩く。
「へえ、そうなのかい。」
ディールは、何となく、自分が怪しいおじさんになったような気がしながら、せいいっぱいの笑顔で言った。
「なあ、おじょうさん。あんた、お名前は?」
「あたし? あたしの名前は、リアンナよ。あなたは?」
「俺か? ……俺は、ディールってんだ。旅の途中なんだけど、山の中で、道に迷っちまってな。なんとか道を見つけて、どうにかこうにか出てきた場所が、ここだったってわけだ。」
「まあ、そうなの? それは、大変だったわねえ。山って、この山でしょう? こわい猿や、熊や、人間がいっぱいいて、暴れてるらしいじゃないの。」
「ああー……いや、うん、その通りだ。とちゅうで、出くわしそうになって、必死に逃げてきたぜ。」
何とか、うまく相手の話に合わせながら、ディールは言った。
「えーっと、リアンナさん、だったな。あんた、このへんに畑があるってことは、住んでるところも、このへんなのかい?」
「そうよ!」
「ああ、そう! じゃあ、ちょっと教えてもらいてえんだが……俺、もう、くたくたで、今晩、泊めてもらえるところがねえか、探してるんだよな。この立派な建物には、誰が住んでるんだい? 頼んだら、泊めてくれると思うかい?」
「いいわよ!」
「えっ?」
にこにこしながら、リアンナが答えたので、ディールはびっくりして、相手を見つめ返した。
「『いいわよ』って……じゃあ、もしかして、あんた、この立派な建物に住んでるのか?」
「ええ、そうよ。」
リアンナは、にこにこしながら答えた。
「この塔に住んでるのは、あたしのお父さんなの。あと、お兄さんもいっしょに住んでる。」
「へえ!」
ディールは驚いて、高い塀や、がんじょうそうな金属の門や、そびえたつ塔を見上げた。
「すげえ家に住んでるんだな。……お父さんって、偉い人なのかい? どんな仕事をしてるんだ?」
「お父さんは、すっごーく、偉いのよ。難しい魔法の研究をしてるの! その研究を、誰かに邪魔されたり、盗まれたりしないように、こういう、人が来ないところに住んで、守りを固めてるの。」
「魔法の研究だって? じゃあ、あんたのお父さんは、魔法使いなのか?」
「ええ、そうよ。」
「ふーん……でも、そんなに、人が来るのが嫌いなら、俺が泊まりたいって言っても、きっと、追い返されちゃうだろうなあ。」
「だーいじょうぶ、だいじょうぶ!」
リアンナは、にこにこしながら、ぱたぱた手を振った。
「あたしから、ちゃーんと、頼んであげるから。お父さんは、とっても優しいの。あたしがお願いすれば、ぜったい、あなたを泊めてくれるわよ。」
「そうかい? でも、何だか悪いなあ。」
「いいの、いいの! お客さんが来るのは嬉しいわ。だって、こんなところ、めったにお客さんなんか来ないんだもの。ぜひ、泊まっていって、いろんな話を聞かせてよ。」
「そうかい?」
「そう、そう! それに、あたし、あなたのこと、一目見て、何だか気に入っちゃった。」
「……えっ?」
何だか、ちょっとおかしな話になってきたぞ、とディールが思った瞬間、リアンナはさっと手を伸ばして、ディールの手を握った。
「だって、あなた、力も強そうだし、顔も、とってもかっこいいんだもの!」
「えっ……いや……ええっ? そうか?」
「ええ! ぜひ、うちに泊まっていってよ。あなたさえよかったら、何日でも、いていいわよ。」
「――いや、いや、いや。」
ディールは慌てて、失礼にならない程度の力で、リアンナの手をもぎはなした。
「俺は、旅の途中だからさ。それに……ええっと、それに、ちょっと、最初から言ってなくて悪かったが、実は……俺には、いっしょに旅をしてる仲間が、何人かいるんだ。」
「あらっ。そうだったの?」
「ああ……今、全部で、七人いるんだが……」
「まあ、七人も!?」
「そうなんだ……だから、やっぱり、迷惑だろ? 七人も、急に客が来たらさ。お父さんや、お兄さん、きっと怒るぜ。今回の話は、やっぱり、なかったことに――」
「待って、待って!」
きびすを返そうとしたディールの腕を、リアンナは、驚くほどの力で、がしっと掴んだ。
「そんなの、全然、構わないわ。あたしは、あなたが来てくれるんだったら、あとは何でもいいし。この通り、大きな家だから、泊まるところなんか、いくらでもあるし。あたしが頼めば、お父さんも、お兄さんも、絶対、許してくれるから! ね、だから、ぜひ、仲間の人たちといっしょに、うちに来てちょうだい。」
「あー……」
何だか、うまくいったけど、ややこしいことになっちまったなあ、と思いながら、ディールは言った。
「分かったよ、ありがとう。……じゃあ、俺は今から、仲間を呼んで、ここに戻ってくるぜ。」
「ええ、分かったわ! あたし、そのあいだに、お父さんとお兄さんに、あなたたちが来ることを知らせて、門を開けて、おもてなしの準備をしておくわ。」
「そうかい。そんじゃ、よろしく頼むぜ。」
* * *
逃げるように帰っていくディールの背中を、リアンナは、にこにこしながら見送っていた。
それから、くるっときびすを返して、たったったっと、もと来た、塀の角を曲がっていった。
そして、ディールが振り返っても、もう見えないところまで来た瞬間、リアンナは、にやあっ、と耳まで裂けるような笑みを浮かべた。
その両足が、呪文も唱えずに、ふわりと地面から浮きあがる。
彼女は、ディールたちからは見えない塔のかげに隠れて、まっすぐに飛び上がると、塔の窓のひとつから、ひょいと中に飛び込んでいった。
「お父さん、お兄さん、聞いて! 来たわ、来たわ、来たわ! 王子の仲間が来たわ。あたし、うまく言って、ここに誘い込むようにしたわ!」
「何だと。」
黒い衣を着た魔法使いが、椅子から立ち上がった。
この魔法使いの名前は、ゲブルトといい、大魔王の部下のひとりだった。
親子三人で大魔王に仕え、この塔を守っているのだ。
「とうとう、来たか!」
ゲブルトのとなりで、もっと若い魔法使いが勢いよく立ち上がった。
こちらは、リアンナの兄で、名前はドリアスといった。
「魔女どもの予言の話を聞いて以来、まさか、と思っていたが、本当に来るとはな。ここに誘い込むようしたって?」
「ええ、そうよ。王子とその仲間は、もうすぐ、そこの門を入ってくるわ!」
「よくやったぞ、リアンナ。王子の仲間は、全員そろっていたか?」
「お兄さん、まあ、そう、慌てないでちょうだい。……ええとね、全部で七人いる、って、言っていたわ。『王子と七人の仲間』だから……あら、王子とあわせて八人いるはずなのに、まだ、あと一人、足りないみたいね。」
「やつらがここに来た以上、そんなことは、もう、どうでもよろしい。」
父親のゲブルトが、不気味な笑いを浮かべながら言った。
「なぜなら、仲間が何人いようと、王子たちの旅は、ここで終わるからだ。……さあ、子供たちよ、準備をしなさい。これから、王子たちを、たっぷりとおもてなししよう。」