マッサたち、塔をみつける
次の日、朝日が昇ると、マッサたちはさっそくテントをたたんだ。
荷物をまとめて、昨日の夜、謎の光が見えたほうへと進みはじめる。
そこにあるのが、誰かの家なのか、何か別の建物なのか……それとも、建物ですらない、全然違うものなのか、まだ、何も分からない。
そこに、誰かが住んでいるのか、いないのか。
いるとしたら、敵なのか、味方なのか――?
マッサたちは、念のため、できるだけ茂みや木のかげに身を隠しながら進むようにした。
いちばん小さいブルーは、いちばん楽だけど、いちばん大きいボルドンは、隠れて進もうとしても、はみ出しやすいし、せまいところを通ろうとしても、引っかかってしまうから、大変だ。
メリメリメリ……バキ、バキバキ……
『ウオオオオッ!』
「うわあっ!?」
あんまりしょっちゅう、あっちこっちに引っかかるもんだから、とうとう、ボルドンがかんしゃくを起こしてしまった。
ボルドンは、これまで、住み慣れた山脈をひろびろと駆け回って暮らしてきたから、こうやって、こっそり身を隠しながら、みんなとスピードを合わせてゆっくり動くのは、すごく難しいんだろう。
「おい、ばかやろう、でけえ音を出すなっ! もし、相手が敵だったら、気付かれちまうだろうがっ!」
『ガルルルルルーッ……』
「おい、そんなおっそろしい顔で、俺をにらむなよ! 引っかかるのは、おまえの体がでかいからで、俺のせいじゃ、ねえからな!?」
もしも、怒ったボルドンに、がぶっ! とかじられたりしたら、命があぶない。
ディールが、思わず後ずさると、
『ボルドン、おおきいから、がんばっても、ひっかかる! がさごそして、いや! かわいそう!』
ボルドンの頭の上に、たたたたっ! と駆け登ったブルーが、ボルドンの頭を、優しくよしよししてあげた。
ボルドンは、それでようやく、
『グフーン……』
と、落ち着いたようだった。
「やれやれ。これでは、どっちが年上だか、わからんな。」
と、ガーベラ隊長が、呆れて言った。
「まったくですぜ!」
と、ディールは、ブルーとボルドンのことだと思ってうなずいていたけど、マッサは、
(ガーベラ隊長は、ディールと、ブルーを比べて言ったんじゃないのかなあ。)
と、声には出さずに、こっそり思っていた。
そのとき、
「あっ、見えてきました!」
先頭を進んでいたタータさんが叫んだ。
みんなは、その場に立ち止まり、背伸びをしたり、茂みを両手でかきわけたりして、タータさんが見ているものを、なんとか自分も見ようとした。
「あれです。」
タータさんが指さしている先には、茶色の石でできた高い塀に囲まれた、砦のような建物があった。
中の様子は、塀に囲まれているせいで、よく分からない。
ただ、敷地の真ん中あたりから、一本だけ、空に向かって飛び出すように、高い塔がそびえ立っている。
「もしかしたら、昨日の夜、見えていたのは、あの塔にともった明かりだったのかもしれませんね。高いところだから、遠くからでも、よく見えたんですよ。」
「そうかもしれないな。」
納得したように言うタータさんに、ガーベラ隊長は、難しい顔で答えた。
昨日、明かりがともっていた、ということは、あの塔の中には、たしかに誰かが――それとも、何かが――いる、ということだ。
問題は、それがはたして敵なのか、味方なのか、わからない……ということだった。
ここから、いくら目を凝らしても、看板とか、表札とか、旗とか、そういう、中に誰がいるのかの手がかりになりそうなものは、ひとつも見えない。
中にいる者たちが、《赤いオオカミ隊》の人たちのように、こっちの味方だったら助かるけれども、もしも、敵だったら……?
もしも、あの、大魔王の手下の猿たちが、ここに立てこもっているんだったら……?
「まずは、誰かが、一人で偵察に行ったほうがいいだろう。」
と、しばらく考えてから、ガーベラ隊長が言った。
「ただの、たまたま通りかかった旅人のふりをして、様子をさぐるんだ。」
「ええっ!? でも、もし、中にいるのが敵だったら、危ないですよ!」
と、マッサは、思わず言った。
「ええ、確かに、偵察に行く者の身は、大きな危険にさらされます。
でも、全員でいっせいに近づいていくほうが、もっと危険です。もしも、あの建物の中に、大勢の敵がひそんでいたら、全員で近づいていった場合、一気に取り囲まれてしまうおそれがありますからね。
それに対して、一人が偵察に行けば、もしも、敵が出てきたときにも、残っていた者がすばやく迎え撃って、仲間を助け出すことができる、というわけです。」
「うーん……」
マッサは、唸った。
ガーベラ隊長の言っていることは分かるけど、それでも、やっぱり、偵察に行く人がすごく危険な目にあうことに変わりはない。
そんな危ない役を、誰か一人だけに任せる、というのは……
マッサが悩んでいると、その考えを読み取ったように、ガーベラ隊長は、ふっと笑った。
「もちろん、とても危険な役目ですから、戦いの腕に覚えのある者が行くべきでしょう。そして、自分から言い出した仕事を、他人に押しつけるわけにはいかない。偵察には、私が行きます。」
「ちょっと、待ったあ!」
と、横から割って入ったのは、ディールだ。
「偵察には、俺が行きますぜ。」
「何だと?」
「戦いの腕に覚えのあるやつが行きゃあいいんでしょう? それなら、俺だ。
それに、偶然通りかかった旅人のふりをするなら、俺のほうが都合がいいですぜ。
女の人が、こんなやばそうな場所を一人で旅してるってのは、珍しいから、隊長じゃ、怪しまれる可能性がある。
子供とか、もじゃもじゃとか、四本腕とか、ぴかぴかとか、熊とかは、もっと怪しまれるはずだ。」
『ぼく、もじゃもじゃじゃない!』
「誰が、ぴかぴかですって!?」
ブルーとフレイオは、そう言って怒ったけど、
「はあ、なるほどねえ。」
と、タータさんは、納得したように大きくうなずいた。
「確かに、そうかもしれません。この中で、一人で歩いていて、いちばん怪しまれにくいのは誰か……ということになると、それは、やっぱり、ディールさんでしょうねえ。」
「だろ?」
ディールは、得意げに胸をはった。
「ううむ。」
ガーベラ隊長は、まだ、難しい顔をしている。
「しかし、大丈夫か? 相手の正体は、まだ、まったく分からないんだ。完全に信用できるかどうか分かるまでは、相手に、こちらの正体を知られるのは、まずい。
特に、王子のことや、《守り石》のことは、絶対に秘密にしておかなくてはならない。調子にのって、余計なことを、べらべら喋るんじゃないぞ?」
「信用ねえなあ……この俺が、そんなこと、するわけねえでしょう?」
「本当か? 本当に、大丈夫なんだろうな?」
「信じてくださいよ。絶対、うまくやりますって!」
「……よし。では、任せたぞ、ディール。」
ガーベラ隊長は、ディールの顔を見つめ、その両肩にしっかりと手を置いた。
「もしも、おまえが危険におちいったときは、私たちが、必ず助けにいく。気をつけて行け。」