マッサたちと、なぞの光
何も見えなくても、北がどちらか分かるか? というガーベラ隊長の問いかけを、ブルーが、ボルドンに通訳する。
ボルドンが、グオッグオッ、ガオガオ、と答えるのを、ブルーはうんうん、とうなずきながら聞いて、
『ボルドンは、きた、わかる! って、いってる!』
と言った。
「おおっ!?」
ボルドンとブルーの言葉に、みんながざわめき、ディールは、ばしんと自分の膝を叩いた。
「すげえ! それなら、何とかして崖の下まで降りることさえできりゃ、まっすぐに、北のほう目指して進んでいくことができる、ってわけだ。それで、向こう側の崖の面まで着いたら、そこから、また、何とかして上にあがって……」
『ガウーン、ガルルルル!』
『でも、できない! って、いってる。』
「ええっ?」
みんなは、また、ざわめいた。
「どうして、できないの?」
『えーっと……いつもは、できる。でも、《しのたに》では、できない! って、いってる。
ボルドン、おとなのクマから、この《しのたに》のおはなし、きいた。
この、したの、しろいもやもや、こわい! なかにはいると、どっちが、どっちか、わからなくなっちゃう。いつもは、わかるみち、もやもやのなかにはいると、わからない! それで、まよって、おなかすいて、しんじゃう。だから、ぜったい、《しのたに》には、おりたらだめ。』
「そうなのかあ……」
マッサたちは、がっかりした。
なんと、谷底に溜まっている霧には、前を見えなくするだけじゃなく、方向感覚を麻痺させてしまう性質まであるようだ。
『ガフーン……』
ボルドンは、みんなが落ち込んでいる様子を見て、自分が、みんなをがっかりさせたのかな? と思って、悲しそうな顔になった。
「いや、ボルドン、君のせいじゃないから、気にしないで! 誰も、いいアイデアが思い浮かばないから、それで、困ってるんだ。」
マッサは言った。
「じゃあ……とりあえず、今日は、ここでキャンプを張ることにしようか。それで、どうしたらいいか、みんなで、もっとよく考えてみようよ!」
こうして、みんなは、木陰にテントを張って、泊まることにした。
陽が沈み、食事を終えてからも、みんなは、どうやって《死の谷》を越えたらいいか、テントの中で真剣に話合いを続けた。
それでも、いいアイデアは、なかなか出てこない。
「でも、ここを越える方法は、絶対に、何かあるはずだよ。」
うーん、と黙りこんでしまったみんなを、なんとか励まそうとして、マッサは、明るい声で言った。
「だって、おばあちゃんも言ってたけど、十年前の戦いのとき、大魔王の軍勢は、この《死の谷》を越えて攻めてきたんだもん。だから、ここを越える方法が、ない、ってことだけは、絶対にないはずだよ。」
「まあ、それは、そうですが。」
ガーベラ隊長が、難しい顔で言った。
「もしかすると、大魔王は、化け物鳥を使ったのかもしれませんね。私たちが、王子をぶら下げて空を飛んだときみたいに、化け物鳥に、かごみたいなものをぶら下げて、《死の谷》の上を、何度も往復させて、兵士や武器を運んだのかもしれない。」
「その方法だとすると、こちらが真似することは、できませんね。」
フレイオが、ため息まじりに言う。
「この中で、空を飛べるといえば、王子だが、運べる重さが限られている。」
『はいっ!』
と、ブルーが、元気よく手をあげた。
『ぼく、とべる! マッサといっしょに、とべる!』
「だっから、おまえだけがマッサといっしょに行っても、仕方がねえだろうがっ! ……あーあ、今、俺たちに『翼』がありゃあなあ!」
と、ディールが、悔しそうに言った。
「今さらだが、『翼』を置いてくるんじゃなかったぜ。あれさえありゃあ、俺と隊長とで、行ったり来たりして、みんなを向こうまで連れていってやることができるのによ。」
「おい、ディール。おまえ、大事なことを忘れているぞ。」
と、ガーベラ隊長が言った。
「ボルドンのことだ。いくら、私とおまえが力を合わせても、ボルドンくらい体が大きくて、重くては、とても持ち上げて運ぶことはできないからな。」
「あっ、そうでした……くっそー! いったい、どうすりゃいいんだよっ!」
すると、そこへ、
「おーいっ! みなさん! ちょっと、出てきてください!」
『グオーッ、グオーッ!』
と、テントの外から、あわてて呼ぶ声が聞こえてきた。
見張りに立っていたタータさんと、ボルドンの声だ。
まさか、敵がやってきたのか!?
みんなは大急ぎで武器を取り、テントの外に飛び出した。
「何事だ!」
「あれを、見てください!」
ガーベラ隊長のするどい問いかけに、ボルドンの背中の上にのぼったタータさんが、四本の手のうち三本を目の上にかざし、残る一本の手で遠くを指さしながら、叫んだ。
みんなも、タータさんのように目の上に手をかざし、目を細めて、よくよく、そっちを見た。
すると――
みんながいる場所から見て、右側のほう――つまり、東の方角に、ぽつんとひとつだけ、赤っぽい光が灯っているのが見えた。
マッサたちがいる、崖のこちら側を、ずっと歩いていけば、たどり着くところだ。
「何だ、ありゃあ……?」
「暗いし、遠くて、ちょっとよく分かりませんね。」
タータさんが、目を糸のように細くして、見る角度をいろいろと変えてみながら、答えた。
「わたし、目は、かなりいいんですけど、昼間は気がつきませんでした。夜になって、あんなふうに光ったから、気付いたんです。距離は、そうとう離れていますね。光は、ひとつだけで……さっきから、動いては、いない。何かの建物かもしれません。」
「建物?」
マッサは、驚いて言った。
「こんな、《死の谷》って呼ばれるようなところのすぐそばに、住んでる人がいるのかな。」
「今は、これ以上のことは、分かりそうにありませんね。」
ガーベラ隊長が答えた。
「今日はもう眠って、明日、日が昇るのを待ってから、近づいてみましょう。誰かが住む家なのか、何かの施設なのか、それとも、別のものなのか。もしも誰かがいたとして、それは敵なのか、味方なのか……確かめてみなくては。」
「そうだね。」
「俺も、隊長の案に賛成ですぜ!」
「向こう側へ渡るための手がかりが、何か見つかるかもしれません。」
「住んでるのが、親切な人たちだといいですねえ。」
『おいしいもの、ある!?』
『ウオーン、ウオーン!』
こうして、みんなは、その夜は寝ることにした。
マッサは、ぽつんと一つだけともった光の正体が何なのか、あれこれ想像して、最初はなかなか眠れなかったけど、
『ムニャムニャムニャ……おいしいもの……プシュー……プシュー……』
『グオゴゴゴゴゴゴーッ……グオゴゴゴゴゴゴーッ……』
という、ブルーとボルドンの寝言やいびきを聞いているうちに、だんだん、頭がぼーっとしてきて、やがて、ぐっすりと眠り込んでしまった。