マッサ、フレイオと話す
眠りに落ちてから、いったい、どれくらい経っただろうか。
テントの中で、マッサは、ふと目を覚ました。
あたりには、みんなの静かな寝息と、
『ゴゴゴゴゴゴーッ。』
と、地響きのようなボルドンのいびきが、規則正しく聞こえている。
そのとき、テントの入口のほうで、何かが、きらっと光ったような気がした。
マッサが、そっちに目を向けると、テントの入口が少し開いていて、そのすぐ外に、毛布にくるまったフレイオが座っているのが、月あかりに照らされて、浮かび上がって見えた。
今が夜の何時ごろなのかは、はっきりとは分からないけど、まだ、フレイオが見張り番をしているということは、みんなが寝てから、それほどの時間は経っていないらしい。
さっき、きらっと光って見えたのは、フレイオの顔だった。
フレイオは、テントの外で見張りをしながら、自分の荷物の中から取り出した本を読んでいた。
ふつうの人なら、懐中電灯もないのに、真夜中に外で本を読むなんてことはできないだろう。
でも、フレイオは、自分自身の体がきらきら光っているから、その光と、月あかりを合わせれば、夜でも、文字を読むことができるようだった。
ディールなら、間違いなく、
『おい、見張りをさぼるんじゃねえよ! 本なんか読んでたら、敵がこっそり近づいてきたとき、気付かねえだろうが!』
と、文句を言っていただろう。でも、マッサは、
(昼間、あんなに歩いて疲れたはずなのに、夜には本を読んでるなんて、フレイオは、めちゃくちゃ勉強熱心なんだなあ。)
と、感心した。
マッサは、他のみんなを起こさないように、そーっと体を起こすと、丸くなって寝ているブルーや、タータさんの細長い手足をふんづけないように、よくよく気をつけながら、テントの入口のほうへ近づいていった。
ちょうど、ボルドンのいびきが、
『ゴゴゴゴゴゴーッ。』
と、規則正しく響いて、マッサがごそごそ動く物音を消してくれる。
「フレイオ。」
マッサがひそひそ声でよびかけると、フレイオは一瞬びくっとして、座ったまま飛び上がりそうになった。
「うわっ……なんだ、王子ですか。おどろかさないでください。」
「ごめん、ごめん。」
マッサは、自分もテントの外に出ながら、小声であやまった。
「なぜ、起きていらっしゃったのですか? 次の見張りは、ガーベラ隊長のはずですが。」
「うん、なんとなく、目が覚めちゃって。」
「そうですか。では、もう一度、眠ってはいかがですか。」
フレイオは、それだけ言って、読んでいた本に目を戻した。
「うん……」
マッサは、そう言ったものの、なんとなく、フレイオのとなりでぐずぐずしていた。
考えてみると、こんなふうにフレイオと二人だけになったのは、旅が始まって以来、初めてのことだ。
これまで、明るいあいだはどんどん旅を続けてきたし、夜は、晩ごはんを食べたらすぐに交替で眠ってしまうので、フレイオとは、ゆっくり話をするひまもなかった。
マッサが、何も言わずにじーっと立っているので、しばらくすると、さすがに不審そうな顔で、フレイオが見上げてくる。
「何ですか?」
「えっ。うーん……いや、別に、何、ってことはないんだけど。」
マッサは、言いながら、フレイオのとなりに腰を下ろした。
「フレイオって、ものすごく勉強熱心なんだね。夜中にも、ひとりで本を読んで勉強してるなんて。」
「なに、こんなのは、当然のことですよ。」
フレイオは、本当に当たり前のような調子で、そう言った。
「私の夢は、いつか、世界で一番強い力をもった魔法使いになることです。そのためには、どんなときも、勉強をなまけてはいられません。たとえ、それが旅の途中でもね。」
「すごいなあ。」
マッサは、心の底から感心して言った。
ぼくだったら、一日中歩いたあとで、夜中に勉強するなんて、絶対に無理だ。
「その本、勉強に使うから、いつも、すごく大事にしてるんだね。どんなことが書いてあるの?」
フレイオが読んでいる本のページをちらっと見ると、ぐにゃぐにゃした形の文字や、ふしぎな図形がびっしり書き込まれていて、マッサには、まったく意味が分からなかった。
「いろいろな魔法の使い方についてです。」
フレイオが、ページのあちこちを指さしながら説明してくれた。
「カエルを呼び集める魔法……魔法の火の威力の調節のしかた……折れた棒を、もとどおりまっすぐにくっつける魔法……今にも死にそうな人を、よみがえらせる魔法……人探しの魔法……」
「えっ。」
気になる魔法が出てきたので、マッサは思わず声をあげた。
「人探しの魔法、なんていうのもあるの? じゃあ、《七人の仲間》の、あと一人がどこにいるのか、探し出すこともできるってこと!?」
「いや、それは無理ですね。」
興奮してたずねたマッサに、フレイオが、冷静に答える。
「この《人探しの魔法》を使うためには、探したい相手の、体の一部……たとえば、髪の毛とか、爪のかけらとかを、自分が持っていなければならないのです。だから、どこにいるのか分からない、誰なのかも分からない相手を見つけ出す、ということは、できません。」
「そうかあ……」
マッサは、がっかりしたけど、同時に、納得もした。
考えてみれば、そんなことができるくらいなら、マッサが言わなくても、最初から、フレイオが自分でやっていただろう。
「でも、そんないろんな魔法がのってるなんて、便利な本だね。重いけど、自分で大事に持って歩きたくなる気持ちが、分かってきたよ。」
「あいつは、全然、分かっていないようですけどね。」
ふん、と鼻を鳴らして、フレイオが言った。
『あいつ』というのは、もちろん、ディールのことだ。
「ああ……ディールは、自分の体を動かして戦うことのほうが得意だから、魔法を使う人の気持ちは、あんまり、よく分からないのかもしれない。それで、言い方が、ちょっと乱暴だから、けんかを売ってるように聞こえるときもあるよね。いい人なんだけど。」
「いい人!」
フレイオが、呆れたように言った。
「どこがですか? あんな、乱暴で、がさつで、態度が悪くて、口も悪い男、見たことがありませんよ。」
「まあ、まあ。」
と、マッサは止めた。
確かに、今のは全部ディールにあてはまるといえば、あてはまるんだけど、本人が寝ているあいだに、ひそひそ悪口を言うのはよくない。
「フレイオが、ディールと性格が合わないのは、わかるけどさ。ぼくたちは、みんな仲間なんだから、どうにか、仲良くやっていく方法を見つけようよ。だって、仲間っていうのは、つまり、友達と同じようなものなんだから!」