熊と人間と猿、戦う
「むうっ!?」
と、ガーベラ隊長が唸って、はっと顔を上げ、すぐ側の崖の上を見た。
マッサもブルーも、ディールもタータさんもフレイオも、イワクイグマたちも、《赤いオオカミ》隊の戦士たちも、同時に、同じ方向を見上げた。
『ギャッ、ギャッ、ウキャキャキャキャキャ!』
月の光に照らされた崖の上に、すごい数の黒い影が姿を現していた。
鎧を着た猿たちだ!
『ギャーッ、ギャーッ、キキキ!』
猿たちは、こっちを見下ろして、何か言い合っている。
その言葉は、一人を――いや、一匹をのぞいては、マッサたちの誰にも、意味が分からなかった。
でも、こっちには一人――いや、一匹だけ、言葉が分かる者がいる。
ブルーだ。
『大将! 見てくださいよ。崖の下に、熊どもと、人間どもが、あんなに集まっていますぜ!』
『お互いに、大声を上げているな。熊と人間は、いよいよ、真っ正面から戦って、決着をつけることにしたようだぞ。』
『キッキキキ! こいつは、ちょうどいいですねえ。熊と人間が対決して、どっちも、ぼろぼろになったところで、俺たち猿が襲いかかれば、簡単に勝つことができますよ!』
『まったくだ。これまでは、猿と熊と人間が、それぞれ同士で戦っていたから、面倒なことになっていたが、俺たち猿以外の、熊と人間が、勝手につぶし合ってくれるとは、ありがたい話だ!』
『さあ、ここで、熊と人間の戦いを、ゆっくり見物しましょう! 俺たちは、後から、残ったほうをやっつけるということで。』
『そうだ、そうだ、そうしよう。キーッキッキッキッキッ!』
『……って、言ってる。』
ブルーが言った。
ブルーは、聞こえてくる猿たちの大声を、一言残らず、みんなに通訳していた。
しーんとした中で、ブルーが、マッサを見た。
マッサは、黙ったまま、ボルドンを見た。
ボルドンは、黙ったまま、自分のお父さんを見た。
ボルドンのお父さんも、黙ったまま、《赤いオオカミ》隊の隊長を見た。
《赤いオオカミ》隊の隊長も、黙ったまま、ガーベラ隊長たちを見た。
最後に、ガーベラ隊長が、マッサを見た。
そして。
全員が、いっせいに、うん! と、大きく頷きあった。
『ウキッ?』
何だか様子が変だぞ、と、猿たちが首を傾げた、そのときだ!
『グワァアアアアアアアアアーッ!!』
イワクイグマたちが、空も地面も揺れるような吠え声をあげたかと思うと、どどどどどどーっ! と、猿たちがいる崖に向かって駆け出した。
「うぉおおおおおおおおおおーっ!!」
と、《赤いオオカミ》隊の戦士たちも、熊たちといっしょに駆け出した。
マッサ、ブルー、ガーベラ隊長、ディール、タータさん、フレイオも、全員そろって駆け出した。
『ギャギャギャギャーッ!?』
これから勝手に戦いをはじめるとばかり思っていた熊と人間が、いきなり協力して、自分たちに向かって攻めてきたので、鎧を着た猿たちは、大混乱に陥った。
まずは、グオオオオーッ! と崖のかべを一気に駆け上がった熊たちが、猿の群れの中に突入する。
熊たちは、その強い腕で、猿たちを、ボカンボカンボカーン! と、ふっ飛ばしはじめた。
『グオオオオオーン!』
ボルドンのお父さんと、ボルドンが、背中あわせになって、一番暴れている。
猿たちは、パニックになりながらも、数が多いので、暴れる熊たちを取り囲み、めったやたらに反撃しはじめた。
でも、そこに横から突っ込んできたのが、人間たちだ。
「うおおおおおおおおお!」
崖をよじ登り、あるいは横から回り込んで駆け登ってきた《赤いオオカミ》隊の戦士たちが、熊たちを取り囲んで攻撃する猿たちに、外側から襲いかかる。
ボルドンのお父さんを、とげとげの剣で突き刺そうとしていた猿を、《赤いオオカミ》隊の隊長が、重い盾で、ごーん! と一撃して倒した。
「やああああっ!」
「待てこらぁああああっ!」
ガーベラ隊長とディールが、槍を振り回しながら、猿たちを追いかけ回す。
そのそばでは、
「あたたたたたたたたた!」
と、タータさんが、フライパンとおなべを両手に構えて身を守りながら、残る二本の手で、どばばばばば! と百連続パンチを出して、猿たちをやっつけている。
「炎よ!」
と、フレイオが、突き出した手の先から、ゴオーッと真っ赤な炎を出して、お尻に火が付いた猿たちが、
『ウギャギャギャギャーッ!』
と、とびはねながら、逃げ回っている。
魔法を使っているフレイオの後ろから、とげとげの槍を構えた大きな猿が、そーっと忍び寄っていく。
でも、
ガジッ!!
『ウギャアーッ!?』
すばやく走ってきたブルーが、鎧におおわれていない足の指に、がじっ! と噛みついたので、猿は、とげとげの槍を地面に落として、片足で、ぴょんぴょん跳ねまわった。
ブルーは、踏みつぶそうとしてくる猿の足の下から、するりっ! と抜け出して、
ガジッ!
『ウキャキャーッ!』
ガブッ!
『ギャギャギャギャーッ!?』
と、そこらじゅうを駆け回っては、猿たちに噛みつきまくった。
そして、マッサはというと、
「とおおおおおうっ!」
びゅーん! と夜空を飛び回り、他の仲間たちに襲いかかろうとしている猿を見つけては、後ろから、どーん! とぶつかって、ぶっ倒している。
相手が怒って、反撃しようとしても、その時には、マッサはもう、鳥のように舞い上がっている。
地面の上は、戦いの大混乱におちいっているけれど、空を飛んで、上から見ると、状況がはっきり分かるので、
「あっちのほうに、猿たちが逃げていきます!」
とか、
「ディールさん、気をつけて! 後ろから来ますよ!」
とか、みんなに知らせる役目もした。
そうやって、いったい、どれくらいのあいだ、戦っていただろう。
やがて、
『ガオオオオオオーン!!』
「うおおおおおおーっ!!」
熊と人間の、勝利の雄叫びが、山々のあいだにこだました。
《ふたつ頭のヘビ》山脈の戦いは終わった。
熊と人間とは、仲直りし、ようやく、山脈に平和が訪れたんだ!