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マッサ、やりとげる

「ううーん。」


 と、マッサは唸った。

《赤いオオカミ》隊の隊長が言っていることも、確かに分かる。

 ここで、マッサが、


「いや、だめです。武器は、全部置いていってください。」


 と言ったら、《赤いオオカミ》隊の戦士たちが、そんなことはできない! と怒り出して、せっかくここまで進んできた交渉が、決裂してしまうかも……

 よーく考えたマッサは、やがて、


「わかりました。」


 と、まっすぐに顔をあげて、言った。


「ぼくは、今から、また熊たちのところへ行って、みなさんの言葉を、熊たちに伝えます。それでいいですか?」


「ええ、もちろんです。よろしくお願いします。」


「夜中なのに、何度もすみません。」


《赤いオオカミ》隊の隊長や戦士たちは、口々にそう言った。


「いいのですか、王子?」


 すうっと、マッサの側に近づいてきたガーベラ隊長が、マッサの耳元で、小さな声で言った。


「このことを伝えたら、熊たちは、怒るのではないでしょうか?」


「いや、大丈夫。……多分、大丈夫だと思う。ぼくに、考えがあるんだ。」


 マッサは、そう言うと、


「じゃ、みんな、また、行ってきます!

 タカのように速く

 ヒバリのように高く

 竜のように強く

 飛べーっ!」


 ひゅーん! と再び夜空に舞い上がり、一直線に、イワクイグマたちのすみかへと飛んでいく。

 背中のリュックサックが、ごそごそ言った。


『マッサ、いそがしい、いそがしい! だいじょうぶ?』


「うん、ブルー、ありがとう。ぼく、まだ大丈夫。……あっ、見えてきた!」


 月の光が、広場に集まったイワクイグマたちの姿を照らしている。

 マッサは、ひゅうーんと、その真ん中に舞いおりていった。


『グオーッ、ガオ、ガオーン……』


『マッサ、はやい! とりみたいに、はやい。はなしあい、どうなった?』


「えーと……人間たちは、みなさんとの話し合いを、一本杉の丘の下の、まるい広場でする、という条件について、賛成しました。」


 マッサが報告すると、イワクイグマたちは、いっせいに、


『グオーン、グオーン!』


 と吠えた。


『みんな、いいぞ、いいぞ! って、いってる!』


 ブルーが、嬉しそうに通訳する。


「えーと……でも、人間たちは、話し合いに、全部の武器を置いてこなくてはならない、という条件には、賛成しませんでした。」


 すると今度は、イワクイグマたちは、いっせいに、


『ガルルーッ、ガルルーッ!』


 と唸りはじめた。


『みんな、だめだ、だめだ! って、いってる!』


 ブルーが、怖がって、マッサの足のあいだに隠れながら、通訳した。


「みなさん!」


 マッサは、両手を広げ、怒って唸っているイワクイグマたちの真ん中に進み出ながら、言った。


「どうか、落ち着いて。そして、ぼくの話を聞いてください! 人間たちが、二つ目の条件を断ったことには、理由があるんです。」


『ガルルーッ、ガルルーッ!』


 熊たちは、まだ怒って、唸っている。

 でも、マッサは、くじけずに、それぞれの熊たちの顔を見回しながら、言った。


「聞いてください! みなさんには、強い牙と、強い爪がありますよね。」


『ウオーッ!』


『ある! って、いってる。くまには、つよい、つめと、きば、ある! それで、いわ、くだく。やま、まもる。』


「そうでしょう。」


 マッサは、大きく頷いた。


「ところが、人間には、強い牙も、爪も、ないんです。だから、人間は、強い牙や、爪のかわりに、金属で、武器を作って、それを持ちます。人間の武器は、熊の、爪や牙と、同じようなものなんです。……みなさんは、話し合いのときに、牙や、爪を抜いて、置いて来ますか?」


 イワクイグマたちは、顔を見合わせた。


『ウオウ、ウオウ、グルルーッ……』


『そんなこと、しない! って、いってる。きばと、つめ、とれない!』


「だから、人間たちも、武器を持って来たがっているんです。あなたたちに、強い牙と爪があるのに、自分たちに、何もないのは、怖いからです。……でも、あなたたちは、話し合いのときには、牙も、爪も、使いませんよね? 人間を、がぶっと噛んだり、ばりーっと引っかいたり、しませんよね?」


『ガオーン、ガオーン!』


『しない! って、いってる。あいてが、こうげき、しなかったら、くま、こうげき、しない!』


「人間も、同じです。武器は、持ってくるけど、あなたたちが攻撃しない限り、ぜったいに、その武器は使いません! これは、かたく約束します。だから、どうか、武器を持ってくることだけは、許してもらえませんか。」


 マッサの言葉を、ブルーが通訳すると、イワクイグマたちは、大きな頭を寄せ集めて、ガウガウ、ゴフーッ、ゴフーッ、と話し合いはじめた。

 ブルーは、心配そうに、マッサの足のあいだをうろうろし、マッサは、できるだけ堂々と、まっすぐに立って、熊たちのほうを見ていた。

 やがて、熊たちは話し合いを終えて、まっすぐに並び、ボルドンのお父さんが前に出て、ガウガウ、と喋った。


『えーと……わかった! って、いってる。くまは、にんげんが、けんと、やり、もってくることを、ゆるす。……でも、ゆみやは、だめ! けんと、やりは、きばと、つめの、かわり。でも、ゆみやは、だめ! だって、くまの、きばと、つめは、びゅーんって、とばない。だから、だめ! わかった?』


「わかりました!」


 マッサは、ようやく笑顔になって、言った。

 マッサの説得で、イワクイグマたちが、条件を譲ってくれたんだ。

 これで、また、交渉が一歩前に進んだ。


「じゃあ、ぼくは、今から、このことを、人間たちに伝えてきますね。それで、どうなったか、また、帰ってきて、報告しますから! ……さあ、ブルー、リュックサックに入って。」


『ブルルッ! マッサ、いそがしい、いそがしい! だいじょうぶ?』


「大丈夫だよ。さあ、行こう!

 タカのように速く

 ヒバリのように高く

 竜のように強く

 飛べーっ!」


 こうしてマッサは、またまた《赤いオオカミ》隊の秘密基地に飛んで戻り、イワクイグマたちの言葉を、みんなに伝えた。


「ううーむ……なるほど。」


 と、《赤いオオカミ》隊の隊長は、難しい顔で唸りながらも、うなずいた。


「剣と槍は、いいが、弓矢は、だめ。理由は、牙や爪と同じだから、か。……なるほど。言われてみれば、まあ、そうだな。」


「では、隊長、この条件で、熊との話し合いを……?」


「ああ。向こうが、条件を譲ってきたということは、熊たちのほうにも、戦いをやめようという気持ちがあるということだろう。ここで、俺たちも歩み寄って、条件を飲もう。」


「ああ、これで、とうとう、熊たちとの戦いが終わるんだ! やったぞーっ!」


「長かったよなあ!」


「いや、待て待て!」


 飛びはねて喜びはじめた仲間たちを、別の戦士たちが、落ち着け、とたしなめる。


「油断するには、まだ早いぞ。」


「そうだ! これが、俺たちをおびき出して、一か所に集めておいて、いっぺんにやっつけようっていう、熊どもの罠じゃないとは、言い切れないからな。」


「もしも、そんなことになったら、ぼくが、みなさんを守ります。」


 マッサは、はっきりと言った。


「平和のための話し合いは、お互いが約束を守らないと、成り立ちません。もしも、どっちかが約束を破って、相手を攻撃するようなことがあったら、ぼくは、攻撃されたほうを守ります! もちろん、ぼくの仲間たちも、みんな、そうだと思います。」


「ええ。」


 と、ガーベラ隊長が言って、マッサの隣に進み出た。


「俺もだ!」


「わたしもです。」


「私も。」


『ぼくも!』


 と、ディール、タータさん、フレイオ、そしてブルーも、次々に言った。


 こうして、とうとう、イワクイグマと人間との話し合いが実現することになった。

 マッサは、この後も、熊たちのすみかと、《赤いオオカミ》隊の秘密基地を、何度も行ったり来たりして、集合時間とか、集まる人数とか、広場のどっち側に、どっちが並ぶとか、そういう細かい話を、両方のあいだに入って、全部、取り決めていった。

 そして、夜明けも近くなってから、《赤いオオカミ》隊の秘密基地の、眠るための部屋に転がり込んで、ブルーと一緒に、一日中、ぐっすりと眠った。


 そして、太陽が沈んだ、その日の夜。

 とうとう、イワクイグマと人間たちとの話し合いは、はじまった。


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