マッサとブルー、飛ぶ
日が暮れた。
「じゃあ、行ってきます!」
ぐっすり昼寝をして、すっかり元気になったマッサは、洞窟の秘密基地の入口で、元気に出発のあいさつをした。
「どうぞ、お気をつけて!」
「スピードを出し過ぎて、山に激突するなよ、マッサ! もう、真っ暗だからな。」
ガーベラ隊長と、ディールが言って、
「大丈夫。月が出ているから、目が慣れれば、あたりの様子は分かりますよ。」
と、タータさんが言い、
「がんばってください。」
と、フレイオが言った。
「うん、任せといて!」
と、マッサが答えると、
『まかせといて! フフン!』
と、マッサが背負ったリュックサックの中からも、声がした。
声の正体は、もちろんブルーだ。
マッサは、リュックサックの中から、ほとんどの荷物を取り出して、そのかわりに、ブルーを中に入れてあげて、しっかりとふたを閉めていた。
これから、マッサは、ボルドンが待っているはずの、一番高い山の上まで飛んでいく。
そんな高いところから、万が一、ブルーを落としてしまったら、命に関わる。
だから、今回は、ブルーを抱っこするんじゃなくて、しっかり、リュックサックの中に入っていてもらうことにしたんだ。
「王子、どうぞ、よろしくお願いします。」
《赤いオオカミ》隊の隊長や、今、洞窟にいる戦士たちのほとんど全員も、入口まで、見送りに来ていた。
「熊との話し合いを、うまく進めてください。」
「熊と戦わずにすむようになったら、俺たちの毎日は、これまでより、ずっとよくなります。」
「うん。任せてください!」
『フフン! まかせてください!』
マッサとブルーは、ほとんど同時に答えた。
マッサは、秘密基地の入口の階段を、少しだけおりて、ごうごうと流れ落ちる滝の水をよけ、空に向かって飛び立てるところに立った。
さあ、いよいよ、夜空の旅に出発だ!
「ここから、飛ぶのですか?」
《赤いオオカミ》隊の戦士たちは、心配そうだった。
確かに、ふつうの人が、ここから飛び出したら、滝壺まで真っ逆さまに墜落して、死んでしまう。
「大丈夫です。」
マッサは、自信満々に言った。
昼間、寝る前とは違って、体じゅうに魔法の力がよみがえっているのを、はっきりと感じる。
「さあ、行くぞ!
タカのように速く、
ヒバリのように高く、
竜のように強く――
飛べーっ!!」
「おおおおおーっ!?」
みんなの驚きの声があがった。
マッサの体は、大きなフクロウのように、一瞬にして夜空に舞い上がった。
「それじゃ、みんな、行ってきまーっす!」
びゅーん! と、マッサはロケットみたいに、一気に上昇していった。
月と星の光をめざして、ぐんぐん上がっていく。
だいぶ昇ったところで、マッサは、ふわっと、何もない空中に止まった。
ちらっと真下を見ると、真っ黒に見える地面の一か所に、赤い光の点が、ぽつんと見えた。
あれは、マッサが帰ってくるときに、迷子にならないように、ガーベラ隊長が灯してくれている、目印のたいまつの光だ。
『マッサ、とまった! たかい? こわい?』
背中から、ブルーの声がして、リュックサックがごそごそ動いた。
「いや、ぼくは、怖くないよ。でも、ブルーは、まだ、出てきちゃだめだよ!」
マッサは、そう答えて、ブルーを落ち着かせるように、ぽんぽんとリュックサックを叩いた。
こんなに高いところで、ブルーが外を見たりしたら、また『ブルルルルッ!』と言って、気絶しちゃうに決まっているからだ。
「えーっと、この中で、一番高い山っていうのは……」
マッサは、夜空のど真ん中にぽっかりと浮かびながら、ぐるーっと一周、まわりを見た。
「あっ、あれだ!」
いくつもの山の峰が、ぎざぎざと並んでいる中で、一か所だけ、まるで鋭い槍のように、夜空に向かって突き出した山頂がある。
マッサは、そのてっぺんに向かって、びゅーんと飛んでいった。
すると、
グオオオオオーン
という、遠吠えのような声が聞こえた。
犬の遠吠えよりも、もっと低くて、ごろごろした声だ。
その声は、まさに、マッサが向かおうとしている、一番高い山のほうから聞こえてきた。
ガオオオオオオーン
「あっ、ボルドン!」
どんどん近づいていくと、見覚えのある体格の熊が一頭、一番高い山のてっぺんで吠えているのが見えてきた。
「おーい、おーい! ボルドン、ぼく、来たよ!」
手を振りながら、マッサがびゅーんと近づいていくと、山のてっぺんのボルドンは、グオッ? と吠えるのをやめて、ふしぎそうに、右や左や、後ろを見た。
「ここ、ここ! ぼくは、ここだよーっ!」
マッサの声を聞いて、きょろきょろしていたボルドンは、ようやく上を向き、マッサが飛んでくるのを見つけて、
『ウオオオオオッ!?』
と、びっくりして、険しい山のてっぺんから、後ろ向きに、ごろごろごろーん! と転がり落ちていってしまった。
「ああっ!? ボルドン!」
こんなことになるなら、空の上から声なんかかけなきゃよかった、と、マッサが後悔していると、なんと、ごつごつの斜面を転がり落ちていったボルドンは、まったく平気そうな様子で、ドッドッドッと走って、戻ってきた。
『ゴウッ、ウオ、ウオ、ガーオ!』
『マッサ、とりみたいに、とんでた! って、いってる。にんげんが、そんなふうに、そらをとぶって、しらなかった! って、いってる。』
マッサが山のてっぺんに着陸したので、ようやくリュックサックの中からはい出したブルーが、さっそく、通訳してくれた。
「ああ、ぜんぶの人間が、空を飛ぶわけじゃないよ。これは、魔法なんだ。……それはともかく、ボルドン、迎えに来てくれてありがとう!」
『ガオッ、グオーッ、ガオーッ?』
『にんげんたち、なんて、いってた? って、いってる。』
「人間たち……? ああ、《赤いオオカミ》隊の人たちのことだね。大丈夫、ばっちりだよ!
ぼく、あの人たちに、イワクイグマのことを、教えてあげたんだ。岩しか食べない、人間は食べないって。そしたら、みんな、びっくりしてた。そして、ボルドンたちのことを、間違えて攻撃しちゃって、悪かったなあって言ってた。人間たちは、イワクイグマたちに謝りたいって言ってる。このことを、今から、きみの一族に、伝えに行きたいんだ。」
『グオーッ!』
『まかせて! って、いってる!』
ボルドンの力強い声に続けて、ブルーが言った。
『おまえたち、せなかに、のるといい! って、いってる。ボルドンが、また、ぼくたちを、せなかにのせて、かぞくがいるところまで、つれていってくれる!』