マッサ、説得する
朝早くに出発したはずのマッサたち一行が、まだお昼にもならないうちに、一列に並んで歩いて戻ってくるのを見て、《赤いオオカミ》隊の戦士たちは、ものすごく驚いた。
「あれっ!? フサフサマール王子!?」
「いったい、どうなさったんです? 今朝、出発なさったばかりなのに!」
「もしかして、途中で、道が分からなくなったんですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……あと、ぼくの名前、マッサファールです。」
マッサは、おどろいている見張りの戦士たちに向かって、言った。
「実は、ぼくたち、朝、ここを出発して、しばらくしてから、熊に出会ったんです。」
「何ですって!」
マッサの言葉に、戦士たちは、いっせいに色めき立った。
「しばらくしてから……ということは、ここから、そう遠くないところ、ということですね!?」
「いったい、どこでです? 近くに、どんなものがありましたか?」
「ええと……ぼくたちが、熊と会ったのは、川のところです。橋を渡ろうとしたら、その橋が、壊れて、流されてて……」
「何てことだ!」
マッサの説明を、途中でぶった切って、戦士たちは大騒ぎをしはじめた。
「川の、橋のところって……すぐ、そこじゃないか!」
「熊め、こっそりと、こんなところまで出てきやがったのか!」
「こうしてはいられない。すぐに、特別部隊を出して、熊に攻撃を――」
「ちょっと、待ってくださいっ!!」
マッサが、いきなり、めちゃくちゃ大きな声を出したので、大騒ぎをしていた戦士たちは、びっくりして飛び上がり、静かになった。
「みなさん、ちょっと、落ち着いて、ぼくの話を聞いてください。すごく、大事な話があるんです。」
「ええ、もちろんです……しかし、こうしているうちにも、熊がこっちに来たら……」
「いや、熊は、ここには攻めてきません。だから、落ち着いてください。実は、ぼくが、大事な話があるっていうのは、そのことと、関係があるんです……」
とにかく、こんなところで立ったままでは、じっくり話もできない、というわけで、マッサたちは、また、いくつもの防壁を越えて、崖にきざまれた階段をのぼり、滝の裏側にある《赤いオオカミ》隊の秘密基地に戻った。
すぐに、部下たちから知らせを受けた《赤いオオカミ》隊の隊長も戻ってきた。
マッサは、戦士たちを集めると、今朝からの出来事を、ていねいに説明しはじめた。
川を渡ろうとしたけれど、橋が壊れて、流されてしまっていたこと。
橋の代わりに、みんなでロープをはって、渡ろうとしたこと。
最後に、マッサがブルーを抱っこして川の上を飛ぼうとしたとき、鎧を着た猿たちが現れて、矢を射かけてきたこと――
「何だって、猿も!?」
と、戦士の一人がさけんで、
「しーっ!」
と、みんなに注意された。
静かになったところで、マッサは、説明を続けた。
飛んでくる矢を避けようとしたひょうしに、ブルーを川に落としてしまったこと。
流されたブルーを、何とか助けあげたら、そこに、大きな熊が現れて、両腕を振り上げ、
『グオオオオオオッ!』
と吠えたこと――
「うわあ、何てこった!」
さっき「しーっ!」と注意された戦士が、我慢できずに、また叫んだ。
「そんな目の前に、熊が出たんですか! 王子、よく、命がありましたね!」
「どうやって、助かったんですか?」
「もしかして、王子が、熊を倒したんですか!?」
「あんなにでかいやつを、いったい、どうやって!?」
他の戦士たちも、口々に言った。
「ぼくは、熊を、倒してないですよ。」
マッサは、落ち着いて言った。
「倒す必要なんか、なかったんです。だって、その熊が『グオオオオオオッ!』て言ったのは、ただ単に『こんにちはーっ!!』て、言ってただけなんですから!」
戦士たちは、一瞬、ぽかんとした。
マッサが何を言ったのか、意味が、よく分からなかったみたいだった。
それから、戦士たちは、笑って、手をぱたぱた振りながら、
「まっさかあ。」
と言った。
「熊が、人間に、こんにちはーっ! て言うなんて、聞いたこともありませんよ。」
「失礼ですが、それは、王子の思い違いだったのではありませんか?」
「だいたい、熊と人間とじゃ、言葉が通じないんですから……」
『でも、ぼくは、ことば、わかる!』
マッサの横に飛び出したブルーが、えっへん! と胸をはりながら、言った。
『ぼく、にんげんのことば、くまのことば、わかる! くま、こんにちはーっ! て、いった。ぼく、マッサに、おしえてあげた。』
「ええっ? いや、そんな、まさか……」
「本当なんです。」
まだ、信じられないという顔をしている戦士たちに、マッサは言った。
「あの熊たちのあいだでは、両手を振り上げて、お腹を見せながら、大きな声で『グオオオオッ!』て言うのが、元気な、いいあいさつなんです。
あなたたち《赤いオオカミ》隊が、はじめてこの山に来たときも、熊が、突然出てきて、『グオオオオオッ!』て言ったんでしょう? あれは、本当は、みなさんに向かって、あいさつしていただけだったんです。」
マッサの説明を聞いて、《赤いオオカミ》隊の戦士たちは、顔を見合わせた。
それから、
「まっさかあ。」
と、全員が言って、ぱたぱたと片手を振った。
「あの、おっそろしい吠え声! おっそろしい顔! 振り上げた両手! あれがあいさつだなんて、とんでもない。どう見ても、俺たちを襲って、食ってやろうっていうふうにしか、見えませんでしたよ。」
「そうですとも! いくら、王子のおっしゃることでも、信じられない。」
「でも、本当なんです。」
マッサは、ねばり強く言った。
「あの熊たちは、あなたたちを食べようとしたわけじゃないんです。……なぜかというと、あの熊たちは、肉を食べないからです。あの熊たちは、イワクイグマという種類で、岩だけを食べて、生きているんです。」
戦士たちは、またまた、顔を見合わせた。
そして、
「まっさかあ……」
と言いながら、全員でぱたぱたと手を振ったが、今度は、何だか、少し自信がなくなってきたようだった。
「まあ……百歩ゆずって、仮に、こっちを食べるつもりじゃなかったとしても、襲うつもりだったってことは、間違いありませんよ!」
「そうですとも! だって、両手を、こーんなふうにして、振り上げていたんですからね! こうやって、手を振り上げるといえば、何をするときです? 相手を、ぶっ叩こうとするときに、決まっているじゃないですか!」
「いや、それが、そういうわけじゃないんです。」
マッサは、ガーベラ隊長が言っていたことを、そのまま戦士たちに伝えることにした。
「動物が、お腹を見せるというのは、戦うつもりはありませんよ、という合図なんです。だって、お腹は一番やわらかいところだから、そこを見せるのは、相手を信用しますよ、ということだからです。
熊たちが、両手を振り上げていたのは、あなたたちをぶっ叩くためじゃなくて、あなたたちに、お腹を見せて、戦うつもりはありませんよ、と、伝えるためだったんです!」