マッサ、想像する
マッサは考えた。
よくよく想像して、考えて……それから、ようやく、言った。
「うん、ぼくも、きっと、すごく怒ると思います。相手がそこにいたら、しかえし、しちゃうと思います。」
『グオグオーッ!』
ほらな! というように吠えるイワクイグマたちを、両手でおさえるポーズをして、マッサは続けた。
「でも、それは、相手が、わざとやったときです! ぼくのおじいちゃんや、おばあちゃんに、わざと、けがをさせようとするやつがいたら、ぼくは、ぜったいに許せないと思う。
でも……もしも、相手が、まちがっただけだったら……」
マッサは、そこまで言って、また、考えこんだ。
相手が、まちがっただけだったら、ぼくは、許せるだろうか?
おじいちゃんやおばあちゃんが、本当に、けがをさせられていても、ぼくは、相手を許せるだろうか?
マッサは、おじいちゃんとおばあちゃんの顔を、かわるがわる、心に思い浮かべた。
おじいちゃんや、おばあちゃんだったら、そういうとき、どうするだろう?
「うーん……分からないけど……もしも、まちがっただけだったら……それで、相手が、本当に、心から謝って、反省してたら……ぼくの、おじいちゃんとおばあちゃんだったら、多分、相手を許すと思うし……ぼくも……多分、許すと思う。」
ブルーが通訳した、マッサの言葉をきいて、熊たちは、何やら低い唸り声をかわしはじめた。
『ええと……おれたちも、おなじ! って、いってる。わざと、こうげきしてくるやつ、てき。ゆるさない。でも、まちがいは、ゆるす! あやまったら、ゆるす!』
「えっ? じゃあ……」
マッサは、喜びかけたけど、
『でも、にんげん、きっと、あやまらない! って、いってる。』
と、ブルーは、通訳を続けた。
『にんげん、きっと、こういう。くまが、さきに、おどかしてきた! だから、やりで、つっついた。じぶんたち、わるくない! だから、あやまらない! きっと、そういう。……って、いってる。』
すると、
「きいてみたら、どうですか?」
と、急に、タータさんが言った。
「えっ?」
マッサは、タータさんが何のことを言っているのか、最初、分からなかった。
「きいてみるって……えっ? 誰に、何を?」
「もちろん、《赤いオオカミ》隊の人たちに、ですよ!」
タータさんは、簡単なことじゃないですか、というような調子で言った。
「だって、《赤いオオカミ》隊の人たちは、まだ、この事情を、なんにも知らないでしょう? この熊さんたちが、岩しか食べないっていうことも、最初に吠えたのが、ただ、あいさつしただけだった、っていうことも。……だから、まずは、それを、教えてあげて、それから、熊さんたちに謝る気持ちがあるかどうか、きいてみたら、どうですか?」
「なるほど!」
たしかに、タータさんの言う通りだ。
この場にいない人たちのことを、絶対こうだ、きっとそうだ、なんて、想像だけで決めつけて話をしていても、意味がない。
どういう気持ちなのか、どうするつもりなのか、相手に、直接きいてみるのが一番だ。
でも、その話し合いをするために、いきなり、《赤いオオカミ》隊の基地に、熊たちが訪ねていくのは、まずい。
恐ろしい熊が、大群で襲ってきた! と思われて、話し合いをする前に、また、余計な戦いが起きてしまう。
と、いうことは――
「そうだっ!」
いい方法を思いついて、マッサは、ぽーんと手を叩いた。
「ぼくが、行きます! ぼくが、《赤いオオカミ》隊の基地まで戻って、そこにいるみんなに、イワクイグマのみなさんのことを、説明します。それで、もし、勘違いして攻撃したことを、謝ってくれたら、イワクイグマのみなさんは、ゆるす! って言ってることを、伝えます。」
「なるほど。」
ガーベラ隊長が、大きく頷いた。
「王子は、和平会談を行うための、特使というわけですね。」
『ワヘイカイダンヲオコナウタメノトクシって、なに?』
「あー……ま、要するに、熊と人間が仲直りするために、あいだに入って、お互いの話を伝える役、ってこったな。」
後ろで、ブルーと、ディールが、ひそひそ言っている。
イワクイグマたちは、顔を見合わせて、ガウガウ、グルルル、と低い唸り声をかわしあった。
『ええと……おまえが、はなしを、しにいくのは、いい。でも、おれたちは、もうすぐ、すみかに、かえらないといけない。
ここは、にんげんが、ときどき、とおる、あぶないところ。
いま、にんげんと、であったら、また、たたかい、おこる!
それに、いちど、かえって、いちぞくの、ほかのみんなに、このことを、つたえないといけない。』
「おいおい、そいつは困るぜ。俺たちは、あんたらのすみかの場所を知らねえんだ。せっかく、マッサが《赤いオオカミ》隊の連中と話をつけてくるって言ってるのに、今、あんたらが帰っちまったら、話の結果を、あんたらに報告できねえじゃねえかよ!」
ディールが、ボルドンのお父さんに向かって、文句を言った。
言葉はぜんぜん通じていないのに、気にせず、直接話しかけている。
『グオッ、グオッ、ゴーフ……』
『ええと……おれたちは、ここのやまのなかで、いちばん、たかい、やまに、すんでる。
きょうの、よる、つきが、いちばん、たかくのぼるときに、ボルドンが、いちばん、たかいやまのうえの、いちばん、おおきないわのうえで、まってる。
そこで、まちあわせ。ボルドンが、すみかまで、あんないする。』
「今晩、待ち合わせするにしては、場所が、遠すぎるだろうがっ!」
ディールが、またまた文句を言った。
でも、言っていることは、確かにその通りだ。
イワクイグマたちなら、簡単にたどり着ける場所でも、人間の足で行くには、あまりにも遠すぎるし、道が険しすぎる。
「この山脈で一番高い山のてっぺんなんて、どう考えても、着くまでに、十日以上はかかるぜ! 翼がありゃあ、話は別だが――」
そこまで言いかけて、ディールは、あっという顔でマッサを見た。
ガーベラ隊長、タータさん、フレイオ、そしてブルーも、マッサを見た。
「ぼくなら、行けるね。」
マッサは、大きく頷いた。
「ブルーも、いっしょに来てくれる? きみが、通訳をしてくれないと、イワクイグマのみなさんと、話が通じないから……」
『いく!』
「空を飛んでいくけど、大丈夫?」
『ブルルルルッ! こわい! でも、いく! マッサといっしょ!』
「ありがとう、ブルー! ……みなさん、聞いてのとおりです。ぼくとブルーが、魔法で飛んで、イワクイグマのみなさんたちと、《赤いオオカミ》隊の人たちが、仲直りできるように、きちんと、おたがいの話を伝えます!」