イワクイグマたち、怒る
「だ、だ、だ、だから、あれって、何だよ!?」
「あいさつです!」
震え声のディールに、そう答えて、タータさんは、四本の手を高く挙げ、
「グオオオオオーッ!」
と叫んだ。
「そ、そうか! こっちに、戦うつもりがねえってことを、見せるんだな! グオオオオオーッ!」
と、ディールも叫んだ。
「グオオオオオ!」
「ぐおー……!」
と、ガーベラ隊長とフレイオも叫んだ。
マッサも、気絶しているブルーを両手で持ち上げながら、
「グオオオオオオオッ!」
と、やけくそみたいな大声で叫んだ。
イワクイグマたちは、目を丸くして、お互いに顔を見合わせた。
急に、自分たちのあいさつが出てきたから、びっくりしているみたいだった。
『グオッ、グオッ、ウオ、ウオ。』
と、熊たちの輪の外側から、ボルドンが、いっしょうけんめい、何か言っているのが聞こえてきた。
たぶん、マッサたちのことを、説明してくれているんだ。
『グアーッ! ガルルルル。』
と、一番体の大きな黒い熊が、怒ったような声を出して、ボルドンに近づき、片手で、ぼん! とボルドンの鼻を叩いた。
ガーベラ隊長がむちゃくちゃ怒って、ディールを、ごん! と叩くときと、似たような感じだった。
ボルドンは、ガフーン……と痛そうに唸ったけど、あきらめずに、まだ何か言っている。
一番大きな黒い熊は、そんなボルドンに、ガウガウ! と怒っている。
もしかしたら、あの大きな黒い熊は、ボルドンのお父さんか、お母さんか、おじいちゃんか、おばあちゃんなのかもしれない。
そのときになって、
『はっ!? ……こわい、こわい! くま、いっぱい!』
と、ブルーが、ようやく意識を取り戻した。
「あっ、ブルー、よかった! ……たぶん、ここにいる熊たちは、ボルドンの家族なんだと思う。ボルドンが、勝手にぼくたちに近づいたから、熊たちは『そんなことしたらだめだろ!』って、怒ってるんじゃないかな。……違う?」
『……うん、そう! そう、いってる! おおきい、くろい、くまは、ボルドンのおとうさん。にんげんとしゃべったら、だめ! って、いってる。』
「やっぱり!」
ボルドンのお父さんたちは、ボルドンが、勝手にいなくなっちゃったから、心配して、みんなで探しに来たんだろう。
鎧を着た猿たちが、急に逃げていった理由も、これで分かった。
猿たちは、イワクイグマのむれが近づいてくることに気付いて、怖がって逃げたんだ。
そこへ、ちょうど、ボルドンが、マッサとブルーを乗せて戻ってきた、というわけだ。
「み、み、み、みなさん!」
まだ、ちょっと――いや、かなり怖いけど、マッサは勇気をふるって、一歩踏み出し、声をあげた。
グオッ! と唸って、熊たちがいっせいにこっちを向く。
熊たちの目が、めちゃくちゃ怖くて、心臓が止まりそうになったけど、マッサは、何とかふんばって、倒れなかった。
「あ、あ、あの、その、ぼくは……ぼくたちは、怪しい者じゃ、ありません! あなたたちに悪いことをしようなんて、全然、思っていません。……ブルー、お願い、通訳して!」
『ブルルルルッ! こわい!』
ブルーは、まだ震えていたけど、マッサの足のあいだに隠れながら、いっしょうけんめい、通訳してくれた。
「ぼくたちは、この《二つ頭のヘビ》山脈を、通り抜けたいだけです! 何も、あなたたちに悪いことはしません。そして、ボルドンは、ぼくと、ここにいるブルーが、仲間からはぐれて、困っていたところを、親切に助けてくれたんです。だから、ボルドンを、怒らないでください!」
『ウウウ……ガルルルルーッ!』
ブルーが通訳したマッサの言葉をきいて、ボルドンのお父さんは、怒ったように吠えた。
『ええと……なまえ、ちがう! って、いってる。
この、やまは、いい、くまがすんでる、いい、くまのやま。
むかーし、むかしの、おおむかしから、そういう、なまえ。へびじゃ、ない。
にんげん、くまの、あとから、きた。あとから、きて、なまえ、まちがえるな! って、いってる。』
「そうだったんですか?」
マッサは、びっくりした。
言われてみれば、もともと、イワクイグマたちが住みついていた場所だったなら、ちゃんと、熊語の名前がついていて当然だ。
「じゃあ、熊語では、ここのこと、なんていうんですか?」
『グオーングローンガウ、グオーングローンガオーン。』
「長くねえか!?」
ディールが、思わずそう言って、おっと、と、自分で口をおさえた。
「いい熊がすんでる、いい熊の山。……あなたたちは、いい熊なんですね。」
『グロロロ!』
当たり前だ! というように、ボルドンのお父さんが吠えて、グオッグオッ、と、何か言い始めた。
『ええと……』
ブルーが、真剣にききながら、どんどん通訳する。
『おれたち、いい、くま。いわ、たいせつにする。きも、くさも、みずも、ほかのいきものも、たいせつにする。このやま、まもる。むかーし、むかしの、おおむかしから、ずっと、そう。
でも、あるとき、さると、にんげん、やってきた。
おれたち、ちょっと、こまった。でも、いいやつなら、ともだち、なる! とおもって、あいさつした。
そしたら、さるも、にんげんも、やりで、つっついてきた! やを、いっぱい、とばしてきた!
ここにいる、ボルドンのおばあさん、ささって、ちがでた。いたい、いたい!』
『グオーン、グオーン!』
灰色の毛をした、お年寄りの熊が、大きく首を振りながら唸った。
あれが、ボルドンのおばあさんだ。
『おれたち、おこった! さる、わるい。にんげん、わるい。やまから、おいだす!
でも、あいつら、わるぢえ、はたらく。わな、かける。やを、とばしてくる。
どく、ぬってあって、くま、しびれる! いたい、いたい! わるい、わるい!』
『グオーン、グオーン!』
『ガオーン、ガオーン!』
集まった熊たちが、いっせいに怒りの声をあげて、ばんばん、地面を叩いた。
地面も、生えている木々も、地震のようにびりびり揺れた。
『さる、わるい! にんげん、わるい! みつけたら、かむ! ひっかく!
……でも、おまえたち、ちゃんと、おれたちのあいさつ、した。
だから、かむのと、ひっかくのは、かんべんしてやる。
いますぐに、いいくまがすんでる、いいくまのやまから、でていけ!』