マッサたち、追いつめられる
「そんなこと言われたって、俺たち、熊語の挨拶なんて、知らねえぞ。」
ディールが言うと、
『ボルドンと、おなじこと、したらいい!』
ブルーが言って、ぴょこんと立ち上がり、両手を振り上げて、白いお腹を見せながら、
『ぐおおおおおおーっ!』
と言った。
「なるほど、このポーズは、弱い部分である腹を見せることで、自分には戦うつもりはないということを示す意味があるのかもしれないな。」
と、ガーベラ隊長が、戦士らしい考えを述べたあとで、
「ぐおおおおおおっ!」
と、ボルドンに向かって、両手を挙げて叫んだ。
「ぐおおおおおおー!」
と、タータさんも、四本の腕を挙げて、元気よく叫んだ。
「なんか、間抜けじゃねえか、これ!? ……まあ、仕方がねえな! ぐおおおおおおっ!」
と、ディールも両手を挙げて叫び、最後に、
「ぐおーっ……」
と、やる気がないのか、恥ずかしくて照れているのか、小さい声で言いながら、フレイオも、ちょっとだけ両手を挙げた。
それを見たボルドンの顔が、ものすごく嬉しそうになった。
笑う熊、というものを見たのは、生まれて初めてだ、と、マッサは思った。
『グオッ、グオッ。ガーオ、グロロロロロ……』
『ボルドン、よろこんでる! ぼくたちのあいさつ、してくれた! って、よろこんでる。みんな、いいやつ! って、いってる!』
ブルーの通訳を聞いて、マッサは、ほっとした。
ほっとしたら、急に、思い出した。
「そうだ! みんな、けがはなかった? さっき、襲ってきた猿たちは、追い返したの?」
「おう! 危なかったが、何とかなったぜ。最初は、そこにある、でかい岩のかげに、みんなで隠れてな。何しろ、びゅんびゅん、うちおろしてきやがったからな。」
見回すと、あたりには、黒い羽根のついた矢が、いっぱい散らばっていた。
中には、石の隙間に突き刺さっているものもあった。
誰にも命中しなくて、本当によかった。
「わたしは、ここに隠れながら、石を投げて、応戦しましたよ!」
と、タータさんが、なぜか嬉しそうに言うと、フレイオも、
「私も、炎の魔法で応戦しようとしたのですが……あまり、うまくいきませんでした。あたりに、木が多かったもので、山火事になったら、困ると思ったので。」
と、残念そうに言った。
マッサは、しばらく考えて、
「……あれ? じゃあ、みんな、どうやって、猿たちを追い払ったの?」
と尋ねた。
「いや、どうやって、っつうか……しばらくしたら、勝手に、どっか行ったんだよ。ですよね、隊長?」
「そうなのです。」
ディールの言葉に続けて、ガーベラ隊長も、不思議そうに言った。
「はじめは、こちらを取り囲むために移動したのか、とも思ったのですが、どうも、そういうふうでもなく……奴らは、矢をうつだけうって、さっさと逃げてしまいました。いったい、どういうことだろう? と言い合っているところに、ちょうど、王子が戻っていらっしゃったのです。」
「逃げた……?」
それは変だぞ、と、マッサは思った。
鎧を来た猿たちのほうが、高いところにいたし、こっちよりも、数が多かったし、弓矢という武器まで持っていた。
どう考えても、相手のほうが有利だったのに、なぜか勝手に逃げ出したなんて、不自然すぎる。
いったい、どういう理由があったんだろう――?
と、そのときだ。
『グオッ?』
と、ボルドンが、急に頭を持ち上げてあたりを見回した。
それと同時に、ブルーも、
『ん?』
と、顔をあげて、きょろきょろ、あたりを見回した。
「え?」
と、マッサたちが呟いた、次の瞬間!
ドバァァァァン!!
と音がしそうなくらいの勢いで、でも実際には何の音もたてずに、マッサたちのまわり全部の茂みや、木のかげや、そばの崖の上から、何頭もの巨大な熊たちが飛び出してきた!
マッサは、心臓がドキーン! となって、本当に倒れるかと思った。
ブルーは、ブルルルルッ! とも言わずに、ぱったり倒れてしまった。
さすがのガーベラ隊長たちも、
「うっ!?」
とうめいただけで、槍を構えることもできなかった。
灰色、うすい茶色、濃い茶色、黒。
いろんな色の熊たちには、ひとつだけ、共通点があった。
どの熊も、ボルドンより、もっと体が大きい。
マッサは震えながら、倒れたブルーの体をなんとか抱き上げ、後ずさった。
『ゴフーッ……ゴフーッ……』
あらわれた熊たちは、おそろしい目つきでにらみながら、マッサたちを完全に取り囲み、ぐうっと輪を縮めてきた。
マッサたちは、熊たちの輪の真ん中に追い詰められてしまった。
「あ、あ、あ……」
一番大きな黒い熊に、鼻がぶつかりそうなくらい近寄られて、マッサはぶるぶる震えた。
震えているのは、怖かったからだけど、それは、自分が噛まれるのが怖いからじゃなかった。
マッサには《守り石》があるから、噛まれても、引っかかれても平気だ。
でも、他のみんなは違う。
誰かが、がぶっ! と噛まれたら、あるいは、ばん! と叩かれたら、その人は死んでしまう。
仲間が減ったら困るから、怖いんじゃない。
友達が死んじゃうなんて、ぜったいに嫌だからだ。
『グルルルルルルル……』
熊たちが唸っている。
さっきまでボルドンが見せていたような、やわらかい雰囲気とは全然ちがう、どう見ても怒っている感じだ。
事情を説明しようにも、頼りになる通訳のブルーは、気絶している。
はやく、何とかしないと……!
「み、み、み、みんな。」
マッサは、震える口を何とか動かして、背中あわせになっている仲間たちにささやいた。
「あ、あ、あれ。はやく、あれ! みんな、ほら!」
「あ、あ、あ、あ、あれって、何だよ!?」
熊に、ぐうっと顔を近づけられて、背中を目いっぱいそらしながら、ディールがうめく。
「……あっ!」
タータさんが、はっと気付いて、目を見開いた。
「そうか! あれ、ですね!?」