隊長たち、わかる
「よし、準備、オーケー!」
広い背中によじ登り、かたくて長い毛にしっかりしがみついて、マッサは叫んだ。
ボルドンの毛は、ごわごわしていて、まるで、ブラシの毛みたいだ。
マッサの隣では、ブルーが、同じように、しっかりしがみついている。
『グオッ、ウオッ、グオーッ。』
しっかり、つかまっておけよ! って、たぶん、ボルドンは言ったんだろう。
次の瞬間、マッサたちがしがみついている毛皮の下で、たくましい筋肉が、ぐうんと動いた。
そして、
『ウオオオオオーッ!』
ひと声、雄叫びをあげると、ボルドンは、ものすごいスピードで岸辺を走り出した!
ジェットコースターどころの騒ぎじゃない。
ボルドンは、全身をばねのように使って、飛ぶような勢いで走っていく。
ボルドンの一歩ごとに、広い背中全体が、ふぅっと沈みこんでは、ぐわぁんと持ち上がる。
マッサも、ブルーも、ボルドンの背中にぼんぼんぶつかりながら、必死に毛皮にしがみついていた。
手がゆるんで振り落とされたら、岸辺の岩に叩きつけられるか、川にドボンと落っこちて流されるか、とにかく、大変なことになってしまうから、もう必死だ。
「うっぐぐぐぐぐぐーっ!?」
『ぐぐぐぐぐー!』
マッサもブルーも、必死に歯を食いしばっているから、声も出せずに、うなるだけだった。
でも、そのほうがよかったかもしれない。
もしも、何か喋ろうと口を開けたりしたら、その瞬間に、ガチッ! と舌を噛んでしまっただろう。
大きな岩を軽々と飛びこえ、倒れた木の幹を飛びこえ、ゆく手をふさぐ茂みを飛びこえて、あっという間に進んでいく――
(あっ!)
と、マッサは、もう少しで声に出して叫ぶところだった。
遠くの岸辺に、いくつかの人影が見えたからだ。
四人だ。
ガーベラ隊長、タータさん……
フレイオ、それに、ディールもいる!
よかった、みんな、無事だったんだ!
「みんっぐぐっぐぐっぐぐっ!」
マッサは「みんな!」と叫ぼうとしたけど、結局、ものすごい揺れのせいで、ほとんど何も喋れなかった。
そのとき、岸辺の四人も、ものすごい勢いで突進してくる巨大な熊の姿に、はっと気付いたらしい。
「うおおおおおっ!?」
という、ディールの叫び声が聞こえた。
他のみんなも、何か叫んでいるようだ。
その瞬間、ボルドンは、ぐわぁんと地面を蹴って、高々と飛びあがり、
ボフウウゥゥン!
と、ガーベラ隊長たちの目の前に着地して、
『グオオオオオオオッ!』
と、両腕を振り上げながら叫んだ。
ボルドンの「こんにちはーっ!」の挨拶だ。
でも、みんなには、そんなことは分からない。
「このっ……!」
フレイオの焦った声が聞こえた。
まずい、彼は、炎の魔法を使おうとしている!
「ま、ま、ま、待ってーっ!」
そう叫びながら、マッサは、ボルドンの背中から、どたっと転がり落ちた。
『ブルルルルルッ!』
と言いながら、ブルーも、ボルドンの背中から、ぽろっと転がり落ちた。
ブルーのほうは、あんまり激しく揺れたもんだから、とうとう、気絶しちゃったらしい。
「んっ!?」
「待て、今のは……!?」
マッサの声に気付いてくれたのか、今にもボルドンを攻撃しそうになっていたみんなの動きが、止まる。
マッサは、ぼんぼん揺れすぎて力が入らない手足を、必死に動かして、ボルドンの後ろから、みんなの前にはい出した。
「み、みんな、待って! ボルドンは――この人は――このクマは、いい人なんだ! いや違う、いいクマなんだ。攻撃しないで!」
「王子っ!?」
槍を構えたガーベラ隊長が、目を丸くして、
「マッサか!?」
「あれ、マッサ! ……あっ、ブルーもいます!」
「いったい、何が、どうなっているんです?」
ディール、タータさん、フレイオも、みんな同じように目を丸くして、戦いの構えをといた。
「あのね、ぼくたち、このボルドンに、ここまで送ってもらったんだ! ぼくたちが困ってたら、ボルドンが、自分の背中に乗せてくれるって。それで、ここまで運んでもらったんだ。ボルドンは、いいクマなんだよ!」
「いや、でも、こいつ、今も、俺たちを威嚇してるじゃねえかよっ!」
ディールが、一度おろしかけた槍を、また持ち上げながら叫んだ。
ボルドンは、まだ「こんにちはーっ!」のポーズをしたままだ。
「違うんだ、これは、ボルドンたちの挨拶のポーズなんだ! ボルドンは、みんなに『こんにちはーっ!』って、言ってるだけなんだ。……ね、そうだよね、ブルー! しっかりして! みんなに、通訳してあげてよ!」
『ブルルルルッ……ボルドン、こんにちはーっ! って、いってる。』
「ほらね!」
「……って、もじゃもじゃ、熊の言葉が分かるのかよっ!?」
『もじゃもじゃじゃない! ブループルルプシュプルー!』
ディールに怒ったひょうしに、ブルーも、はっきり目が覚めたらしい。
『この、ボルドンは、イワクイグマの、こども! いわ、たべる。くろい、いわ、すき。しろい、いわ、きらい!』
と、ちっちゃな手を振りながら、みんなに、ボルドンのことを紹介した。
「岩、だと?」
「そうなんだ。」
驚いて呟いたガーベラ隊長に、マッサは言った。
「見た目がものすごく怖いから、つい、こっちが勘違いしちゃうけど、ボルドンたちは、肉食の熊じゃないんだ。岩を食べるんだ。それに、初めて会った人には、ぜったい挨拶するくらい、礼儀正しいんだ。だから、本当は、人間を襲ったりなんか、しないんだよ。」
「しかし、山脈のふもとに住む人たちも、《赤いオオカミ》隊の人たちも、熊はおそろしいと、口をそろえて言っていましたが。」
と、フレイオが、まだ疑っている調子で言った。
「うん、それには、事情があってね……」
と、マッサは、みんなに説明した。
《赤いオオカミ》隊が、この山脈にやってきたとき、イワクイグマの一族が、さっきのボルドンみたいに、元気よく挨拶をしたこと。
それを、恐ろしい人食い熊が襲ってきた! と勘違いされて、槍や弓矢で攻撃されてしまったこと。
そのせいで、イワクイグマたちは、人間が嫌いになり、人間に敵意を持つようになってしまったこと――
「じゃあ……人間と熊の戦いってのは、そもそもは、勘違いのせいで始まって、それが、ずーっと続いてるってことなのか?」
「うん。つまり、そういうことだったみたい。」
驚いているディールに、そう言ってから、マッサは、ふと気になって、ボルドンに向き直った。
「ねえ、ボルドン。イワクイグマの一族のみんなは、人間を嫌ってるんだよね。それなのに、君は、どうして、ぼくたちの前に現れて、挨拶をしてくれたの?」
まだ、「こんにちはーっ!」のポーズをしていたボルドンは、ブルーが通訳した言葉に耳を傾けて、ガウガウ、と熊語で答えてくれた。
ブルーは、まじめな顔でそれを聞いて、それから、みんなに言った。
『ボルドン、こういってる。……ぼく、にんげん、ちかくで、みたことない。しゃべったこと、ない。おとなたち、みんな、にんげんわるい! っていう。でも、ぼくは、しゃべったこと、ない。だから、にんげん、ほんとにわるいか、わるくないか、しらない。だから、しゃべってみようとおもった。……って、いってる!』
「すばらしい考えですねえ。」
タータさんが、感心してそう言い、それから、みんなを見回した。
「さあ、さあ、みなさん! 何を、ぼんやりしているんです? 相手が、挨拶してくれたのに、返事もしないなんて、こんなに失礼なことは、ありませんよ。ちゃんと、挨拶を、お返ししないと。」