ボルドン、提案する
マッサは、頭脳をフル回転させて、考えはじめた。
洞窟の秘密基地で出会った、《赤いオオカミ》隊の戦士たちのことを思い出した。
『ああ、家に帰って、熱い風呂にゆっくり入りたい!』
『ばあちゃんの手作りシチューが食べたいなあ。ばあちゃん、元気にしてるかなあ……』
戦士たちは、そう言っていた。
もしも、ボルドンたち、イワクイグマの一族と、《赤いオオカミ》隊とのあいだの戦いが、言葉が通じなかったせいで起きた、ただの勘違いから始まったものなんだとしたら――
そして、原因が、ただの勘違いだった、と、みんなに分かったとしたら――
ひょっとしたら、この戦いは、ぼくの力で、終わらせることができるかもしれない!
いや、ぼくの力、じゃない。
ブルーと、ぼくの力だ。
ブルーとぼくとで、イワクイグマの一族と、《赤いオオカミ》隊の戦士たちのあいだに入って、事情を説明して、お互いの誤解をとくんだ!
……いや、でも、ちょっと待てよ……?
「あっ! そうだ、しまったっ!」
マッサが急に大声で叫んだので、ブルーは「ブルルルルッ!」と飛び上がり、ボルドンは、グオ!? と驚いた声を出した。
「あっ、ごめん、また、急に大声を出しちゃって……。いや、でも、ぼく、大変なことを忘れてた! ぼくたち、ここで、ゆっくり話をしてる場合じゃなかったんだった。すぐに戻って、ガーベラ隊長や、みんなを助けないと!」
そうだ、どうして、こんな大事なことを忘れていたんだろう。
鎧を来た猿たちに、弓矢で襲われたみんなは、無事なのか?
マッサたちがここにいるあいだに、誰かが、やられちゃった、なんてことになっていたら……
「ボルドン、聞いて! ぼくたち、仲間を――友達をおいてきちゃったんだ! その友達は、鎧を着た猿に襲われてたんだ。ブルーが溺れたから、ぼくだけ、ブルーを助けるために、ここに来たんだ。
もっと、君と話したいけど、ぼくたちは、急いでみんなのところに戻らなくちゃいけない。だから、しばらく、ここで待ってて! みんなを助けたら、ぼくたち、必ずここへ戻ってくるから。」
マッサの言葉を、ブルーが通訳すると、ボルドンは、
『グオ!』
と、大きく頷いて、その場に座り込んだ。
どうやら、ちゃんと待っていてくれるみたいだ。
「ありがとう……」
マッサはそう言うと、ブルーの体を抱き上げて、
「タカのように速く
ヒバリのように高く
竜のように強く――
飛べっ!」
と叫んだ。
目の前で、マッサの体が、ふわあっ、と浮き上がったのを見て、ボルドンは目を丸くした。
でも、
ドスンッ!
「あいたっ!」
急に、ぷっすん、と空気が抜けたみたいに力が出なくなって、マッサは、ブルーごと地面に落っこちて、お尻をぶつけた。
しまった! まだ、全然、魔法の力が回復していなかったんだ。
たとえば、体が、ものすごーく疲れたときのことを考えると、ちょっと五分くらい座って休んだからって、急に元気になったりはしない。
一日、ごろごろ休憩したり、一晩、ぐっすり寝たりして、しっかり休まないと、元気は戻ってこないんだ。
きっと、魔法の力も、それと同じなんだろう。
でも……飛んでいくことができないとしたら、今、どうやって、みんながいる場所まで戻ればいいんだ?
こんな流れの激しい川を、じゃぶじゃぶさかのぼっていくなんてことは、絶対にできない。
川岸を走っていく、という方法もあるけど、ここからちょっと見ただけでも、石や岩がごろごろ転がっていたり、倒れた木や茂みでふさがれていたり、完全ながけみたいになっていたりと、とても、マッサの足で走って戻れそうな様子じゃなかった。
もちろん、歩いても無理だ。
「あああ……どうしよう、どうしよう! はやく、みんなのところに戻らなくちゃいけないのに……!」
『どうしよう! どうしよう!』
焦りすぎて、その場をうろうろしながら叫ぶマッサのまわりを、同じように叫びながら、ブルーもぐるぐる駆け回った。
すると、
『グロロロロロ……』
と、ボルドンが、何か言った。
そのとたんに、駆け回っていたブルーが、ぴたりと止まって、ボルドンの言葉に耳を傾けた。
『グオッ、グオッ、ガーオ……グロロロロ。』
『がおがお、がーお? ぐろろろろ。』
「えっ、何、何? ふたりとも、何を話してるの?」
二人の言葉がぜんぜん分からないマッサは、真剣に話し合っているブルーとボルドンの顔を、交互に見ることしかできない。
やがて、うんうん、と頷いたブルーが、マッサのほうを振り向いて、言った。
『のったら? って、いってる!』
「……えっ?」
『ボルドン、ぼくたちに、のったら? って、いってる!』
「……ん? 何?」
『だから、』
と、ブルーは、いきなり、ぴょーん! とジャンプして、毛皮におおわれたボルドンの大きな背中に乗っかった。
『のったら? って、いってる! ボルドン、ぼくたちを、はこんでくれる。ぼくと、マッサ、せなかにのせて、このかわ、のぼってくれる!』
「ええっ!?」
マッサは、びっくりした。
確かに、ボルドンはものすごく体が大きくて、片手で岩を叩き割ってしまうほどの力持ちなんだから、マッサたちを背中に乗せるくらいのことは、簡単なのかもしれない。
でも、マッサもやったことがあるから、わかる。
友達を、背中におんぶすることは、けっこう簡単にできても、その友達をおんぶしたままで、長い距離を走ったり、何度もジャンプしたりするのは、ものすごく大変だ。
ボルドンは、まだ子供のはずなのに、そんなことをして、平気なんだろうか……?
『ガウガウ、ゴルルーッ!』
『はやく、のれよ! って、いってる! みんな、まってる。マッサ、いそいで!』
「……うん、分かった! ボルドン、よろしくお願いします!」
マッサは心を決めて、ボルドンの大きな背中によじ登っていった。