マッサ、わかる
マッサは、緊張しながら、答えを待った。
ちょっと怖いけど、これだけは、はっきり聞いておかなくちゃ。
相手は、こんなに大きな体をしているんだ。
今は、仲良くなれそうでも、お腹がすいたら、急に凶暴になって、ブルーを、がぶっ! と食べちゃうかもしれない……
でも、マッサの心配は、当たらなかった。
ガウガウガウ、と、ボルドンと話をしたブルーは、くるっとマッサのほうを振り返って、
『いわ!』
と言った。
「えっ? ……何? いわ?」
『いわ! これ!』
ブルーは、そばにあった、ごつごつした灰色の岩を、ぺちぺちぺちっと叩いた。
『ボルドンは、イワクイグマの、こども! やまにある、いわ、バリバリーッて、たべる。くろい、いわ、すき。しろい、いわ、きらい!』
「そうだったの!?」
どう見ても、肉食の、どうもうな獣にしか見えないのに、まさか、岩が主食だったなんて。
『グオウ!』
ボルドンは、見てろよ、というように立ち上がると、そばにあった大きな岩に、いきなり、片手を振りおろした。
ハンマーでぶっ叩いたみたいな、ものすごい音がして、大きな岩は、ばっくりと割れた。
ボルドンは、くだけた岩を、ばりばり噛み砕いて、ごりごり飲みこんだ。
マッサは、見ているだけでお腹が痛くなりそうだったけど、ボルドンは、まったく平気そうだ。
マッサがパンを食べるのと同じように、ボルドンにとっては、これが、いつもの、ふつうの食事なんだ。
『ガウ!』
ボルドンは、大きな岩のかけらを、きみもどうぞ! というように、マッサのほうに押した。
それから、ブルーのほうには、もっと小さな岩のかけらを出した。
「ああ、うん、ありがとう……でも、ぼくたち、岩は食べないんだ。……さあ、ブルー、通訳して!」
『つうやくってなに?』
「えーと、君が、さっきまでやってたみたいな……この人は、こういうことを言ってますよ! って、言葉の通じない人たちのあいだに入って、説明してあげること。」
『わかった!』
ブルーがマッサの言葉を通訳すると、ボルドンは、おや、そう? というような顔をして――いや、正確にいうと、表情はあんまり変わらないんだけど、そんな感じの態度を見せて――、出した岩を、自分でボリボリ食べた。
『ボルドン、いいひと! ……ちがう。いい、くま!』
ブルーが、嬉しそうに言った。
『ぼくたちに、おいしいもの、くれた! ぼくたち、たべられなかった。でも、とにかく、くれた! だから、いい、くま。それに、さいしょ、あいさつした! げんきに、あいさつした。だから、やっぱり、いい、くま!』
「……ん?」
ブルーの言葉を聞いていて、マッサは、ふと、何かを思いつきそうになった。
でも、それが何なのか、よく分からない。
今、ぼくは、何を思いつきそうになったんだろう……?
「ごめん、ブルー。今、君が言ってたこと、もう一回、言ってくれない?」
『いってたことって、なに?』
「えーとね……ボルドンが、いい熊だ、っていう話。」
『わかった! ボルドン、いい、くま! おいしいもの、くれた。それに、げんきに、あいさつした!』
「…………あっ!? それだあっ!」
マッサが急に大声を出したので、ブルーは、びっくりして尻もちをつき、ボルドンも、グオ!? と、びっくりしたように声をあげた。
「あっ、ごめん、急に叫んだりして。でも、ぼく、重大なことが分かったような気がするんだ。……ブルー、通訳をお願い!」
『つうやく……わかった! ぼく、マッサのいうこと、ボルドンに、つたえる。それで、ボルドンのいうこと、マッサに、つたえる!』
「そう、そう! 頼んだよ。……ねえ、ボルドン。質問があるんだけど、いいかな?」
マッサの言葉を、ブルーが通訳すると、
『グオ!』
と、ボルドンは、大きく頷いた。
『いいよ! って、いってる。』
「よし……きみは、これまでに、ぼく以外の人間に会ったことがある?」
『ない! って、いってる。にんげんと、びしょびしょ、はじめてみた。……びしょびしょって、なに?』
ブルーが、通訳しながら、首を傾げた。
それはたぶん、川に落ちてずぶ濡れになって、真っ白な毛皮がびしょびしょになっちゃってるブルーのことだろうと思ったけど、マッサは、それは言わなかった。
「じゃあ、次の質問。きみは、この山脈で、一人暮らしをしてるの?」
『ちがう! って、いってる。おとうさん、おかあさん、おじいさん、おばあさん、きょうだいたち、おじさんおばさんたち、いとこたち……みーんなで、くらしてる。きょうだいとか、おじさんおばさんとかって、なに?』
「うん、それは、後で教えてあげるね……その次の質問。きみの家族は、これまで、人間に、会ったことがある?」
その質問を、ブルーが通訳したとたん、ボルドンの顔つきが、はっきりと変わって、悲しそうになった。
『ある! って、いってる。おじいさん、おばあさん、おとうさん、おかあさん、にんげんにあったこと、ある。いやなこと、された! って、おこってる。だから、おじいさんたち、にんげん、きらい。』
「えっ……その、嫌なことって、どんなこと?」
ふんふんふん、と、ボルドンの説明に耳を傾けていたブルーは、急に、
『わるい! にんげん、わるい!』
と、怒り出した。
「えっ! どうしたの、ブルー? 人間が、ボルドンの家族に、どんな嫌なことをしたの?」
『やりで、つっついた! やで、うった。ヒュンヒュンヒューンって。
ボルドンのおじいさんたち、このやまに、たくさん、にんげんきたとき、みんなで、あいさつした。りょうてをあげて、げんきに、こんにちはーっ! って、いった。
そしたら、にんげん、やりで、つっついてきた! やで、うった!
おばあさん、ささって、ちがでた。いたかった。にんげん、わるい!』
「それだーっ!」
マッサは、思わず叫んだ。
「この山に来た、たくさんの人間っていうのは、《赤いオオカミ》隊の人たちのことだ。あの人たちは、熊の言葉が全然分からないし、ボルドンたちが、岩しか食べないことも知らないから、勘違いしたんだ。こんにちはーっ! て言われただけなのに、おそろしい人食い熊が襲ってきたと思いこんで、攻撃しちゃったんだ!」