マッサたち、悩む
激しい川の流れと、壊れた橋を目の前にして、みんなは、しばらくのあいだ、ものも言わずに突っ立っていた。
でも、ただ呆然としていたわけじゃない。
みんな、これからどうしたらいいか、考えていたんだ。
回り道ができたらいいけど、地図によると、どうしても、この川を越えるしかない。
水は、かなり深くて、流れも急だから、普通にじゃぶじゃぶ歩いて渡る、というわけには、いかないだろう。
そんなことをしたら、最初の一歩目で転んで、流されて、溺れてしまう。
「あそこを、ぽんぽんぽーんと飛んでいけりゃ、いいんだけどな。」
と、ディールが指さした方を見ると、流れのとちゅうに、点々と、岩が突き出しているところがあった。
でも、岩の表面は、濡れて滑りやすそうだし、上が平らじゃなくて、斜めになっていたり、とがっていたりするから、危ない。
それに、岩と岩のあいだの距離は、ジャンプで飛び移れるかどうか、ぎりぎりくらいで、少しでもバランスをくずしたら、ドボンと落ちてしまいそうだ。
いったい、どうすればいいんだろう?
「そのあたりの木を切り倒して、向こう岸まで渡すか?」
と、ガーベラ隊長が言った。
すると、フレイオが、
「しかし、これほどの流れでは……細い木は、簡単に流されてしまうし、上に乗れば、折れる恐れもあります。かと言って、頑丈な太い木は、切り倒す道具もないし、かりに倒せたところで、たったこれだけの人数では、運び出して川に渡すこともできない。」
と言って、みんなは、また、うーんと悩んだ。
「あっ、そうだ! わたしたち、荷物の中に、ロープを持ってるじゃないですか。」
タータさんが、手をあげながら、そう言った。
「ロープを、こっちの岸と、向こう岸で、岩か木に、しっかり結び付ければ、それを伝って、何とか、渡れるんじゃないでしょうか? ほら、あそこに、ちょうど結びつけやすそうな木も生えてますし。」
「だーから、誰が、そのロープを持って、最初に向こう側まで行くんだよっ!? それができねえから、今、困って――」
ディールがそこまで言ったところで、全員が「あっ!」という顔になった。
みんなに見られて、マッサも「あっ!」という顔になった。
歩いてばっかりで、つい、忘れそうになっていたけど、そういえば、ぼく、飛べるんだった!
「はい! ぼく、行きます! 重いものは無理だけど、ロープくらいなら、持って飛べるはずだし。」
と、マッサが元気よく言うと、フレイオが、
「しかし、我々が持ってきたロープは、せいぜい、小指ほどの太さしかないものではありませんか? そんなものを、綱渡りのように伝って、向こう岸まで行けるでしょうか? それに、体重だけじゃなく、荷物の重さも計算に入れる必要がある。乗ったら、ロープがたわんで、足が水に浸かって、流されてしまうのでは?」
と言って、みんなは、また、うーんと悩んだ。
「おい、おまえ! さっきから、自分はアイデアを出しもしねえで、人の考えに、文句ばっかり、つけてるんじゃねえよ!」
と、ディールが、フレイオに食ってかかった。
「文句をつける、ですって? 私は、文句なんか、つけていません。自分の意見を言っているだけです。思いつきを、よく考えもせずに実行して、事故が起きたら困るから、言っているんです。それを、文句をつける、などと言われては、心外ですね。そっちこそ、私の意見に、文句をつけているじゃないですか。」
「何だと、この野郎!」
「二人とも、やめんか!」
ガーベラ隊長が、ディールとフレイオのあいだに割りこみながら、怒鳴った。
「もめても、問題は解決しない。二人で言い争う暇があったら、他の、新しいアイデアを出すんだ。」
「けどよお、隊長! こいつが――」
まだ怒っているディールを、ガーベラ隊長が押さえているあいだに、
「フレイオさんには、何か、もっと、いい考えがありますか?」
と、マッサは、そっときいてみた。
フレイオは、赤く光る目でちらっとマッサを見ると、ふーう、と長く息を吐いて、深呼吸をしてから、
「そうですね。」
と言った。
「まず、ロープを使う、というアイデア自体は、悪いものではないと思います。しかし、小指ほどのロープ一本を、綱渡りのように渡っていくのは、とても無理だ。……まずは、みなが持っているロープを集めて、より合わせ、もっと太くてがんじょうなロープを作る。次に、足の高さに一本、腕の高さに一本と、二本のロープを張り、手すりのように持って体を支えながら、渡れるようにする。これでどうでしょう。」
「それは、いいですねえ!」
と、マッサのとなりから、タータさんが賛成した。
「わたし、ロープをより合わせるのは、得意ですよ。村でも、かなりうまいほうだって、言われてましたからね。さっそく、やってみましょう! みなさん、持ってきたロープを、わたしに貸してください。」
タータさんは、さっそく地面に座りこみ、ロープをより合わせはじめた。
ロープを『より合わせる』というのは、二本のロープを並べて、ねじねじねじっと、ねじり合わせて、一本のロープにすることだ。
まずは、ロープを二本並べて、手のひらにはさむ。
次に、手のひらを、強く合わせたまま、一回だけ、ぐうっとすべらせて、こすり合わせる。
すると、手のひらにはさまれた二本のロープが、自然とねじり合わさって、一本のロープになる。
これを、何度も繰り返せばいいというわけだ。
タータさんは、二本の手でどんどんロープをより合わせ、残る二本の手で、できあがった太いロープがからまないように、どんどん巻きとって、たばねていった。
まるで、職人さんみたいな手際のよさだ。
「はい、できました! これだけあれば、足の高さと腕の高さに、こっちの岸からあっちの岸まで、何とか、足りるんじゃないでしょうか?」
「でも、ここでロープを全部使っちまって、これから先、大丈夫なのか……?」
ガーベラ隊長に押さえられて、何とか気持ちを落ち着けたらしいディールが、ちょっと心配そうに言った。
「そこは、王子にお願いしよう。」
と、ガーベラ隊長は言った。
「みなが渡ってから、最後に、王子がこちら側の岸にあるロープの結び目をほどいて、飛んでくるのです。そうすれば、ちゃんとロープを回収することができます。」
「なるほど! 大丈夫、それは、ぼくに任せて!」
こうして、何とか、川を渡る計画ができあがった――と思ったら、
「荷物の重さのことは、大丈夫ですか?」
と、フレイオが言った。
そういえば、そうだった。
うっかりして、荷物の重さのことを、すっかり忘れていた!