マッサ、探検に出発する
「きみの名前は、ブルー! すっごくきれいな、青い目をしてるから、ブルーだ!」
『ブルー?』
「そうだよ。」
『ぼく?』
「そうだよ。」
『ぼくのなまえ、ブルー?』
「そうだよ。」
『ホッホホホーゥ!』
白い生き物――ブルーは、急に元気に叫んでとびあがると、マッサのまわりを、ぐるぐる走り回り始めた。
『ブルー、ブルー、ブルー!』
「そう、そう。」
マッサは、喜んでもらえてよかった、とホッとした。
ホッとしたら、急に、おなかがすいてきた。
「……あっ、しまった!」
マッサは、忘れ物をしてきたことを思い出した。
さっき、「あかずの間」でブルーにりんごをあげようとしたとき、そのりんごを、床に置いて、そのまま、置きっぱなしにしてきてしまったんだ。
「まあ、いいか。もう一個あるし。」
マッサは、リュックサックをおろすと、ふたつのりんごのうちの、ふたつめを出した。
「ブルーも、いっしょに食べようよ。ほら、りんごだよ。」
『りんご! おいしいの?』
「おいしいよ。ほら。」
ほうちょうもまな板もないから、マッサは、りんごの皮をシャツでよくこすって、そのまま、がぶっと丸かじりした。
ブルーが、じっと見ているので、マッサは、歯で、大きなかけらをガリッとかじりとって、はい、とブルーに渡した。
ブルーは、ちっちゃな白い両手でりんごのかけらをつかみ、最初は、ちょっとあやしそうな顔をして、フンフンとにおいをかいでいた。
それから、そーっと、口をあけて、思い切ったように、りんごに噛みついた。
シャリッ! ……もぐもぐ、もぐもぐ……
しばらく、あやしそうな顔のままで、りんごを噛んでいたブルーの顔が、急に、ぱっと輝いて、ものすごくおいしい顔になった。
『ウフフフーン……』
ブルーは、鼻で満足そうな音をたてると、
『りんご!』
と、マッサのほうに手を出してきた。
「うん、いいよ、二人で、半分こして食べよう!」
マッサはうれしくなって、りんごを歯で割って、半分くらいをブルーにあげた。
ブルーは、シャリシャリシャリ……もぐもぐもぐ……とりんごを食べては、飲みこむときに、かならず、
『ウフフフーン……』
と、ものすごくおいしい顔をした。
りんごを食べおわると、マッサは、ブルーに質問をしてみた。
「ねえ、ブルー。この森には、きみのほかに、だれか、すんでる?」
『だれかって、なに? おいしいの?』
「ちがうよ。だれかは、たべるものじゃないよ。……この森に、すんでるのは、きみだけなのかい?」
『ぼくだよ!』
「きみのほかには、だれもいないの?」
『だれもいないって、なに? おいしいの?』
マッサは、また、ずっこけそうになった。
これ以上、ことばで質問しても、話が前に進まなさそうだったので、マッサは、自分の目で確かめてみることにした。
「よし、これから、この森の中を、たんけんしてみよう!」
『たんけんって、なに? おいしいの!?』
たんけんに出発する前に、マッサは、もとの世界に戻るための穴がある木に、しるしをつけておくことにした。
たくさんの木が生えている、この森の中で、この木を見失ってしまったら、たいへんなことになるからだ。
「どうしようかなあ。」
マッサはしばらく考えてから、
「そうだ!」
と、おもいついて、そばに落ちていた石を拾った。
その石のとがったところで、木の幹を、がりがり、がりがりと引っかいて、木の幹に、ぐるっと、目印の線をかいた。
下で、ガリガリ、ガリガリ音がするなあ、と思ってみると、足元で、ブルーが、いっしょうけんめい木の根っこをかじっていた。
マッサのお手伝いをして、木に印をつけているつもりみたいだった。
「ありがとう、ブルー。さあ、出発しよう!」
『しゅっぱつって、おいしいの!?』
ブルーは、やっぱり、よくわかっていなかったけど、マッサは、もう、気にせずに、元気よく歩き出した。
すると、ブルーは、ぴょーんと飛んで、マッサの肩の上に登ってきた。
「いたたたた!」
ブルーのちっちゃな手と足の指には、意外とするどい爪が生えていた。
その爪が、服にささって、肩に食い込んで、ものすごく痛い。
「いたい、いたい! ブルー、肩に乗るのは、やめてよ。……そうだ、リュックサックの上にのるといい。」
『リュックサックってなに? おいしいの?』
「ぼくの背中の、ほら、これだよ。これの上に乗っててくれたら、ぼくも痛くないから。」
マッサが背中のリュックサックをゆびさすと、ブルーは、すなおにその上に移動した。
これで、マッサもいたくないし、ブルーも楽だし、ちょうどいい。
マッサは、ときどき振り返って、もともと出てきた木から、まっすぐ進んでいることをたしかめながら、どんどん、森の中を進んでいった。
右や左に曲がらないのは、道が分からなくなって、森の中で迷ったら困るからだ。
とにかく、まっすぐ進んでおけば、帰りたくなったときに、また、まっすぐ歩けば、もとの木まで、戻ることができる。
それだけじゃなく、マッサは、ときどき、手の届くところに生えている木の枝を、ポキンと折った。
べつに、いたずらをしているわけじゃない。
この、折れた枝が、目印になって、帰るときに、本当に正しいコースを歩いているか、分かるようにするためだ。
マッサは、こういうことを、ぜんぶ、図書館で借りたおはなしの本で勉強した。
おはなしの登場人物たちがしていたことを、マッサは、ぜんぶ頭に入れているから、こういうときには、どうすればいいか、すぐに分かるのだ。
「おはなしは、それくらい、すごいし、勉強になるし、だいじなんだ。だから、おじいちゃんも、おはなしに、文句なんか言わなかったらいいのに。」
思わず、そんなふうにひとりごとを言ったマッサは、ふと、おかしいな、と思った。
自分の家の「あかずの間」に、こんなすきまがあって、こんなふうに、不思議な世界とつながっているってことを、おじいちゃんが、知らなかった、なんてことが、あるだろうか。
そうだ、それに、あの王様用みたいないすや、宝箱。
ああいう、すごいものが、あの部屋にたくさんあることを、おじいちゃんが知らなかったはずはない。
だって、おじいちゃんは、「あかずの間」の鍵を持っていたんだから、きっと、中をあけてみたことだってあるはずだ。
それなのに、どうしておじいちゃんは、
「どうせ、中は、ただの物置きだ。中のものも、古くて、ぼろぼろになっとる。」
なんて、嘘をついたんだろう?