マッサ、間違えられる
《赤いオオカミ》隊の基地というのは、なんと、そそり立つ巨大な崖の真ん中にぽっかりと口をあけた、大きな洞窟のことだった。
でも、最初、マッサたちの目には、その入口は見えなかった。
「さあ、我らの基地が、見えてきましたぞ!」
と、《赤いオオカミ》隊の隊長が前を指さしたとき、もう、ほとんど朝になりかけていて、辺りは、ぼんやりと明るくなりはじめていた。
その薄明かりの中で、マッサたちの目に映ったのは、どうどうとしぶきを上げて流れ落ちる大きな滝だ。
「えっ? あれは……基地じゃなくて、滝に見えるんですけど?」
「ええ、そうです。流れ落ちる水が、カーテンになって、基地の入口をおおっているのです。我らの基地は、あの滝の水の向こう……崖の真ん中の、洞窟の中にあるのです。」
「ええーっ!」
まさか、そんなところに基地があるなんて思わなかったので、マッサは思わず叫んでしまった。
滝の水の向こう側に入口があるなんて、それは、ただの基地じゃなくて、すごい秘密基地だ!
「しいーっ!」
と、《赤いオオカミ》隊の隊長が言った。
「大きな声を出して、猿どもや、熊どもに聞きつけられたら厄介です。この辺りまでは近づいてこないと思いますが、用心するに越したことはない。話は、基地の中でゆっくりすることにして、今は、先を急ぎましょう!」
こうして、マッサたちは、急いで基地の入口に向かった。
でも、なにしろ、基地の入口は滝の水の向こう、崖の壁のど真ん中にあるから、そこまでたどり着くのは、ものすごく大変だった。
まずは、岩を積みあげて作った頑丈そうな防壁を、いくつも越えないといけない。
それぞれの防壁には、一度に一人ずつしか通れないくらい細い、出入口用の隙間があって、そこには、かならず見張りの戦士が立っていた。
そうやって、ようやく崖の下、滝のすぐそばまで近づくことができたけど、そこからが、また大変だった。
なんと、崖の壁に刻まれた、岩の階段を、一列になって、ずうっと登っていかなくちゃならないんだ。
一応、壁に、木でできた手すりはついているけど、その反対側は、一歩踏み出したら、何の支えもない空中だ。
みんな、大きな荷物を担いでいるから、ふらついて、他の人にぶつかってしまったりしたら、本当にあぶない。
《赤いオオカミ》隊の人たちは、慣れているのか、すたすたと登っていくけど、マッサたちは、手すりにつかまりながら、一歩一歩、慎重に登った。
「おい、みんな! 気をつけろよ!」
ディールが、怒鳴るような大声で言った。
それくらいの大声を出さないと、どうどうと流れ落ちる滝の、すさまじい水音にかき消されてしまうんだ。
「滝の水しぶきのせいで、足元が、湿ってるからな! ぜったい、滑るなよ! もし、足を滑らせたら、下まで真っ逆さまに落ちて、ぐしゃっと、潰れちまうぜ!」
「はーい!」
マッサは、大きな声で返事をしたけど、水の音が、ごうごうとうるさすぎて、自分の返事が、ちゃんとディールに聞こえたかどうかは、よく分からなかった。
やがて、階段は、とうとう、流れ落ちる滝の水の後ろ側に入り込んだ。
ふつうの人は、滝を、正面から見るだけだけど、マッサたちは「流れる滝の裏側」という、すごく珍しい景色を見ることになった。
「なるほど、これならば、たとえ猿や熊が襲ってきても、一気に攻め込まれる心配はありませんね!」
しっかりと手すりをつかんで、一歩一歩、階段を登りながら、ガーベラ隊長が、《赤いオオカミ》隊の隊長に話しかけた。
「しかし、この階段以外に、基地に出入りする道がないとなると、逆に、困る場合もあるのではありませんか? たとえば、万が一、この階段の下まで、敵に攻め込まれてしまったら、もう、基地から出られなくなってしまう。そんな状態で、食料や水が尽きてしまったら、どうにもならなくなるのでは?」
「さすが、よく気がつくじゃないか!」
《赤いオオカミ》隊の隊長は、頼もしく頷きながら答えた。
「だが、その心配はない! 実は、出入口は、ここだけではないのだ。洞窟の奥のほうに、秘密の通路が掘ってあって、そっちを通れば、崖の上に抜けられるようになっている。もちろん、敵に見つからないように、ふだんは、出入口を厳重に隠してあるのだがな!」
「なるほど、それならば、安心ですね!」
そんな話をしているうちに、一行はようやく、洞窟の入口までたどり着いた。
そこは、自然の洞窟というよりも、人の手で掘られた、太いトンネルのようだった。
まっすぐな太いトンネルが、入口から奥へとまっすぐに伸びていて、そこから、まるで蟻の巣穴みたいに、四方八方に向かって、通路や、部屋が広がっている。
床は、ほとんど平らで、壁と天井が丸い。
壁のところどころに掘られた小さなくぼみに、ランプが置いてあって、あかりのための火がともされていた。
「みんな! 帰ったぞ!」
《赤いオオカミ》隊の隊長が大きな声で言うと、あちこちの部屋や通路から、
「おおっ、隊長! 聞いたぜ!」
「ものすごい知らせがあるらしいな!」
と、大勢のおじさんたちが、興奮した様子で、いっせいに飛び出してきた。
「ジャックのやつが、先に戻ってきて、知らせてくれたんだ。この山脈に、王子さまが現れたんだって!?」
「すごいぞ、王子さまが、生きていらっしゃったなんて! まだ、信じられない気分だ!」
「隊長、王子さまと一緒に来たんじゃないのか? 王子様は、いったいどこにいるんだ?」
みんな、わくわく、どきどきして、待ち切れないという様子だ。
《赤いオオカミ》隊の隊長は、にやっと笑って、さっと横によけ、洞窟の中にいたみんなに、マッサの姿が見えるようにした。
「紹介しよう。こちらが、正真正銘、この国の王子――フサフサマールさまだ!」
「うおおおおおお!」
おじさんたちが、大歓声をあげ、マッサたちは、どたっと、転びそうになった。
「いや、ぼく、マッサなんですけど……!」
言い直したけど、おじさんたちは、喜びすぎて、全然聞いていない。
「うおおおおおお! 我らがフサフサマール王子、ばんざーい!」
『ふさふさじゃない! マッサは、ふさふさじゃない!』
と、ブルーがいっしょうけんめい言ってくれたけど、おじさんたちは、やっぱり聞いていなかった。
「俺たちの基地に、王子さまが来てくださったぞー!」
「フサフサマール王子さま、ばんざーい!」
「いや、だから、違うんですってばー!」
こうして、マッサの本当の名前が、フサフサマールじゃなくて、マッサファールだということがみんなに分かるまでには、だいぶ時間がかかったのだった。