マッサ、うたれる
ぽんぽんぽん……
ぽんぽん、ぽんぽん……
何かが、ほっぺたに、ぽんぽん当たっている。
「うーん……」
マッサは唸って、体にかけていたふとん――いや、マントをひっかぶり、ごろんと転がって、体の向きを変えた。
いったい、何だろう? せっかく、気持ちよく寝ているのに……
まあ、いいや。もう一度、ぐっすり眠ろう……
すると、
ぼすんぼすんぼすん! ぼすんぼすんぼすん!
何かが、マッサの体の上で、ぼすんぼすんと跳ね始めた。
「…………んっ!? えっ!?」
これには、さすがにぎょっとして、マッサは、やっと、はっきり目を覚ました。
ぱちっと目を開け、がばっと起き上がる。
「何!? どうしたの!?」
「しいーっ!」
もう起きて、身構えていたみんなが、いっせいにマッサのほうを向いて「静かに!」の合図をした。
『マッサ、おきた!』
すぐそばで、ブルーが言った。
さっきから、マッサのほっぺたを、ぽんぽん叩いたり、体の上で飛びはねたりしていたのは、ブルーだったんだ。
「ああ、起こしてくれてありがとう、ブルー。……なに? 今、どうなってるの? あの猿たちが来たの?」
「分かりません。」
洞窟の入口のそばで、壁に背中をくっつけて外の様子をうかがいながら、ガーベラ隊長が答えた。
「ここからでは、よく見えませんが……確かに、外に何かがいるようだ。気配がします。」
『ぼく、ねてない!』
ブルーが、えへん! というポーズをしながら、自慢そうに言った。
『なにか、いる! ぼく、みつけた! それで、ぼく、みんな、おこした!』
「だからって、何も、尻をかじるこたぁねえだろ。」
情けなさそうにお尻をさすりながら、ディールが言った。
どうやら、ブルーがいっしょうけんめい起こしたのに、ディールは、全然目を覚まさなかったらしい。
それで、ブルーにお尻を噛まれちゃったんだ。
「奥は、行き止まりです。こちらの入口以外には、出られる場所はない。」
洞窟の奥のほうの様子を確かめにいっていたフレイオが、忍び足で戻ってきて、そう言った。
「隊長、どうしよう……こっちから、飛び出していったほうがいいのかな? もしも洞窟の入口をふさがれたら、ぼくたち、閉じ込められちゃうよ。」
「確かに、その危険はあります。しかし、相手の位置も、戦力もまったく分からないところに飛び出すというのは――」
と、マッサとガーベラ隊長が話していた、そのときだ!
ヒューン! ドカッ!
「うおおおっ!?」
何か、りんごくらいの大きさの黒いかたまりが、すごい勢いで外から飛んできて、もう少しでディールに当たるところだった。
洞窟の地面に転がったそれを、フレイオが、ぱっと手をかざして照らし出す。
それは、一本の矢だった。
ただし、棒の部分に、りんごくらいの大きさの、布のかたまりみたいなものがくっついている。
マッサが、
(これ、何だろう?)
と思った、そのとき!
ボワーン! シュウウウウウッ!
布のかたまりが、いきなり爆発して、洞窟の中に、ものすごい煙が広がった。
「まずいぜ、煙玉だっ! ……ゴホッ、グホッ!」
叫んだディールが、激しく咳き込む。
『ブルルルルッ! くるしい!』
煙をちょっと吸ってしまったブルーが、引っくり返って、じたばたと暴れた。
その煙は、ちょっと吸い込んだだけで、鼻と喉がイガイガして、咳が止まらなくなった。
目も、うっかり唐辛子のついた手で触っちゃったみたいに、ヒリヒリして、涙が止まらない!
「ブルー!」
マッサは、引っくり返っているブルーを抱き上げると、洞窟の入口へと突っ走った。
「王子!」
と、ガーベラ隊長が叫んだけど、マッサは止まらなかった。
外には、敵が待ち受けているかもしれないけど、それどころじゃない。
一秒でもはやく、外のきれいな空気を吸わせてあげないと、ブルーが、窒息して死んじゃうかもしれないんだ!
灰色の煙を突っ切って、マッサが、洞窟の外に飛び出した瞬間、
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
と風を切る音がして、何十本もの矢が、マッサに向かって降り注いだ!
悲鳴を上げる間もなく、マッサは、腕の中のブルーをぎゅっと抱きしめて――
ピシャアアアアアン!
どこかで聞いたことがあるような音がした。
マッサは、いつの間にか、ぎゅっとつむっていた目を、右だけ、そうっと開け、続いて、左目も、そうっと開けた。
優しい緑の光が広がって、マッサの体をまるく包み込んでいる。
そのまわりに、黒い粉みたいなものが、少しだけ落ちていた。
きっと、飛んできた矢が、緑の光に当たって、さらさらの粉になっちゃったんだ。
「王子っ! 大丈夫ですか!」
「おおっ!? 隊長、マッサは無事ですぜ!」
「ああ、ほんとに、よかった!」
「あれが……《守り石》の光か……!」
みんなが、口々に言っているのが聞こえる。
たまたま、マッサが先に外に出て、光が広がって壁になったおかげで、みんなには矢が当たらずに済んだんだ。
(よかった……)
マッサは、シャツの上から、胸の守り石をぎゅっとつかんだ。
そうだ、ぼくには、この《守り石》がある。
たとえ猿たちが何十、何百という数で攻めてきても、ぼくが、みんなを守ってあげるんだ!
マッサは、げほげほ言っているブルーを抱えたまま、暗闇の向こうをにらみつけた。