ディールとフレイオ、戦う
おじさんが帰っていった後も、マッサたちはその場に残って、会議をした。
「困りましたねえ。いったん、引き返しますか?」
と、タータさん。
「引き返すっつったって……引き返しても、どうしようもねえしなあ。」
と、ディール。
「確かに、そうだ。」
と、ガーベラ隊長も言った。
「《二つ頭のヘビ》山脈をよけて、大回りして行けば、何年も余計に時間がかかってしまう。それは、さすがに無理だ。余計な時間がかかれば、それだけ、余計な危険も大きくなってしまうからな。」
「その通りですね。」
と、考えながら、フレイオも言った。
「だからと言って、他の道を取ることも難しい。教えてもらった道のほかは、険しくて危険だと、はっきり言われているのですからね。敵に出会わないようにと、他の道を通って、遭難したり、事故で大怪我をしたりしたのでは、まったく意味がない。」
「じゃあ、やっぱり、最初に教えてもらった道を通っていくしかないのかな。まわりに、敵がいっぱいいるみたいだけど……」
マッサは、確かめるように、みんなの顔を順番に見ながら言った。
『ブルルルルッ! こわい! でも、ぼく、いく!』
ブルーが、ちっちゃな手を、ぴっ! と挙げた。
「確かに、今は、それしかないようですね。」
ガーベラ隊長が、迷いをふっ切るように、はっきりと言う。
「ったく、しょうがねえな。敵が出たら、ぶっ倒して、押し通るしかねえ!」
「そうですねえ。猿にも、熊にも、人間にも気付かれずに、すすすーっと、通り抜けられたら、一番いいんですけどねえ!」
「安心しなさい。どんな敵も、私の炎の魔法で、黒焦げにしてやりますよ。」
『ぼく、ひっかく! かむ! ひっかく! えい、えい、えい!』
みんなも、口々にそう言った。
こうしてマッサたちは、最初の予定通り、教えてもらった道を通って、《二つ頭のヘビ》山脈を越えることに決めたのだった。
昼ごはんの後片付けをして、荷物を担いで、歩く、歩く。
ときどき休憩をしながら、歩き続けるうちに、だんだん、足元が、坂道になってきた。
「ガーベラ隊長。ぼくたち、さっきから、ちょっとずつ登ってるよね?」
「ええ、そうですね。いよいよ、山登りの始まりです。荷物を担いで山道を登るのは、平らな道を歩くよりも、ずっと疲れることですから、ゆっくりと、休みを入れながら行きましょう。はりきって、速く登りすぎると、すぐに、疲れて歩けなくなりますからね。」
「うん、分かった。」
マッサは、ガーベラ隊長の後ろについて、ゆっくり、一歩ずつ、山道を登っていった。
『マッサ! おもい? ぼく、おもい?』
「大丈夫、重くないよ。」
リュックサックの上からきいてきたブルーに、マッサは、そう答えたけど、
「ブルー、おまえも、自分の足で歩いたほうがいい。荷物を背負うと、そのぶんだけ、早く疲れる。おまえは軽いが、長く歩くときは、ほんの少しの重みが、あとで、大きな違いになるからな。」
と、ガーベラ隊長が言った。
『わかった! ぼく、あるく! マッサ、かるい!』
と、ブルーは元気よく言って、たたたたたっ! と、山道を駆けのぼりはじめた。
「あっ、ブルー、だめだよ! はりきって、速く登りすぎると、すぐに、疲れて動けなくなっちゃうんだよ。ゆっくり登らなきゃ。」
と、マッサが、ガーベラ隊長から教えてもらったとおりに伝えると、
『わかった! ぼく、ゆっくり、のぼる! フン フフン フフーン。』
ブルーは、よくわからない鼻歌を歌いながら、マッサの後ろについて、ゆっくり登りはじめた。
ブルーが分かってくれてよかった、と、マッサは、ほっとした。
でも、実は、大人のなかにも、分かってない人たちがいた。
「おいおい、おまえ、どうした? もう、息が上がってきてるじゃねえか。」
フレイオが、はあ、はあ、と大きく息をしながら歩いているのを見て、ディールが、わざと大きな声で言った。
「重い本なんか、担いでくるから、こうなるんだぜ! ま、俺の荷物も重いが、こんな山道なんか、何でもねえ。何しろ、日頃から、戦いの訓練で体を鍛えてるからな。」
「こら、ディール!」
隊長が怒ったけど、ディールは知らん顔をして、すたすた、先頭を進んでいった。
自分が、全然疲れていないところを、フレイオに見せようとしているんだ。
フレイオは、ディールの背中を、きっとにらんで、急に登るスピードをあげた。
負けてたまるか! と思ったみたいだ。
そして、とうとう、ディールを追いぬいてしまった。
「ふふん、遅いですね。無理をしたせいで、もう、疲れたんじゃないですか?」
「おっ!? 何だと、この野郎……!」
ディールは、猛然と早歩きをして、フレイオを追い抜き返した。
でも、フレイオも負けていない。
ふうふう言いながら、もっと、もっと早歩きをして、もう一度、ディールを追い抜いた。
「あっ、やりやがったな! 待て、こら!」
ディールとフレイオは、お互いに一歩も譲らず、競いあって、どんどんスピードをあげて山道を登っていく。
「おい、二人とも! 調子に乗っていて、けがをしても、しらんぞ!」
ガーベラ隊長が怒った、ちょうどその時、
ガラガラガラッ!
「うおおおお!?」
「うわあああっ!?」
ほとんど走るみたいにして山道を登っていたディールとフレイオは、足元に石がごろごろしていることに気付かずに、勢いよく踏んづけて、二人そろって、思いっきり転んでしまった。
「わああっ!? やっぱり! 大丈夫ですか、二人とも?」
『ころがっちゃった! ディールと、フレイオ、ころがっちゃった!』
マッサとブルーが、そう叫んで、
「ばか者っ! 自業自得だ。」
坂道に引っくり返っている二人に、ガーベラ隊長が、厳しく言った。
「ひとの注意をきかず、調子にのって、山道を走ったりするからだ! そんなくだらんことで、大けがでもしたらどうする。そこへ、敵が来たら、どうなる! 二人とも、考えて行動しろ!」
「いてててて……」
「うう……」
そろって引っくり返った二人は、しばらく、痛そうにうなっていたけど、どうやら、転んだ時にあちこちをぶつけただけで、ねんざとか、骨折とかの、大きなけがではなさそうだった。
「やれやれ。まるで、小さな子供のけんかみたいですねえ。」
タータさんが、呆れたように言いながら、持ってきた薬草の葉っぱをすりつぶして、二人がぶつけたところに、ぺたぺたと塗って、包帯をまいてあげた。
「いてててて……」
「うう……」
それからは、ディールとフレイオは、速さを競いあうのをやめて、ゆっくり登るようになった。
反省したからなのか、それとも、ぶつけたところが痛いからなのかは、マッサには、よく分からなかった。
「あっ、見て、隊長! あれが、地図にあった洞窟じゃない?」
「おお、間違いないようですね。よし、この前を通りすぎて、進みましょう!」
登り続けるうちに、だんだん、背の高い木は、まばらになって、ごつごつした岩や、背の低い木が目立ちはじめる。
森の中では湿っていた地面も、すっかり乾いてきた。
何度も短い休憩をしながら、登って、登って……
もうすぐ日が暮れるというころになって、マッサたちは、ようやく、登るのをやめた。