マッサたちと、謎のおじさん
「えっ?」
と、みんなも言って、あたりをきょろきょろ見回したけど、仲間の誰よりも、タータさんが速かった。
「――そこだっ!」
シュン! と、風を切るような音がして、ターン! と乾いた音が響いた。
見ると、少し離れたところの木の幹に、鋭いナイフが、ぐっさりと突き刺さっている。
魚をさばくために使っていたものを、目にも止まらぬ速さで、タータさんが投げつけたんだ!
「うおおおっ!?」
と、タータさんの真横にいたディールが、タータさんの動きの速さにびっくりして叫んだ。
それと同時に、
「ひえええっ!?」
と、悲鳴が聞こえた。
そして、ナイフが突き刺さった木のかげから、何者かが、転がり出てきた。
いや、転がり出てきたというか、びっくりしすぎて、腰が抜けて、横向きに引っくり返ったんだ。
マッサたち全員が、驚いて立ち上がった。
「何者だっ!」
ガーベラ隊長と、一歩遅れてディールが、剣を抜いて駆け寄る。
大魔王の手下が、隠れて、様子をうかがっていたのか?
でも、そこにいたのは、予想したような、大魔王の手下っぽいやつではなくて、やせた、髭もじゃのおじさんだった。
服はぼろぼろで、武器も持っていない。
おじさんは、剣を抜いた二人が、すごい勢いで駆け寄ってきたのを見て、ひえええ……と、頭を抱えて、体を丸めた。
ものすごく怖がっているみたいだ。
「おい、何だ、てめえは! 何もんだ!?」
「ひええええ……やめてくれ、やめてくれ! 殺さねえでくれ!」
「はあ?」
ディールは、剣をちらつかせながら、怖い顔で怒鳴った。
「おい! てめえ、大魔王の手下だなっ!?」
「ひえええ……へっ? えっ? ……い、いや! 違う、違う!」
「ああん? 嘘をつくな! おまえ、今、こっそり、俺たちの様子をうかがってただろう!」
「いや、あの、それは、その……ちょっと行った、そこに、おれの家があるから――」
「家、だと?」
ガーベラ隊長が、眉を寄せて呟いた。
「おまえは――いや、あなたは、この先に住んでいるのか? こんな、森の中に? ひとりで?」
「ああ、あの、そう……それで、その……こんなところ、普段は、誰も来ねえのに、話し声が聞こえてきたもんだから、何だろうなと思って、様子を見に……」
「はあ? おいおい、怪しいぜ!」
ディールが、びしりと、決めつけた。
「だって、こんな森の中に、たった一人で住んでる奴なんか、いるはずがねえだろうが!」
「い、いや、ほんとだ、ほんと……疑うなら、こっち来て、見てみろ。」
おじさんに案内されて、みんなで、用心しながらついていってみると、確かに、そこには枝と木の葉で建てられた、そまつな小屋があった。
だいぶ昔に建てたものみたいで、壁が、がたがたで、あちこち、すきまだらけだ。
おじさんの話によると、おじさんは、戦争が始まる前から、ずっと、この森にひとりで住んでいるのだという。
「ええーっ! ずっと、ここに、一人で?」
マッサが言うと、
「はあ……まあ、そうだ。」
おじさんは、困ったようにうなずいた。
「すごいな。どうして?」
「えっ……どうして、って、言われてもな。」
「もしかして、おじさん、この森で迷子になって、出られなくなったんですか? それなら、こっちに、ずーっとまっすぐ行けば、森から出られて、小さな村がありますよ!」
「いや……違う。おれは、迷ったんじゃなくて、好きで、ここに住んでるんだ。」
「えっ、ひとりで? 外の村には、親切なおじいさんや、おばあさんたちが住んでますよ。そこに行って、いっしょに住めばいいのに!」
「いやあ……別に、それは。」
おじさんは、苦笑いして、
「おれは、この森が好きだし、それに、他人といるより、一人でいるほうが好きだから。」
「えっ。こんなところに、ずーっと一人でいて、さびしくないんですか?」
「別に。森には、いろんな生き物もいるし。夜には、星も見えるし。」
「へえ……」
マッサは、びっくりして黙った。
自分だったら、こんな森の中に、一日ひとりでいるだけでも、さびしくて、怖くて泣いちゃいそうなのに、こういう人もいるのか。
「何だよ。ただの、森で一人暮らしをしてるおっさんかよっ! まぎらわしいったら、ありゃしねえ。敵が襲ってきやがったかと思って、緊張して損したぜ!」
と、ディールが、ぶつぶつ言った。
すると、おじさんが、
「ああ……」
と、小さい声で言った。
「襲ってきそうな敵なら、この先の、山の中にいるけどな。」
「何いっ!?」
「ええーっ!?」
「何だと!?」
みんなが、いっせいに大きな声を出したので、おじさんは、ひえええ……と、また、びっくりして頭を抱えてしまった。
「あっ、おじさん、ごめんなさい! でも、その話、もっと詳しく教えてほしいんですけど。」
マッサが言って、
「その通りだ。そんな、危険な連中が、今、この《二つ頭のヘビ》山脈にいるのか?」
と、ガーベラ隊長がたずねた。
もしかしたら、大魔王の手下が、この先で待ち受けているのかもしれない。
みんなに、真剣な目で見つめられて、おじさんは、おどおどとうなずいた。
「ああ……何度か、見かけたよ。おれは、このへんを、けっこう遠くまで、歩き回ることがあるからな。」
「そいつらは、いったいどんな奴らなのか、詳しく教えていただけないだろうか。」
ガーベラ隊長が重ねてたずねると、おじさんは、
「ええと……いるのは、全部で、三種類だな。」
と言った。
「おっそろしい猿と、おっそろしい熊と、……それから、おっそろしい人間だ。」