マッサ、川に入る
次の日の朝早くから、村の人たちにお礼を言って、マッサたちは出発した。
《二つ頭のヘビ》山脈を越えるためには、まず、そのふもとに広がっている森を抜けて、山道がはじまるところまで、たどり着かないといけない。
これまで歩いてきた草原とは違って、森の中は、少しじめじめした感じで、地面にはシダ植物がおいしげり、上を見ると、木の枝や葉がおおいかぶさって、青い空は切れぎれにしか見えなかった。
仲間たちのうちで、森の中を歩くことに、いちばん慣れているのは、タータさんだ。
だから、タータさんが、みんなの先頭に立って進むことになった。
その後ろには、地図を持ったガーベラ隊長が続いて、ときどき、タータさんと、進む方向の確認をしている。
「この地図によると、白と黒のしましまの崖があるところが、山道の入口だ。森に入る前には、ちらっと見えていたが……ここからでは、何も見えんな。あれから、まっすぐに進んできたはずだが。」
「ええ、そのはずですね。いったん、確かめておきましょうか!」
タータさんは、大きなリュックサックふたつを、ひょいひょいと近くの岩の上に置いて、そばに生えている高い木に、するすると登っていった。
「すっとぼけた奴だが、こういうときは、ほんとに頼りになるよなあ。」
と、ディールが、感心してつぶやいた。
マッサは、
(ぼくも、魔法で飛んだら、偵察できるな。)
と、ちょっと思ったけど、黙っておいた。
せっかく、タータさんが、久しぶりの森で、いきいきしているんだから、邪魔したら悪いと思ったからだ。
木のてっぺんまで登って、様子を見わたしたタータさんは、すぐに、みんなのところへ、するするとおりてきた。
「大丈夫、このまま、まっすぐ進んでいけば、白と黒のしましまの崖の下に着きますよ。さあ、行きましょう!」
こうして、マッサたちは、森の中をどんどん進んでいった。
途中、変な虫の大群が、ぶんぶん飛んでいたり、まったく通れないくらい、ものすごい藪があったり、大きな木が倒れて、通れるところをふさいでいたりした場所もあったけど、そういうときは、横からぐるっと回り込んで、よけて通った。
そういうことをすると、よく、方向感覚がおかしくなって、まっすぐ進んでいるつもりが、違うほうに行ってしまったり、ひどいときには、同じところをぐるぐる回ってしまったりすることもある。
でも、タータさんが、さっと木に登って、正しい方向を確かめてくれるから、マッサたちは、安心して進むことができた。
お昼になると、みんなは、森の中のちょっとした空き地みたいになっているところに座って、昼ごはんを食べることにした。
朝ごはんには、お茶を飲んで、りんご一切れと、かちかちのビスケットを食べただけだったから、もう、お腹ぺこぺこだ。
「スープをつくりましょう! 森が、火事になったら大変ですから、草の少ない、地面が出ているところで……」
マッサとブルーが、焚火を起こすための枝や木切れを拾い集め、ディールが、小川に水をくみに行く。
ガーベラ隊長は、それとなくあたりを見張りながら、落ちている大きめの石を拾い集めて、おなべを置くための、即席のかまどを作った。
タータさんは、持ってきたおなべに、持ってきた干し肉や、野菜を刻んで入れて、準備をしている。
『モグモグモグ……まずい!』
「わあっ! ブルー、いくらお腹がすいてるからって、木の枝を食べちゃだめだよ。お腹をこわしちゃうよ! ほら、ここに、焚火の形に積んで。」
と、そこへ、ディールが、
「おーい!」
と叫びながら、走って戻ってきた。
「どうしたっ!?」
ガーベラ隊長が、剣のつかに手をかけながら振り向く。
みんなも緊張した。
とうとう、大魔王の手下が現れたんだろうか?
「見てくれ、これをっ!」
走ってきたディールが、じゃーん! とみんなの目の前に突き出してみせたのは、なんと、まだ生きて、ぴちぴちしている魚だった。
ディールは両手で、それぞれ、魚の頭と、尾っぽのところを、がっちり握っている。
「えっ、すごい! ディールさん、その魚、手づかみで捕まえたんですか!?」
「おう。川に水をくみにいったら、ちょうど、岩かげに、魚の群れがいたもんでな! 俺は、魚つかみが得意なんだ。ガキの頃、家の近所に、川が流れてたからよ。毎日、川で遊んでたんだ。」
「ふん、まったく、何かと思えば、魚ですか。大騒ぎするから、てっきり、敵が襲ってきたのかと思いましたよ。人騒がせな。」
と、呆れたように言ったのは、フレイオだ。
「何だと! そんなこと言うなら、おまえには、魚はやらねえぞ!」
「どうぞ、ご勝手に。私は、もともと、魚なんか食べないんですからね。」
「なに、この野郎!」
「まあ、まあ、昼ごはんの前に、けんかはやめろ。」
にらみあったフレイオとディールのあいだに、ガーベラ隊長が、強引にわりこむ。
「ディール、おまえは、もうあと何匹か魚がとれないか、やってみてくれ。昼ごはんのおかずが増えるからな。」
「任せてくだせえ。……おい、マッサ、おまえも来るか? 魚のつかみ方、教えてやるよ。」
「ほんと!? 行く、行く!」
『ぼくも! ぼくもいく! さかな、さかな!』
「はあ? 大丈夫かよ、もじゃもじゃ。おまえ、ちっこいんだから、川に流されるなよなあ。」
『もじゃもじゃじゃない! ブループルルプシュプルー!』
こうしてマッサは、ディールと、ブルーといっしょに小川に行き、靴を脱いで、ズボンのすそをまくりあげ、膝の下まで水につかりながら、魚を探した。
「いいか、マッサ。川は、急に深くなることがあるから、魚つかみに夢中になって、はまるんじゃねえぞ。足元に気をつけろよ。」
「うん、分かった。」
「魚は、岸辺の草のかげとか、岩のすきまに隠れてる。こうやって、そーっと両手をさしこんで探って、コツンと魚が手に当たったら、あわてずに、頭のほうと尾っぽのほうから、包み込むみたいにする。そして、つかむときは、両手で一気につかむんだ。やってみろ。」
「うん!」
マッサは、ディールにやり方を教えてもらって、時間はかかったけど、何とか、一匹、捕まえることができた。
そのあいだに、ディールは、三匹も魚を捕まえていた。
ブルーは、ついてきたけど、水に濡れるのが嫌だから、近くの岩の上に座って、
『がんばれ、がんばれ! さかな、おいしい!』
と、ちっちゃな手をパチパチ叩きながら、応援していた。
捕まえた魚を持って帰ると、焚火に、フレイオが、魔法で火をつけてくれた。
「いや、ありがたい。こういう、湿り気のあるところで火を起こすのは、大変な仕事ですからね。」
「はあ。」
ガーベラ隊長に感謝されて、フレイオは、複雑そうな顔をしていた。
自分の魔法は、本当はもっとすごいものなのに、こんな、料理に使う火をつけるような用事で、ありがたがられても……という感じだ。
そうして、みんなで、食事の準備をしていたときだ。
「んっ?」
と、急に、タータさんが顔をあげて、あたりを見回した。