マッサたち、情報を集める
「どうも、ありがとうございました!」
地図を受け取ったマッサは、ていねいに、お礼を言った。
「ふん、なんじゃい、わしの絵に、けちばっかりつけおって。
しかしな、わしは、確かに絵は下手じゃが、頭の、記憶のほうは、しっかりしとるぞ。三本の分かれ道のうち、真ん中の道を進む。次に、洞窟の前を通る。その次に、花畑。そして、三本の木……というふうに、この目印を順番に確かめながら歩いていけば、迷うことなく、山を越えられるはずじゃ。」
「じいさん、感謝するぜ。……ん? おい、ちょっと、待てよ。」
横から、地図をのぞきこんでいたディールが、ぎゅっと眉を寄せて、正しい道からは大分離れた、地図の端っこの方を指さした。
「ここの……なんか……何だ? ここに描いてある、犬みたいな、猫みたいなやつは。」
「おお。」
言い忘れていた、という顔で、ぽんと手を打って、ハンスじいさんが言った。
「そりゃ、熊の化け物じゃ。」
「熊の化け物っ!?」
マッサは、思わず大きな声を出してしまった。
山を越えるだけでも大変なのに、その途中で、熊の化け物が出てきたりしたら、どうすればいいんだろう?
「いや……これは、どう見ても、熊じゃねえだろ。犬……いや、猫だな。」
ディールは、まだ、ハンスじいさんの絵に、ぶつぶつ言っている。
「ディールさん、それどころじゃないよ。どうしよう、熊の化け物が出るなんて……」
「その、熊の化け物は、大魔王の手下なのだろうか?」
ガーベラ隊長が、真剣な顔でたずねた。
「いや……そういうわけでは、ないのう。熊の化け物は、大魔王が来る、ずーっと前から、《二つ頭のヘビ》山脈にすみついておるからな。」
「そうじゃ、そうじゃ。ずーっと昔からな。わしのじいさんも、そう言うとったぞい。」
「わたしの、おばあさんも、そんな話をしていたわねえ。」
「そんなに昔から!?」
マッサは、びっくりした。
「おじいさんたちの中で、誰か、その熊の化け物を、実際に見たことがある人はいるんですか?」
「いやいや! とんでもない。」
おじいさんたちも、おばあさんたちも、ぶるぶると首を横に振った。
「あんなもんに出くわしたが最後、おしまいじゃ。ばっくり、食われちまうわい! 何しろ、こおーんな、大きな熊の化け物なんじゃからな。」
「えっ……でも、誰も見たことがないのに、どうして、そんな化け物がいるって、分かるんですか?」
「そりゃ、わしらのじいさんたちが、そう言うとったからな。」
「そうじゃ、そうじゃ! わしらのじいさんたちが、まだ、若かったころには、熊の化け物は、山をおりて、この村のほうまで、出てくることもあったそうじゃ。」
「そうじゃ、そうじゃ! 一度は、家のまわりの塀を、バリーンと、壊されたこともあったそうじゃ。石を積んで作った、がんじょうな塀を、じゃぞ!」
「うわあ……」
マッサは、心配になってきた。
実際に、塀が壊されたということは、どうやら、その化け物は、噂だけじゃなくて、本当にいるらしい。
「そんな化け物に、もしも、途中で出くわしちゃったら、どうしよう……」
「いや、一応、描いてはおいたが、たぶん、道の途中で出くわすということは、ないじゃろう。」
ハンスじいさんが、マッサを安心させるように言った。
「ほれ、この通り、あんたがたが通ってゆく道と、熊の化け物がすみついておるという場所は、こんなにも離れておるんじゃからな。正しい道さえ外れずに進んでいけば、大丈夫じゃ。」
「そうですか……?」
マッサは、半信半疑で、呟いた。
「あのう、おじいさんたちが、最後に《二つ頭のヘビ》山脈に入ったのって、だいぶ前のことなんですよね?」
「そりゃ、大魔王が攻めてくるよりも前のことじゃから……ざっと、十年以上は前じゃのう。」
「それじゃあ、その十年間のあいだに、熊の化け物が、あっちこっち、移動してるかもしれないですよね?」
「うーむ……まあ、そういえば、そうかもしれんが。」
「そう言われても、確かめようがないからのう。」
おじいさんたちは、困ったように言った。
まあ、それは、そうだ。
あとは、マッサたちが実際に山越えをして、確かめるしかない。
「あっ、それと、もうひとつ、教えてください。今、教えてもらった、この道のほかには、通れそうな道って、ないんですか?」
「ううむ……それは、難しいじゃろうな。」
ハンスじいさんが、言葉どおりに難しい顔をして、言った。
「他の道が、まったくないことはないが、ものすごく険しかったり、細かったりするからな。山を歩くことに慣れておらん、あんたがたのような素人には、はっきり言って、危なすぎる。やめておいたほうがええ。」
「そうですか……分かりました。あの、ごめんなさい。せっかく、こんなにいい地図を作ってもらったのに、贅沢に、いろいろ言って。」
「いや、なに! 山越えは、気楽な気分で挑んでは、危険じゃ。こうして、いろいろと情報を聞き集めておくのは、賢いぞ。」
「そうじゃ、そうじゃ。他にも、聞いておきたいことがあったら、どんどん、質問しなされ。」
こうして、マッサたちは、おじいさんやおばあさんたちにどんどん質問して、いろんな情報を教えてもらった。
きれいな湧き水が飲めるところ、食べられる実をつける木や草が生えているところ、足元が滑りやすいから気をつけたほうがいいところ、昔、崖崩れが起きたという場所……
教えてもらった情報は、ガーベラ隊長が、どんどん地図に書き込んでいって、とうとう、地図のまわりは、びっしり、メモで埋まってしまった。
「本当に、感謝します。」
ガーベラ隊長は、できあがった地図を、くるくると丸めて、ひもを巻きつけて留めた。
さらに、その上から、フレイオが持ってきた油紙で、しっかりと包んだ。
こうしておけば、少しくらいの水がかかっても、紙がぐちゃぐちゃになったり、インクがにじんだりする心配がない。
「ほんとにすごいや、フレイオさん! こんなふうに、油紙まで、ちゃんと持ってきてるなんて!」
「大切な魔法の本が、雨で濡れたりしたら、困りますからね。何重にも本をくるんでいるうちの、一番上の一枚ですよ。」
フレイオは、当たり前のことのように、そう言ってから、
「まあ、何事も、しっかりと準備をしておけば、後になって役に立つということですね。」
と言って、ちらっと、ディールを見た。
出発の前に、荷物のことでディールとけんかになりそうになったことを、しっかり覚えているんだ。
ディールは、むっとした様子だったけど、この場合は、フレイオの言う通りだったので、
「ふん。」
と、鼻を鳴らしただけだった。
「もう、日が暮れかかっとる。何もないところじゃが、今夜は、わしらの村に泊まっていきなされ。そして、明日の朝いちばんに、出発すればよろしい。」
おじいさんが言って、その夜、マッサたちは、久しぶりに、屋根と壁と床のあるところで眠ることができたのだった。