マッサたち、家を見つける
「やれやれ、いかにも、魔法を学んだことのない人間が言いそうなことですよ。」
ディールに怖い顔で詰め寄られても、フレイオは、ちっとも顔色を変えなかった。
「魔法の修行は、ただ人の話を聞いただけで分かるほど、簡単なものではない。自分自身でやってみなくては、きちんと納得して、理解することはできないのです。
なるほど、私が王子に、前もって『それは失敗しますよ』とか『成功しますよ』とか、言うことは簡単だ。しかし、それでは、王子の魔法は上達しません。失敗も、成功も、まずは自分でやってみることが大切なのです。」
「なるほど!」
フレイオの話を聞いて、大きくうなずいたのは、ガーベラ隊長だった。
「私たちの訓練も、同じだ。翼を使って、どうやって飛ぶかは、説明を聞いただけでは、絶対に分からない。最初のうちは、うまくいかずに墜落することもあるが、実際に自分でやってみなければ、いつまでも、飛べるようにはならない。」
「隊長! こいつの、味方をするんですかい!?」
「ディール、これは、敵味方の問題ではない。フレイオさんの言っていることに、私は納得したと言っているんだ。……王子。王子は、どのようにお考えですか?」
「えっ、ぼく!?」
急に隊長から話をふられて、マッサは、びくっとしたけど、
「えーと……うん、ぼくも、フレイオさんの話に、納得しました。自分でやってみたから、こんな感じなのか、って、よく分かったし。」
「おいおい、マッサまで、こいつの肩を持つのかよ。」
と、ディールは、ちょっとすねているようだった。
「うん、いや、でも、ディールさんがぼくのために言ってくれた気持ちも、ありがたかったよ。でも、フレイオさんは、別に、ぼくにいじわるしようとしてたわけじゃないって、分かったんだから、もう、これ以上、もめなくてもいいんじゃないかな。」
「そう、そう、そうですよ!」
しばらくのあいだ、全然、会話に入ってこなかったタータさんが、急に明るい声で言いながら、みんなのあいだに割りこんだ。
「けんかは、無駄に疲れるから、やめましょう。ほら、りんごを切りましたよ! 多分、お昼ごはんが、ちょっと少なかったんですね。お腹がすいていると、けんかしやすくなりますからね。はい、どうぞ、どうぞ!」
「モガモガモガ。」
「ムガガガガガ。」
タータさんが、みんなの口に、切ったりんごを次々に突っ込んでいったから、それからしばらく、誰もしゃべることができなくなって、もめごとは、自然に終わった。
こうして、ときどき言い合いが起きたりしながらも、マッサたちは、何日もかけて、着実に、北に向かって進んでいった。
見わたすかぎり、屋根のある家なんか一軒も建っていないから、雨が降ったらいやだな、とマッサは思っていたけれど、ラッキーなことに、出発してから、雨には、一度もあっていない。
「あっ! みなさん、あれを、見てください!」
緑の草におおわれた、ゆるやかな丘を、先頭に立って登っていったタータさんが、頂上に立って、北のほうを指さした。
みんなは、がんばって丘を駆けあがり、タータさんが指さしているほうを見た。
すると、北のほうに、黒っぽい高い山が、いくつも連なっているのが見えた。
「あれが《二つ頭のヘビ》山脈か……」
ガーベラ隊長が、真剣な顔で言った。
「あそこからは、もう、敵の領域ってこったな。いつ、どこから大魔王の手下どもが出てきやがるか、分からねえってわけだ。」
ディールも、自分自身に気合いを入れ直すように、つぶやいた。
みんなが、じっと《二つ頭のヘビ》山脈を見つめる中、
『あれ!』
と、ブルーが言った。
『あそこ! いえ、ある!』
「えっ?」
マッサはびっくりして、ブルーがちっちゃな手で指さしているほうを見た。
《二つ頭のヘビ》山脈のふもとには、濃い緑の森が広がっている。
その森の、ずっと手前のほうに、ぽつんぽつんと、木がかたまって生えているところがあって、そのうちのひとつの側に、何軒かの家が建っていた。
「あっ、ほんとだ! あそこ、家が建ってる! ほら、あそこ!」
「えっ、どこ、どこ、どこですか? ……あっ、ほんとだ!」
きょろきょろしていたタータさんも、マッサとブルーが指さす方向を見て、おどろきの声をあげた。
「おお。」
と、ガーベラ隊長がうなった。
「確かに、家ですね。人が住んでいるのでしょうか? それとも、空家でしょうか?」
すると、目を細くして、家の様子を見ていたディールが、あっと声をあげて、言った。
「隊長、あの、左のほうにある、茶色い屋根の家を見てくださいや! あの家、よく見たら、煙突から煙が出てますぜ!」
「んっ? ……おお、確かに、煙が上がっているな! 間違いなく、誰かが暮らしている証拠だ。あんな、うっすらした煙を、よく見つけたな。」
「へっへっへ。」
ガーベラ隊長に感心されて、ディールは、得意そうに笑った。
「あそこに住んでる人に、お願いしたら、一晩だけ、泊めてもらえないかなあ。」
家を見つめながら、マッサは、思わずつぶやいた。
何しろ、ここまで、ずーっと歩いて旅をしてきて、寝るときは、毎晩、野宿だったんだ。
やっぱり、屋根と床と壁があるところで、できればベッドの上で、ゆっくり眠りたい。
そうだ、それに、お風呂にだって、しばらく入ってない。
小川や、泉のあるところで、交替で、水浴びはしていたけど、熱いお湯をたっぷり使って体を洗えたら……いや、お湯につけてしぼったタオルで体をふくだけだって、どんなにさっぱりして、気持ちがいいだろう!
「じゃあ、とにかく、あの家のところまで、行ってみましょう! そして、泊めてもらえないか、頼んでみましょう!」
タータさんが、元気よく言った。
「しかし……」
と、フレイオが、考えながら言った。
「あそこに住んでいる者たちは、いったい、何者でしょうか? もしかすると、大魔王の手下が、あの家に住みついている、という可能性も、あるかもしれない。」
「それも、そうだな。……そうだ、よく考えたら、こんなところに突っ立っていたのでは、こっちの姿は丸見えだ。いったん、伏せよう。」
ガーベラ隊長が言い、みんなは慌てて、丘の上に伏せた。
それから、肘と膝とを使って、ごそごそと地面を這って、なるべく背丈の高い草が生えている茂みのところまで移動した。
「さて。」
と、みんなが茂みに入ったところで、あらためて、ガーベラ隊長が言った。
「あの家に住んでいる者が、敵か、味方かわからない以上、いきなり全員で近づいていくのは危険だ。特に、王子には、安全なところにいていただき、大丈夫だと分かったところで、来ていただいたほうがいい。」
「じゃあ、まずは、誰かが偵察に行くってこったな。」
ディールが、面白くなってきたぜ、という調子で言った。
「隊長。よかったら、俺がひとっ走り、行ってきましょうか?」
「あっ、それなら、わたしが行きますよ!」
そう言って手をあげたのは、タータさんだった。
「えーっ……おまえ、大丈夫かよ? あの家の中にいるのは、敵かもしれねえんだぜ。見つかったら、いきなり、戦いになるかもしれねえぞ。」
ディールが、疑い深そうに言ったけれど、タータさんは、
「ああ、大丈夫です、大丈夫です!」
と、逆に心配になるくらい、明るく、軽い調子で答えた。
「忘れてしまったんですか? わたしは、生まれも、育ちも、森の中です。自然の中に身を隠しながら、すばやく動くのは、得意中の得意ですよ。」
「お、おお。そういえば、そうだったな。」
タータさんと初めて出会った夜のことを思い出したのか、ディールが、納得したようにうなずいた。
「分かってもらえましたか! だから、安心してください。それに、わたし、いざとなれば、戦いにだって、すごく強いですし。」
「おおー……って、いや! それは、どうも、まだ信じられねえ!」
ディールが、片手を振りながら叫んだ。
確かに、こんなに穏やかで、のんびりした感じのタータさんが、戦いに強いなんて、なかなか信じられない。
マッサ自身も、まだ「本当かな!?」と思っているくらいだ。
ガーベラ隊長も、同じ気持ちみたいで、しばらく、うーんと唸っていたけど、
「そこまで言うなら、ここは、タータさんにお願いしよう。我々は、ここで待っている。もしも、危険を感じたときは、すぐに、大きな声でしらせてください。」
「ええ、ええ、分かりました! それじゃ、ちょっと行ってきますね。」
にこにこしながらうなずいたタータさんは、軽い調子でそう言うと、草の中を、まるでヘビのようにするすると、音もなく、はって移動しはじめた。