マッサ、やってみる
次の日も、朝早くから、マッサたちは草原を歩き続けた。
荷物があるから、そんなに速くは歩けない。
「あーあ、また、あのでっかいドラゴンに、ゴゴゴゴーッと、地下のトンネルを通って、送ってもらえりゃいいのになあ。」
タータさんが用意してくれたお昼ごはんを食べながら、ディールが、ぶつぶつ言った。
「こら、ディール。ないものねだりをしても、仕方がないだろう。」
「まあ、そりゃ、そうですがね。……あーあ、今ここに、俺たちの翼がありゃあなあ! 地面をちまちま歩くのとは違って、翼さえありゃあ、長距離でもひとっ飛びだ。」
「確かに、そうだな。だが、その翼も、ここにはない。地道に歩くしかないだろう。」
「まあ、それも、そうですがね。……あーあ、せめて、馬がいりゃあなあ。馬に乗って走りゃあ、もっと速いし、荷物を運ばせることだってできますからね。」
「王子とタータさんは、乗馬の経験がないだろうが。敵が襲ってきたときに、馬が怖がって暴走してしまったら、どうなるか分からない。それに、食糧などの荷物をのせたまま、どこかに行かれてしまったら、私たちは、たちまち困ったことになる。」
「……ううーん。まあ、それもそうですね。」
ガーベラ隊長が、ひとつひとつ、もっともなことを言い返したので、ディールもさすがに納得するしかなかったみたいだ。
「あっ!」
二人の話を聞いていたマッサは、そこで、急にいいことを思いついた。
「はい、ぼく、思いつきました! ……ぼくの、空を飛ぶ魔法で、荷物を浮かせることができないかな? そうしたら、みんなが楽になると思うんですけど。」
「おおっ! いいじゃねえか。さっそく、こいつでやってみてくれよ。」
ディールが、喜んで自分の大きなリュックサックをさし出した。
みんなが、どういうことになるかと、いっせいにマッサに注目する。
「よし……」
マッサは、腕をぐるんと回して気合いを入れると、集中して、あの言葉を唱えた。
「タカのように速く
ヒバリのように高く
竜のように強く
……飛べっ!」
マッサは、びしっ! と力強く、リュックサックを指さした。
――しーん、とした。
ディールのリュックサックは、空にびゅーんと飛び上がるどころか、地面からちょっと浮いた様子もない。
「あれっ? ……飛べ、飛べ、飛べ!」
やっぱり、しーん、としている。
「えっ……どうして、飛ばないんだろう?」
「おそらく、王子が使える魔法は《自分自身を飛ばす》ものだからでしょうね。」
急に、フレイオがそう言った。
彼は、それまでは、魔法の専門家らしく、マッサがリュックサックを飛ばそうとする様子を、じっと観察していたのだ。
「自分自身を飛ばす魔法と、他のものを飛ばす魔法は、違うものです。確か、王子が使うことができる魔法は、自分自身を飛ばす魔法だけでしたね。だから、リュックサックを飛ばすことはできないのでしょう。」
「えーっ……そういうこと!?」
マッサは、がっかりした。
せっかく、自分の魔法で、みんなを楽にさせてあげられると思ったのに……
すると、
『もったら?』
急に、ブルーが、そう言った。
「えっ? ……なに?」
『それ、もったら? マッサ、もって、とんだら?』
「えっ? ……あっ! ……ああっ、なるほど!」
ブルーが言っていることの意味が分かって、マッサは、ぱんと両手を打ち合わせた。
自分を飛ばすことしかできないのなら、その自分が、ディールの荷物を持って、空を飛べばいいんだ!
「…………あー! あー、あー! そういうことですか。なるほど、なるほど。ブルーさん、頭がいいですねえ。」
『エヘン!』
ちょっとおくれて感心したタータさんにほめられて、ブルーは、嬉しそうに胸をはった。
「じゃあ、ぼく、やってみるよ!」
マッサは、ディールのリュックサックをしっかりつかみ、気合いを入れて、もう一度、あの言葉を唱えた。
「タカのように速く
ヒバリのように高く
竜のように強く
……飛べっ!」
体が、ふわあっと、空中に浮き上がる。
「やった!」
と、マッサは思わず叫んだけど、
「……うっ!? あれっ!? ……重い!」
空中に浮き上がったのは、マッサの体だけだった。
正確に言うと、ディールの荷物も、地面から、ちょっとだけ浮いている。
でも、荷物がものすごく重いせいで、マッサは、石にくくりつけられた風船みたいに、自分だけがふわふわ浮いていて、荷物は、ほとんど持ちあがっていない。
「まあ、こうなるでしょうね。」
フレイオが、冷静に言った。
「自分自身を魔法で飛ばすのは、歩くのと一緒ですよ。何も持っていない状態でなら、身軽にすたすた歩くことができる。でも、重い荷物を持てば、立ち上がるのもやっとだ。飛ぶときも同じです。」
「えーっ……あっ、そういうことなんだ……」
マッサは、がっかりして、地面におりた。
こんなんじゃ、とても、みんなの荷物を運んで空を飛ぶなんてことは無理だ。
『とばない! にもつ、おもい! マッサ、とばない!』
ブルーも、何だかしょんぼりしたポーズで、そう言った。
「いや、何も、マッサが落ち込むことはねえぜ。別に、マッサが悪いわけじゃねえんだからよ。」
ディールが、そう言って、肩を叩いて、なぐさめてくれた。
優しいな、と、マッサがちょっと感動した、次の瞬間、
「けどよ、おまえの、その言い方は何だよ!」
と、ディールは、いきなりフレイオのほうを向いて、文句を言いはじめた。
「はあ?」
フレイオは、思いきり眉を寄せて、迷惑そうな声を出した。
「何なんですか、いきなり。いったい、私の言い方の、何が気に入らなかったというんです?」
「何がって、おまえ、『まあ、こうなるでしょうね。』って、さっき言っただろうが!」
「ええ、確かに言いましたね。それが何か?」
「じゃあ、おまえは、マッサがやる前から、うまくいかないってことが、分かってたってことじゃねえかよ!」
「ええ、もちろん、分かっていましたよ。ですから、それが何か?」
「何か? じゃ、ねえよ! 分かってたなら、はやくマッサに教えてやれよ! 失敗するって分かってんのに、それを、わざと黙って見てるってのは、どういう神経なんだ、おまえは!?」