マッサたち、準備をする
マッサたちは、それから丸一日をかけて、念入りに旅のしたくをととのえた。
「さあ、王子、これを。」
《魔女たちの城》で働いている職人さんたちが、マッサのところにやってきて、立派なさやにおさまった剣を手渡してくれた。
「えっ? ……あっ、この剣は!」
ドラゴンの喉の奥に刺さっていたのを、マッサが抜いてあげて、もらった剣だ。
えーと、あの後、どこにやったんだったっけ……と、マッサが首をひねっていると、ガーベラ隊長が言った。
「お忘れですか? 地下のトンネルから地上に出るときに、私が王子からお預かりして、運んでいたのです。王子が、本物の王子だということが無事に分かったあとで、女王陛下にお願いして、この剣にぴったり合うさやを作ってもらっていたのですよ。」
「いやあ、苦労しましたよ!」
剣を運んできた職人さんたちが、にこにこしながら言った。
「何しろ、この剣は、ちょっと当たっただけで、何でもスパスパ切れてしまうほど、すばらしい切れ味を持っていますからね。ふつうのさやでは、剣をおさめただけで、パカンと割れてしまう。」
「そうそう! だから、魔法を使う必要がありました。このさやは、私たちが、職人の手の技と、魔法の技を合わせて作り上げた、この世にふたつとない、特別なできばえの品です。どうぞ、大切にしてください。」
「王子はまだ体が小さいですから、腰に吊るして歩くと、じゃまになるでしょう。こうやって、背中にせおうことができるように、ベルトをつけておきましたからね。」
「うわあ、ありがとうございます!」
マッサは職人さんたちにお礼を言って、革のベルトで、長い剣をせおった。
そばにあった鏡で見てみると、真っ赤なさやに、金の金具が光って、すごくかっこいい。
「大事にします! 本当にありがとう。」
「いえいえ。その剣で、どうか、大魔王を倒してください。」
「そうです。そして、どうか、元気にもどってきてください!」
「うん。もちろんです!」
マッサが剣を受け取っている横では、ガーベラ隊長たちが、苦労しながら、何度も荷物を詰めなおしていた。
『りんご、りんご、りんご! りんご、もっと、もっと!』
「だあああっ! うるせえな。もうこれ以上、りんご一個どころか、半分だって入らねえっつうの!」
さわぐブルーに、ディールが、自分のリュックサックを上からぎゅうぎゅう押さえながら叫んだ。
出発したら、そこから何日かかるか、まったく分からない旅だ。
だからといって、いりそうなものを全部持っていこうとすると、重すぎて担げなくなるから、何を持って行って、何を置いていくか、慎重に考えなくてはならない。
「……ん? おい、タータさんよ。おまえ、まさか、それ全部持っていくつもりじゃねえだろうな。」
「えっ?」
巨大なリュックサックを二つも用意していたタータさんが、ディールに声をかけられて、ふしぎそうに顔をあげた。
「もちろん、持っていきますよ。せっかく、用意したんですからね。」
「いや、そんなでかい荷物、かついで歩けるのかよ!?」
「ええ、もちろん!」
タータさんは、ひょろっとした体からは信じられない腕力で、ぱんぱんにふくらんだリュックサックをひょいっと持ち上げ、背中にひとつ、お腹にひとつ、かつぎあげた。
遠くから見ると、まるで、巨大なリュックサックのかたまりから細い足が二本生えた、へんな生き物みたいに見える。
「ほらね、こんなの、軽いですよ。そのリュックサックも、わたしが、持ってあげましょうか?」
「い、いや、けっこうだ。……しかし、その大荷物、いったい何が入ってるんだよ?」
「じゃーん!」
タータさんが、四本の手で得意そうに取り出したものは、包丁、まないた、おなべのふた、フライパンだった。
「おおー……って、何考えてんだ、おまえはっ!? 俺たちは、大魔王と戦う旅に出るんだぜ。料理の修業に行くんじゃねえんだぞ!」
「もちろん! 料理の修行は、このお城にいるあいだに、もう、ばっちり積みましたからね。」
タータさんは、にこにこしながら言った。
「故郷の村では、だいたい、虫とか、果物とか、どんぐりのお団子ばかり食べていましたから。こっちの料理が、もう、珍しくて、珍しくて。コックさんたちに、いろいろ質問して、料理の仕方を教えてもらっちゃいました。旅のあいだ、料理のことなら、わたしにまかせてください!」
「さすがですね、タータさん。」
ガーベラ隊長が、まじめな顔で言った。
「一人前の戦士は、長旅をするときに、しっかり眠ることと、しっかり食べることを大切にするといいます。体力がなくては、戦いで力を発揮することもできませんからね。」
「そう、そう! そういうことですよ。」
「はあ……ま、いいけどよ。大丈夫なのか? そんな、のんきなことで……」
ディールが、ぶつぶつ言っているあいだに、マッサは、フレイオのそばに歩いていった。
フレイオは、自分の食事に使う、香りつきの油のびんを、ひとつずつ丁寧に布でくるんで、リュックサックに入れていた。
でも、どう考えてもそれだけじゃないほど、荷物が大きい。
「フレイオさん、その荷物、いったい何が入っているんですか?」
「ああ、これですよ。」
言って、フレイオが取り出したのは、分厚い本だった。
「これは、古い魔法について書かれた本です。強力な呪文がたくさん載っています。そして、こっちは、魔法の歴史についての本。そして、こっちは……」
荷物の中から、分厚い本が次々と出てくるので、マッサは、びっくりしてしまった。
「フレイオさんは、旅のあいだにも、本を読んで勉強するつもりなんですか!?」
「ええ、もちろん。」
フレイオは、当たり前じゃないですか、というように、うなずいた。
「私の夢は、いつか、世界で一番強い魔法使いになることです。そのためには、たとえ一日だって、魔法の勉強を休んではいられません。もちろん、この城に来てからも、毎日勉強は続けていました。」
「うわあ……」
フレイオの、ものすごい勉強熱心さに、マッサは、口をぱかっと開けてしまった。
マッサにしてみれば、たとえば「土曜日も日曜日もお休みなしで、毎日学校に行く」とか、「友達といっしょに遊ぶのにも教科書を持っていく」とか、そういう感じだ。
「まったく!」
その様子を横目で見ていたディールが、大きな声で言った。
「フライパンだの、本だの、みんな、ちょっと緊張感が足りなさすぎるんじゃねえか? 俺たちゃ、遊びに行くんじゃねえんだぜ。」
「ええ、もちろん。」
フレイオが、本を荷物の中にしまい直しながら、涼しい顔で言い返した。
「遊びに行くわけではない。絶対に失敗のできない、真剣な旅です。だからこそ、万全の準備をしておかなくてはね。まあ、せいぜい、人のことに口を出しているあいだに、自分が重大な忘れ物をしていた、なんてことに、ならないようにしてもらいたいものですよ。」
「何だと、こら!」
またまた、ディールとフレイオのけんかが始まりそうになった、そのときだ。
「みな、そろそろ、準備はととのったかな。」
マッサのおばあちゃんがやってきて、みんなを見まわし、静かに言った。
「都じゅうの者たちが、すでに集まっておる。出発の時間じゃ。」