表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/42

*左の頬にもキスを

 私がこれを書いているのは、パイモンが「信者たちのために自分のことを書いたらどうか」と言ったからです。


 なぜなら、信者たちは無垢なので、教養がないと正しい判断ができない。それで私はこれを書きはじめた。イトナも賛成した。イトナは私に、いろいろな時間の使い方をしてほしいと手話で示した。彼は私に文字の書き方を教えてくれたので、私はこれが書けます。


 パイモンは、私が知っていることをありのままに書けと言った。そうすれば、私の書いた言葉には信頼性が生まれるから。信者たちは無垢だけど、迷子が書いたというだけで、疑い深くなるとパイモンは言った。だから私は私の身に起きたことをありのまま書いている。


 パイモンが次に来たときに、私は自分の書いたものを見せました。するとパイモンはほんの少し目を走らせただけでおかしそうに笑い出した。私は、何がそんなに面白いのかと聞いた。パイモンはお腹を抱えながら「文章がひどい」と言った。


 パイモンは言った。

「なんで喋ると普通なのに、書くとロボットみたいになるんだよ」

 私は意味が分からなかった。ロボットという言葉を詳しく知らなかった。たしか人工知能に関係する言葉です。


 アリトンはそのときそばにいて、パイモンの手から私のノートを取り上げて目を走らせ、にっこりと笑った。それはパイモンのように馬鹿にする笑い方ではなかったので、私はアリトンに笑いかけた。

「別にいいじゃない、味があって」


 アリトンはそう言いながらパイモンにノートを返した。パイモンは笑いすぎて涙を拭きながら「人間って面白い」と言った。それから私のおでこにキスをして、「かわいいじゃん」と言って、また続きを読みはじめた。


 私は人間じゃないけれど、パイモンが私を人間扱いしてくれたので、笑い飛ばされたことはちっとも気にならなかった。



 パイモンは私の文章を最後まで読んで、「悪魔側に偏りすぎだ」と言いました。

「これを読んだ信者たちは、きっとこの本に公正さを見いだすことができないだろうな」


 私は公正さの意味が分からなかった。私はありのまま書いただけです。するとパイモンは教えてくれた。


 悪魔にはただでさえ、人間を悪い方向へ誘導する、という固定概念がある。だから、もう少し神様や天使よりの考え方も取り入れて文章を展開しなくてはいけない。でなければ、これはただの、神様が嫌いな迷子の愚痴になる、と。


 そんなつもりはなかったけど、私の文章にはあまりにも「神様の悪口」が多いそうです。それで、信者たちはこれを読むと、理解しようとする前に拒否反応を起こしてしまうらしい。


 だから、これから神様と天使を褒めたたえようと思います。


 なぜなら、すべての人には教養が必要で、それは信者も同じだから。私は信者が読んでくれるようにこれを書いているから。拒否反応を起こさないように、ちゃんと公正に書こうと思う。


 それに、私は聖書について詳しい。それは、私が悪魔の子どもで、悪魔は誰よりも深く聖書を読み込んでいるからです。だから悪魔はいつでも、自分の都合のいいように、素早く聖書の言葉を引用できる。



 まず、神様はとても頭がいい。そしてなんでもできる。これは真実です。


 なぜなら、神様は全知全能だから、なぜなら、神様はすべてのものを作り上げたから、ここに異論を唱える悪魔は一人もいません。他の誰にも、神様のまねはできない。


 たとえば、終わりの日に人間はコンピューターで人工知能を作った。それははじめ、人間よりも賢くなりすぎると懸念された。人間は人工知能には、ありとあらゆるゲームで勝てなくなった。それから、思ってもみない解決方法を人工知能が考えてくれた。どこに行けば客がいて、どの人間が仕事を辞めるつもりなのか、人工知能は魔法のように言い当てることができた。


 しかし、人工知能は答えを導き出すばかりで、結論に至った過程は提示してくれませんでした。過程を提示しても、情報が膨大すぎて人間には理解できなかった。


 しかし、人工知能には決してまねできないことがあった。それは非合理性です。人間には非合理性があるけれど、人工知能は合理的にしか考えられない。それで、人間の感情や機微を読み取ることはできなかった。人工知能には、一から十まできちんと説明しなければわからなかった。


 人間にもときどき、非合理性の欠けた人がいた。しかし彼らは「発達障害」と呼ばれていた。なので人工知能は完璧ではなかった。


 ハルマゲドンが来て、発達障害はなくなりました。厭世家たちは今でも、人工知能を工場作業のために活用している。それから、インターネットを整備したり、電気や水道を管理するのに人工知能を使っている。それは人間が働かなくてもいいようにするためです。


 しかし、人工知能に人間のまねをさせたり、人間の頭に介入させたりする、前時代的な研究はもうありません。それは神様を冒涜することだから。どんなにがんばっても、神様の作ったものよりも完璧なものはないと知っているから。


 人間の作ったどんなカメラのレンズよりも、人間の生まれ持った目にはかなわなかった。栄養学を一生懸命考えても、好きなものを食べている人のほうが長生きをしたりした。交配を重ねて優れたペットを作り出しても、それらは病気になりやすかった。頑丈な家を建てても、いつかは朽ちて、土に還った。


 人間だけではありません。何かを作ろうとしたのは、霊者も同じだった。


 アリトンは一人の人間を作ろうとした。それは世界で最も美しいものになるはずだった。


 しかしアリトンはゼロから作ることはできなかった。アリトンは悪魔だったから、死んだ人間や生きた人間の体のパーツを集めて、何年もかけて磨き上げ、繋ぎ合わせて、ツギハギしているのがわからないくらい、滑らかに表面を取り繕った。しかし、アリトンが作った身体に命が宿ることはありませんでした。


 心を作り出せるのは神様だけだったから、息を吹き込めるのは神様だけだったから。


 それでアリトンは自分の心を半分切り取って、自分の作った人形の中に入れた。心には、命はあるけれど記憶はない。記憶は魂や身体に宿るものだから、アリトンの心が半分入った身体は、アリトンだけどアリトンではない、まったく新しい命となった。


 そしてそれが私です。


 アリトンは私にカエラという名前を付けた。それは私がアリトンの子どもだから、アリトンは私を愛しているから、愛されるという意味を付けたのです。


 アリトンはこんなにがんばってやっと一人の人間を作った。けど神様は、宇宙や大地や水の生き物や鳥や動物や植物や人間をこんなにたくさん作った。それはとてもすごいことで、だから神様は頭がいい。これは事実です。



 次に天使を褒めようと思います。


 私はめったに天使に会ったことがない。なぜなら、私たちの住んでいる場所は「エデンの外」だから、天使はここに来たがらない。ここに来るのは厭世家です。天使の命令で、迷子たちを導くためにやってくる。


 しかし私たちのところへやってくる厭世家はいつも怒っていて怖い。ここが「エデンの外」だから、本当はエデンにいたいのに天使に命令されているから、きっといつも怒っているのです。


 それでも、ときどき天使がやってくる。彼らは悪魔に会いに来て、迷子を解放してくれと言いに来たり、千年王国が終わる前に、悔い改めてくれと言いに来ます。彼らは善意で言っているので、それは善いことです。


 私が会ったことのある天使は二人います。その一人はイズルです。


 イズルはとても大きな、たくましい男の格好をしている。ガズラとちがって、脂肪がついて太っているのではなく、筋肉がふくらんでいる。そして髪の毛が一本も生えていない。私はイズルを見ると、いつも頭が寒そうだなあと思う。


 イズルはアリトンと仲がいい。不思議に聞こえるかもしれないけど、天使と悪魔にも友情はあるのだ、とアリトンは言った。


 たとえば、終わりの日にはそこここで戦争があり、人々はお互いに殺し合った。しかし、それは国同士や宗教同士の対立にすぎなかった。個人間では仲良くする人もいたし、エロスを抱いて結婚する人もいた。それは個人的なことなので、お互いの所属は関係なかった。


 そしてイズルは公正な人です。なぜなら、イズルはアリトンが神様を愛さないことに関して、文句を言わない。それは神様がくれた自由意志による結果だと、イズルはちゃんと知っていた。だからイズルはアリトンの自由意志を尊重するし、自分の自由意志を行使して、神様を愛している。


 彼は自分とアリトンを分けて考えているので、公正です。たとえアリトンと考えがちがっても、仲違いをする理由はない、と彼は考えている。

 

 イズルには、私は五回だけ会った。けどそのうち三回はちらりと見ただけで、正確には二回しか会ったことがないので、どんな天使なのか、よく知らない。


 少なくとも、彼はアリトンとセックスしていかなかった。そして私ともセックスをしなかった。それは彼が神様のルールを守るべきだと信じているから、仕方がないから私も理解できる。


 まだアリトンが天使だったころ、イズルはアリトンとあちこち旅して回った、友達同士だった。それで、二人は今でも仲がいい。天使は細かいことで文句を言わないので、器が大きいと思う。


 イズルと会った二回、アリトンは私とガズラとイトナを呼んで、暖炉の前に座るように言った。これはアリトンが作ってくれた暖炉で、二階へ煙突がつらぬいていて冬でもあたたかい。


 しかしイトナは仕事があると手話で示して、暖炉のそばへ来なかった。彼はパソコンのキーボードを叩くので忙しいふりをしたけど、本当は天使が怖かったのではないかと思う。彼はずっとエデンで天使を尊敬していたので、迷子になった今、とても天使に顔向けできないと、アリトンに手話で示しているのを、私は見たことがある。


 それで私とガズラだけが暖炉のそばに座った。アリトンとイズルは私たちに、昔話をして聞かせた。それは地球ができる前や、神様が人間を創る前の、まだ霊者が一種類しかいなくて、みんなが仲良く暮らしていた時代の話です。


 イズルは、大地を踏み固めるために創られた恐竜の話や、地球から遠く離れた星にこっそり作った庭や、炎と硫黄と煙で作った手慰みの話をした。アリトンは、霊者たちの失敗談や、おどけ話、イズルに似合いそうな髪型の話をして、みんなを笑わせた。


 そんな話を悪魔と一緒に楽しくできるので、イズルはとても善い天使だと思う。



 もう一人の天使は、私はまだ一回しか会ったことがない。彼はノームという。


 パイモンと同じ金色の髪をしているけれど、胸まで届くほど長くて、美しくうねっている。彼は私が今まで見た誰よりも美しい。そう言ったら、ガズラは「カエラのほうが綺麗だよ」と言った。だけど私はそう思わない。私はちゃんと鏡を見ます、だけどどう見てもノームのほうが私よりも美しい。

 だからガズラは馬鹿だと思う。


 ノームはイズルや他の天使とちがって、アリトンのいない日にやって来た。それはほんの一週間前のこと。


 真っ白の服を着て、人間とは思えないほど美しいので、私はまた、アリトンとセックスしに来た悪魔かと思った。なぜなら、悪魔は人の目をごまかすのが好きだから、美しい姿をとったり、善いイメージの白を着るのが好きだから。


 しかしノームは自分を天使だと言った。イトナはしかめ面をして、帰ってもらうようにと私に手話で示した。それを見て、ノームは手話を理解したようにうなずいた。


 霊者は迷子たちとちがって、イトナの手話を知っている。それは人間の言語体系のひとつだから、霊者は頭がいいから、終わりの日に使われていた手話をみんな覚えている。


 私はノームを引き止めた。私はまだ、天使とセックスをしたことがなかったので、よかったら帰る前にセックスしようと言った。すると彼は困った顔をして丁重に断った。なぜなら、彼は天使だから、人間とはセックスをしてはいけないと信じているから、仕方がない。


 それでも、ノームがあまりにも美しかったので、私は食い下がった。私は彼とセックスをしてみたくなったのです。それで、私はアリトンが作ったから、私には魂がないから、人間ではない。だからセックスをしても大丈夫だと言うと、彼は首をかしげた。それから、「アリトンがあなたを作ったんですか」と聞いた。


 それはとても丁寧な言い方で、私に対してこんなに丁寧な人は、迷子にも悪魔にもいません。


 私はうなずいて、それから、私の心は半分しかなくて、それはアリトンの心だ、と言った。するとノームは私の目をじっと見た。あまりにもじっと見られたので、私は居心地が悪くなった。自分が何か悪いことをしてしまって、申し訳ないような気持ちになった。そんなことは初めてだった。


 彼の目は、私の瞳の奥を透かして、心を直接のぞき込もうとしているみたいだった。それで、私も彼の心をのぞき込もうとしたけど、うまくできなかった。彼は霊者なので、心をのぞくことはできない。


 しかし、霊者も、本来は人間の心をのぞけないはずです。けど、やろうと思えばできるかもしれない。霊者は神様に近いから、できても不思議ではない。


 彼はにっこり笑って、私の心をのぞくのをやめてくれた。そして彼は言った。

「握手しませんか」

 それで私は彼と握手しました。


 はじめはただ手をつなぐだけだった。しかしずっとそうしていると、だんだん心が満たされた。イトナやアリトンや、他の悪魔や迷子たちとセックスをするときに似ていた。おなじくらい、胸の真ん中があたたかくなった。


 するとノームは言った。

「あなたはいつも、誰かとセックスをしたくなってしまうんですか?」

 それで私は答えて言った。

「そう」

 するとノームは言った。

「今も誰かとセックスがしたいですか?」


 私は首を振った。

「そうでもない。手を握っていたらどうでもよくなってきた」

 彼はにっこり笑った。それは心からの笑顔で、私のためだとわかる笑顔だったので、私も笑い返した。


「握手すると、セックスとしたときと同じくらい、幸せになった。そうなるってわかっていたの? あなたはすごいね」

 するとノームは言った。

「あなたは心が欠けているから、誰かと肌を合わせていたいだけです。特別、性欲が強いわけではない」

 私はうなずいて言った。

「アリトンも同じことを言ってた。私がセックスをしたくなるのは仕方ないって」

 するとノームはまた私をじっと見て、もう一度口を開いた。

「心が欠けていれば、常に不安に苛まれ、人と心を重ねなくてはどうしようもなくなります。でも、セックスをする必要はありません。こうやって肌と肌を合わせていれば、あなたには効く」


 ノームはにっこり笑って、握手した私の手にもう片方の手を重ねてくれた。それで私は言った。

「けど、私はセックスが好き。それにキスするのもされるのも好き」

 するとノームは言った。

「では、私のほっぺたにキスしてください」

 それで私は背伸びしてノームの右のほっぺたにキスをした。するとノームが左の頬も差し出したので、そちらにもキスをした。


 彼は霊者なので、身体がないので、臭くはなかったけどいい匂いもしなかった。するとノームは握っていた私の手を持ち上げて、手の甲に軽くキスをした。そしてにっこり笑ったので、私はこれが幸せかと思った。ノームは、また来る、と言って、エデンの園に帰った。



 その日、私はずっとイトナの手を握っていた。セックスをしなくてもそれで平気だったので、同じくらい満たされていたので、ちょっと会っただけでそれを教えてくれたノームはすごいと思う。


 それで、私の知っている天使は全部です。



 私は神様に会ったことがない。だから神様が頭がいいことは知っているけど、本当にいい人かどうかはわからない。けど、二人の天使はとてもいい人だった。彼らにはきちんと会ったので、それは真実です。


 彼らが心から崇拝している神様は、きっと頭がいいだけじゃなくて、本当にいい人かもしれないと思う。けど、やっぱり私は神様には会ったことがないので、正確にはわかりません。


 人間は神様には会えない。もしもその姿を見たら、人間は死んでしまうらしい。それで、神様の姿を絵や像にすることは固く禁じられている。けど、そのせいで、ますます人間にとっては、神様がどんな人だか、わかりにくくなっていると思う。


 イズルやノームは神様を愛しているけど、アリトンやパイモンは神様を愛するのをやめた。


 イズルやノームはいい人だと思う。しかしアリトンやパイモンのことも、いい人だと思います。


 だからどちらの言い分が正しくて、どちらの言い分が間違っているのか、私にはわからない。自分ではとても決められません。


 なのでこれを読んでいる人は、あなたが自分で決めてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ