*魂のない動物
これはフィクションです。
アリトンがいるとき、ときどき私たちの家には、悪魔がやってきます。彼らはアリトンに会いに来る。そして彼らはほとんどの場合、男の姿をしています、そしてアリトンとセックスしていきます。
彼らは私にもセックスをしようと言ってくれる。私はとても嬉しいので、悪魔が好き。なぜなら、イトナはいつも、私が誘うまでセックスをしようとしてくれないから。迷子たちも、私から声をかけるまでは、めったに誘ってくれないから。だから私は、悪魔から誘われると嬉しい。
悪魔を好きなのは、おかしいらしい。悪魔にはいいイメージがない、とイトナは言う。エデンに住んでいる人たちは、悪魔が嫌いだそうです。そしてとても怖がっている。
私は悪魔が恐くない。みんな優しいから、私とセックスしてくれるから。
悪魔たちはとても身なりに気を配っています。彼らは上等の服を着ている。触り心地が良くて、体にぴったりと合っていて、洗練されている。そして、美しい目鼻立ちをしていることが多い。彼らは息が臭くないし、身体もにおいません。なぜなら、彼らは息をしていないから、そして身体が本当には存在していないから、人間や動物とちがってにおいがない。
悪魔や天使は霊者といって、霊体なのだとアリトンは言いました。だから、彼らは魂と心だけでできているのです。人間には魂と心と身体があります。そして動物には心と身体がある。
心は命そのものです、神様が吹き入れた息が命になって心になる。しかし魂は神様と霊者と人間にしかありません。だから人間は動物よりも偉いらしい。これをヒューマニズムと言う。
人間はみんな魂があって、だから人間はみんな平等だという考え方をヒューマニズムといいます。
終わりの日やその前の時代には、人間は愚かだったので、カースト制度や差別やいじめがありました。しかしこれはまったく間違っている。人間はみんな魂があるのでみんな偉いのです。偉くないのは動物です。
ヒューマニズムの考え方でいうと、魂のない動物は、だからどうでもいい存在なのです。だから人間は食べてはいけないけど動物ならかまわない、家畜にする権利が人間にはある、人間は魂があるから。人間は偉いから。
そして私にも魂がないので、私はどうでもいい存在です。
悪魔の一人は名前をパイモンという。彼はとても素敵な男の姿をしている。しかし悪魔は霊者なので、本当には身体がないので、素敵な人に見せかけているだけにすぎない。
彼は私と同じ金色の髪をしていて、日にかざすとところどころ透き通るように光って見えてとても綺麗。瞳は青い空と同じ色で、日にかざすとキラキラ光って見える。彼は純白のスーツを着ています。スーツの下には襟のつきのシャツを着ている。これは夜の闇よりも真っ黒で、袖からも少しのぞいています。そして彼はこの服がとても気に入っている。
彼は私に言った、「白は清純さをあらわしているんだよ」と。それから彼は言った、「黒は悪をイメージしているんだ。だから白の下からちょこっとだけ見えるように、下に着てるんだ。ちゃんと下着まで真っ黒なんだぜ。おれ、下着なんか着る必要ないのに。えらいだろ?」
私は何がえらいのかわからなかったけど、パイモンが笑ったので一緒に笑った。誰かと一緒に笑うのは好き。とても楽しい。
パイモンはアリトンが大嫌いだけど、ときどきここへ来てアリトンとセックスしていきます。そしてときどきは私を誘ってくれる。私はとても嬉しい。何回か、三人で一緒にベッドに入ったこともある。それは本当に楽しくて、二人が私の身体のあちこちにキスをしてくれるので、私はこれが幸せかと思います。
ことが終わると、三人で寝っ転がりながらのんびりする。パイモンは必ずアリトンの悪口を言います。そしてアリトンはそれを聞いてくすくす笑っているので、私も一緒に笑う。
三人でお互いの身体にキスをし合いっこしているときに、パイモンはこう言ったことがある。
「おれたち、すげー悪いことをしてるぜ」
そしてそれは本当です。
なぜなら、セックスというのは男の人と女の人が一人ずつで、二人きりでしなくてはならないと、神様が決めているから。その二人は愛し合っていて、結婚した夫婦でなければならないから。さらに、霊者同士か、もしくは人間同士でなければならないから。
人間と霊者がセックスをして子どもが生まれると、巨人になります。昔、霊者たちは増えはじめた人間たちを見て、恋に落ちました。それで、霊者たちは人間の姿で地上に降りて、人間と結婚した。そして、巨人がたくさん産まれました。
巨人たちは乱暴で強くて下品だったと言われている。アリトンとパイモンは、そんなことはなかった、と言った。ただ、巨人たちは明らかに、人間でも霊者でもない存在だった、と言った。
それで神様は、そんな存在を創った覚えはないので、とても怒った。なぜなら、神様に背いて人間とセックスした霊者は、悪魔と呼ばれるべき存在だったから。巨人は、まさしく悪魔の子だったから。それで、神様は巨人を滅ぼそうと決めた。
そのとき、巨人にそそのかされて普通の人もたくさん悪いことをしたそうです。そう聖書には書いてある。なので神様はたくさんの人も一緒に滅ぼそうと思った。生き残らせるべき人間は、数えてみたら8人しかいなかった。それで神様はその8人に大きな舟を造らせた。
これがノアの方舟です。
しかし私はパイモンとセックスしても巨人を産むことはありません。
アリトンは女の姿をしているので、どうせ子どもはできない。彼女とセックスするときは、口や手や指や他の部分を使う。そしてそれはとても楽しいけど、どちらにしろ、子どもは産まれない。なぜなら、アリトンは私を作るときに、身体の中に卵巣を入れておかなかったから。
卵巣というのは女の人が子どもを作るために必要な、卵を作る器官です。人間というのはほ乳類に分類されていて、卵は産まないけど、実は身体の中で卵がちゃんと用意されている。そして男の人のペニスから精子が出てくると、これが泳いでいって女の人の身体の中の卵とくっついて、それが人間になります。
神様はこうやって、自分が男の人のあばら骨をわざわざ取らなくても、男と女が一人ずついれば人間を作り出せるようにプログラムを作ったので、頭がいい。神様はアダムを土から、エバをアダムのあばら骨から作ったけど、そのあとの人間はみんな、セックスをするとできるようになった。
しかし私もアリトンもパイモンも、子どもを作るためにセックスをしていないので、これは神様の意志に反しているので、私たちはすげー悪いことをしているのです。
夫婦は愛し合うからセックスをします、この愛をエロスと言う。
愛には四種類あります。エロスと、フィリアと、ストルゲと、アガペー。
エロスはセックスをしたくなる場合の愛で、これがない人とセックスをするのは、神の意志に反する。これは夫婦になる男女が抱く愛です。とても本能的な愛だとアリトンは教えてくれた。
じゃあ私はいつもセックスをしたくなるから、みんなにエロスを持っているのかと聞いたら、アリトンはしばらく考えて、ちがう、と言った。カエラは、欲望を満たしているだけで、それはエロスの愛とはちがう、と言った。だから、私はエロスを持っていません。
フィリアは、友情の愛です。仲間に対しての愛のことです。きっとイトナやガズラに対して、私はフィリアを持っていると思う。彼らは仲間だから、きっとそうだと思う。
ストルゲは、親子の愛だとアリトンは言った。それから、師弟関係にも、ストルゲを使う。それなら、私はアリトンの子なので、きっと私がアリトンを好きなのは、ストルゲだと思う。
アガペーは、私はよくわかりません。隣人愛だとアリトンは言った。無償の愛で、見返りを求めない愛だとも。
それを教えてくれたとき、アリトンは鼻で笑った。そして「神の愛だよ」と付け加えた。なので、神様は見返りを求めないそうなので、えらいと思う。私は私とセックスしてくれない人は好きじゃないから、にこにこしていない人は好きになれないから、たぶんアガペーは、私は持っていないと思います。
でも、私は四種類の愛のうち、ふたつの愛を持っているので、神様はアガペーのひとつだけなので、神様はもしかしたら、たいしたことはないのかもしれない。私がそう言ったら、アリトンはおかしそうに、しばらく笑っていた。
「おれたち、すげー悪いことをしてるぜ」と言ったあと、パイモンは笑った。二人は悪魔だから、悪魔は悪いことをするのが大好きだから、アリトンも、涙を流して笑った。私はくすくす笑って、パイモンに抱きついた。
彼は臭くはないけれどいい匂いもしない。それでも、パイモンはいつもにこにこしているので私は好き。私の周りの人はいつも笑っていて、私は嬉しくなる。笑わないのはイトナだけです。それから、ときどき来る厭世家も、にこりともしません。私はイトナは好きだけど、厭世家は好きじゃない。
なぜパイモンがアリトンを嫌いかというと、パイモンは「知識の悪魔」だと言われているからです。
パイモンはなんでも知っている。人間の闇や、神様の矛盾や、14万4千人が選ばれた理由、そしてエデンの外が地球の上にどれくらいあるか。星の数も知っているし、その名前もすべて言えるし、かつての言語の悪口を並べ立てることもできるし、この世で一番面白いジョークを知っている、それから一番シンプルで面白いゲームを知っているし、一番気持ちのいいマスターベーションの方法も知っているし、人を信用させる言葉も、怒らせる言葉も知っている。
けど、アリトンは「秘密の悪魔」だ。
アリトンには秘密がある。アリトンの秘密は、口に出せないほど恐ろしい秘密なので、それをほかの誰も知りません。神様はもしかしたら知っている、なぜなら全知の神だから。
だけどパイモンは知らない。
パイモンは悔しいのだ、と、アリトンは私にこっそり教えてくれた。パイモンは「自分が知らないこと」が存在していることに我慢ができないのです。そしてアリトンに、あの手この手で秘密を教えろと迫ってくる。しかしアリトンは笑う、すると私も楽しくなって一緒に笑う。
アリトンは私の頭をなでながら、パイモンに向かって言った。
「誰かに話したら、それは『秘密』でなくなってしまうでしょう」
パイモンは言った。
「大丈夫さ、おれとおまえ、二人の秘密にしよう」
「無理よ。だって『口に出せないほど恐ろしい秘密』なんだもの」
「なら、ここへ書けよ。どんな言語でもいいから」
「お馬鹿さん。あんたに明かすメリットが私にあると思って?」
「てめえ、本当は秘密なんか、何もないんだろ?」
アリトンは笑った。しかしこれは人をおちょくるときの笑い方で、図星をつかれたわけではありません。
本当はアリトンは、ちゃんと秘密を持っている。誰も知らない、神様とアリトンしか知らない、「口に出せないほど恐ろしい秘密」をです。そしてそれは私も知らない。
私は秘密を知ろうとは思わない。私はただ、そばにいる人がセックスに応じてくれるかどうか、それだけがいつも心配事だから。そして、悪魔の誰かがアリトンに会いに来ると嬉しい。彼らはきっと、向こうから誘ってくれるから。
悪魔と会ったあと、イトナはしばらく不機嫌になる。そして私とキスをしてくれない。私は悲しくて、声を上げて泣く。
はじめはイトナは私を無視します。彼は何も聞こえないから、私が声をあげて泣こうが静かに泣こうが、彼には同じ。しかし一時間もすると、イトナはため息をついて私の隣に座る。それで、私がイトナのほうへ身を乗り出すと、キスしてくれる。それで私は嬉しくなります。
一度か二度、たまたまガズラが近くにいて、その様子に出くわしたことがある。
彼は私たちに向かって、おもにイトナに向かって、ひゅーひゅーとはやし立てた。するとイトナは耳が聞こえないのに、黙ってそばにあったものを手当り次第に投げた。これは靴とかステッキとか本とかお皿とかペンとかなんかをです。そしてガズラはそれらに当たって「いてて」と言いながら、笑って退散していきます。
そして私はイトナの首に腕を巻き付けて、その、ヘビみたいに鋭い目をながめて、にこにこ笑ってキスをします。
私がいつもにこにこしているから、イトナは私のことが好きだと手話で示した。私もイトナが好き。「好き」の手話は片手でできる。あごの下に広げた人差し指と親指をつけて、ななめ前におろしながら指をつまむ。
手話には「愛してる」の手話もあります。これは両手を使わなくてはならない。まず、左手を握ってお腹の前に用意する。それからそのこぶしを優しくなでるように、右手をゆっくり回す。
これは「大切」という意味の手話で、イトナはこの手話を使うとき、私のことを指して使う。なぜなら「カエラ」には「愛される」という意味があるから。それはまったく私のことだから。
霊者は人間を愛することができません。この愛とは、エロスの愛のことです。
エロスを持つと、その相手とセックスをしたくなるけど、霊者と人間はセックスしてはいけないから。巨人が産まれてしまうから。それで神様は人間と霊者のエロスを禁じた。そして、掟を破る霊者を悪魔と呼び、人間のほうは殺した。
ノアに方舟を作らせて大雨を降らせると、地上にいた巨人たちや人間は一人残らず死にました。そして霊者は身体がないので死なずに天の国に帰った。彼らには他に行くところがないので、悪魔もそのころは天の国に住んでいたので、彼らもそうした。
彼らは死んでゆく妻や夫や息子や娘を、ただ見ているしかできなかった。なぜなら人間には身体があって、一緒に天の国に行くことはできなかったから。身体は重すぎて、運べなかったから。
終わりの日やその前の時代には、人間が死んだら、天国か地獄に行くと思っていた信者がいたらしい。しかし、それはまったく間違っている。
聖書にはちゃんと書いてあります。「死者はヤハを賛美しない」と。ヤハとは、神様のことです。
善い人間であっても、死んだら何もできない。これはそれを言い表していて、だから人間は死んだら無になります。死んだ者には、なんの意識もない。
天の国は神様と霊者しか住めない。そして、ハルマゲドンのあと、悪魔が900年間幽閉されていた地の底は、悪魔しか住めません。
善い人間は地上で生き残り、悪い人間は死ぬ。神様はそう決めている。
ノアが家族と方舟に乗ったとき、雨は四十日四十夜降り続け、巨人と人間は死に絶えた。それで、彼らの夫であり、妻であり、父であり、母であった霊者たちは、天の国に帰り、神様や仲間の霊者たちから、悪魔と呼ばれるようになっても、別に平気だった。
なぜなら彼らはもう、天使でいたくはなかったから。彼らは神様を崇拝したくなくなっていたから。
むしろ自分で自分のことを悪魔と名乗っても、平気なくらいだったから。
参考
詩編 115:16、17
伝道 9:5