表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/139

97 遊びの作法

「一体どうしたんだ兄上!?」


 変わり果ててしまった兄の姿に、ルクレシェアはさっきまでの怒りも吹き飛んでしまった模様。


「こんな……、常に若さと精力に満ち溢れていた兄上が、こんなに涸れ果ててしまって……、一体何があったのだ!?」

「行ってきたのだよ遊郭に……」


 手首より先をプルプル震わせながらレーザが言う。

 冷気を湛えてカッと見開かれた目は眠そうに細められ、髪質もパサパサ乾て荒れている。

 心なしか白髪が交じっているかのようだ。


 僕が元気なレーザを最後に見たのは、彼をカエンに紹介するためマルヤマ遊郭へと連れていった時。

 その目的は前述のとおり、妖しいカエンへの対処をレーザにバトンタッチするためだ。


 レーザは、これから雷領が最重要の交流相手とするフェニーチェ法国の最高権力者の息子で、自身フェニーチェ軍事部門の指揮官だ。

 遊郭にて最高級のもてなしを受けるに相応しいということで、カエンも快く大見世への出入りを許してくれた。


 それ以来、僕は一切マルヤマ遊郭に足を踏み入れていない。

 カエンのことに関しては一切レーザに任せきりにしたからだ。


 それから一週間。そろそろ状況経過をレーザから聞こうと思っていたところ、こんなことになっていたとは。


「やあユキムラ。遊郭とはいいところだなあ……」

「お義兄さん!?」


 思わずレーザのことを敬称で呼んでしまう。


「一体何があった!? 遊郭で一体何があったの!?」

「あれほど至れり尽くせりで、サービスの行き届いた施設はフェニーチェにも存在しないぞ?」


 ヨロヨロにやつれながら、それでも表情は極楽浄土を見てきたかのごとく陶然としていた。

 ……はッ!?


「まさか、……こんなに涸れ果ててしまったのは? まさか!?」

「ああ、違う違う」


 僕の想像を見透かしたのか、レーザはプルプル震える手を払って否定した。


「なあユキムラ。遊郭というのは非常に奥が深いところだなあ」

「はい?」

「余はな、まず真っ先にレディ・カエンの下へ向かって口説こうとしたんだ。そしたら即行止められた」


 え?

 ええ?


「何でも遊郭には仕来りがあるという。金を払えば女を抱ける場所だと言っても、金を払ってすぐ抱けるというわけではないそうだな」

「え? そうなんですか?」

「そうだよ、だからこそ楽しいんだ」


 とレーザは今もなおその楽しみの真っ只中に身を置いているかのようだった。


「まず客は、直接遊郭に行くのではなく引手茶屋という場所に行くのだ。目当ての女であるレディ・カエンの都合がいいかどうか。確認するまでそこで待つ、というシステムらしいな。そしてレディ・カエンの都合がよければ、向こうからやって来て茶屋で酒など酌み交わして談笑する」


 多分そういうことを実際してきたのだろう。

 レーザはみずからの体験を自慢げに語る。


「そして場が温まってきたら、遊郭に戻るというわけだ。そしていよいよ……!」

「そこから」

「また談笑する」


 おいぃッ!?


「レディ・カエンをその辺の娼婦と一緒にするな!? 太夫だぞ! シンマの娼婦階級で一番高級なんだぞ!! それを一回のご利用で全部楽しめたら有難味がないではないか!?」

「いやでも、遊郭ってそういうことをするところじゃないんですか!?」

「相手は最高級の太夫だぞ! どの国どの業界においても最高級に対しては相応の作法があるものなのだ! シンマの遊郭においては最初の利用が『初会』。次が『うら』。三回目で『馴染』といわれ、三回目でようやく相手を抱けるチャンスが訪れるのだ!」


 きっと完全受け売りなんだろうなあと思われる知識を童貞の僕に向けて披露する。

 ……玄人童貞の僕に向けて。

 玄人童貞だしな!!


「ただ、最短で行けるのが三回目から、ということで、それまでの間にミスがあればやっぱりベッドには行けない!!」

「はあ……!?」

「遊郭独自の礼儀作法を守れなかったとか、娼婦との談笑で上手いことが言えなかったとか! 茶屋で待っている間の金払いが少ないとか! 多すぎてもダメらしいんだ!!」


 つまり、ただ金を払うだけじゃダメで。色々と約束事をクリアしないとお目当てのことができないと?

 遊郭めんどくさい!!


「そんなわけで、余はまだレディ・カエンの手すら握っていない……!」

「手すら!?」

「フェニーチェ人の余では、遊郭の作法とかルールとかてんでわからんのだ! 頼むユキムラ! シンマ人のお前に攻略を手伝ってほしい!!」


 それでここを訪ねてきたわけか!?

 そんなこと言われても、極めて特殊な業界のローカルルールなんて同じシンマ人の僕でもわかりようがないよ!!


「嫌な予感がして来て見たら……!」

「その声は、タチカゼ!?」


 気づけばこの領主居館にヤマウチ=タチカゼが訪れていた。


「それが遊郭の恐ろしさだ。シンマ王国の始まりと共に百年の歴史を織り上げてきた火領の遊郭業界は、その間様々なノウハウを積んできた」


 その中でもっとも恐ろしいのは……。


「客から金を毟り取るノウハウ!」

「何ぃ!?」

「客から金をとることは商売の基礎の基礎! ヤツら火領の連中は、遊郭に複雑な段階を設けることで、客に金を払わせる機会を格段に増やした!!」


 その結果がこれということか!?

 あらゆる場面で金と精力を搾り取られて、ヨロヨロになってしまったレーザさん。

 それなのにお目当てのカエンには、手も握れていないという。


「当然だ! 店側としては、客に目的を遂げられたら二度と来てもらえないかもしれない! 遊郭にとっては、目的達成までにどれだけ客の財布を搾れるかが勝負なのだ!!」


 恐ろしい!

 遊郭ってそんなところだったのか!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ