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96 ミイラ取りの末路

 そんなわけで、カエンのことはレーザに一任することとなりました。


 僕も健全な男の一人として、この吐き気をもよおす邪悪な男を解き放っていいものかと躊躇したが、かといってコイツ以外にカエンの妖しさへ太刀打ちできそうな心当たりがない。


 僕やタチカゼにもう少し恋愛経験があれば何とかなったのかもしれないんだが。

 恋のいくさ――、剣を振らないいくさの恐ろしさは、一回生まれ変わったぐらいじゃ把握しきれないなあ。


 とにかくカエン嬢のことや遊郭関連にこれ以上関わると、クロユリ姫やルクレシェアがどんどん機嫌が悪くなるので、これ以上関わりたくない。

 なので僕は、結局のところ逃避した。

 すべてをレーザ一人に丸投げしたのだ。


             *    *    *


 それから一週間ほどが経った。

 にも拘らず我が雷領領主の家庭はギスギスさが抜けていない。


「クロユリ姫……、おかわり」

「……(ゴトッ)」

「ルクレシェア……、お茶」

「……(カチャッ)」


 無言。

 おかわりと言えばご飯をよそってくれるけど。お茶と言えばフェニーチェ直送の紅茶を淹れてくれるけれど。

 終始無言。

 耐え難いこの圧力。


「なあクロユリ聞いたか? あの街外れにできたいかがわしい施設のことを」

「マルヤマ遊郭ですってね? 意外に盛況らしいじゃない。誰も利用せずにすぐ潰れるものかとわたくしは思っていたのだけれど」

「まったくだな。愛してもいない女と……、その、い、いかがわしい行為をしようなど、情けない男がたくさんいるものだ」

「本当に、雷領にはフェニーチェの方々もたくさん滞在しているというのに。シンマの恥を世界に晒して恥ずかしいったらありゃしないわ」

「そのシンマ滞在のフェニーチェ人も利用しているというのだからタチが悪い。ゲイシャガールと浮かれまくっているそうだ。そんなことのためにシンマに渡ってきたわけではないだろうに!」

「男って!」

「本当に!」

「「バカばっかりなんだから!!」」


 そのくせ二人での会話は弾みまくる。

 しかも必ず僕に聞こえる距離で話しまくる。


 正直言って、こうして家庭に不和を作り出すこともカエンによる侵略の一環ではないかと勘繰りたくなるほどだ。

 男には、自分でもままならない、どうしようもないことがある。……と何度説明しても女性はわかってくれない。


 僕はただ、女性たちの不機嫌の嵐が過ぎ去っていくのをじっと待ち続けるしかできないのだ。

 と思って早一週間。

 嵐はその場に居座り続けて去っていく気配も窺えない。

 僕はもはや、待っているだけに耐えがたくなってしまった。


「前から……!」

「「?」」

「前から二人が建てたがっていた庭園……。雷領に建てていいから……!」

「本当に!?」


 まずクロユリ姫が目の色を変えて輝かせた。


「もう! そんなゴマ摺りしたって、わたくしは絆されないんですからね! でも本当!? 山領の有名な作庭師を呼んで季節の花が色とりどりに代わり咲く可愛い庭園にしていいの!?」

「それだったら我も、フェニーチェからガーデニングのプロを呼んで幾何学式のテラス庭園を作りたい!! ユキムラ殿いいだろう!?」

「ああ、いいですとも……!」


 本当はもっと他に作んなきゃいけない施設が色々あるのだが、二人の機嫌を治すためには避けられない出費か……。

 色々かさむなあ。


「だったら、なおさらガーデニング師招聘の要請をもってレーザ兄上をフェニーチェに帰したいところなのだが、あの人はどこで何をしているのだ?」


 ルクレシェアが、最近姿を見せないお兄さんのことを眉間に皺寄せながら思いだす。


「視界から消えてくれるのはありがたいのだが、見えないと見えないで何か企んでいるのじゃないかと落ち付かないな。暇を持て余すぐらいならさっさとフェニーチェに帰ればいのに」

「レーザさんは、マルヤマ遊郭に入り浸っております……」

「なにぃ!?」


 モウリ家の刺客カエンの思惑を探るため、という目的を言い添えることができなかった。

 ルクレシェアの剣幕があまりに恐ろしすぎて。


「あのバカ兄! こんな遠い異国に来てまでドンファン気取りをやめないのか!? あんな悪魔の館に通い詰めるぐらいならさっさとフェニーチェに帰れというのだ!」


 ルクレシェア非常にご立腹であります。


「大体あの人はいつもそうなのだ。フェニーチェでも夜な夜な舞踏会に参加しては、違う女性と浮名を流す。あの人と婚約したという女性が、もう十人以上入るのだぞ」

「へええ……、それはどこかで聞いたお話ねえ」


 クロユリ姫が真っ直ぐこっちを見ている!?

 僕はアナタたち二人としか約束してませんけど!?

 ああ、一人より多かったらそれで充分有罪か!?


「その上シンマに来てまで女を漁ろうなんて……! なんて恥ずかしい兄だ!? 帰ってきたら半殺しにして数日目覚めないようにしてからフェニーチェへ帰る船に放り込んでやる!!」

「まあまあルクレシェア、落ち付いて……!」


 さすがに見かねたクロユリ姫がなだめにかかるが、そこにきて核心が到着。


「失礼いたします領主様。レーザ様がお見えになりました」


 と使用人が報告してきて……。


「来たかバカ兄ぃーーッ!!」


 ルクレシェアが大いに炎上したが、実際僕たちのいる部屋に入ってきたレーザの姿を見て。

 全員騒然とした。


「……やあ」


 レーザが物凄いやつれていたのだ。

 八十歳を過ぎた老人じゃないか? というぐらいに。

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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